第二章11 『予定案』
それから。家に帰って浅野前さんからのメールを思い出した俺は、少し遅くなってしまったが、ベッドに横になりながら彼女にメールの返信をした。
すると、すぐに返信がくる。
『お疲れさまでした!
明智さん、今度いっしょに捜査をしませんか?
現場を見ておきたいのです。
聞き込みとかもしたいですね!
どうでしょう?』
いまの段階では逸美ちゃんと二人で聞き込みをしようと思っていたわけだけが、もしも浅野前さんもいっしょということになった場合、郷ちゃんもついてくるのだろうか。聞き込みは人数が多いと心理的に相手も話しにくくなってしまうので、できれば少人数が望ましい。
郷ちゃんもいっしょになることを考慮して、逸美ちゃんと現場を見に行くところと、浅野前さんと見に行くところを別にするか。
割り振りは、すでに凪といっしょに見たところへは浅野前さんといっしょに行き、まだのところには逸美ちゃんと行く。そんなんでいいだろう。逸美ちゃんとはタロットカードの意味の確認もしながら見ていきたい。
それでいいのか、まずは逸美ちゃんに確認を取ってみよう。
電話を掛ける。
ワンコール。ツーコール。スリーコール。
『もしもし。開くん、どうしたの?』
「逸美ちゃん、いま大丈夫?」
『大丈夫だけど。なにかあった?』
「さっき浅野前さんからメールがきてさ、いっしょに捜査をしたいっていうんだけど、どうしようかと思って」
『開くん、みんなで行こうとか考えてるの? ダメよ? 聞き込み調査とかは、少人数のほうがいいんだから。それに依頼人を捜査に同行させるのはどうかと思うんだけど』
本人が行きたがっている上、断っても「わたしのことは勝手についてくるカルガモの雛だと思ってください」とか言われそうだ。
『それで、もしかして、わたしとは行きたくないとか言うのかしら?』
そんなこと言ってないだろ。言葉を選ばないと、面倒なことを言われそうだ。郷ちゃんや浅野前さん絡みのときの逸美ちゃんは、いつもぽわーっとして穏やかな感じがないんだよな。
俺はさっき考えたことを正直に言う。
「タロットカードの件は俺と逸美ちゃん、それに凪しか知らない。だから、極力浅野前さんにも話したくはないんだよ。タロットカードについては逸美ちゃん詳しいし、意味についても知りたいからね」
『じゃあ、浅野前さんのほうは断るの?』
そうとも言っていない。
「いや。俺がすでに凪とタロットカードの確認をしたほうを、浅野前さんと見ようと思って。で、まだ見てないところは逸美ちゃんと。どう?」
『……そうね。わたしはいいけど、開くん、それって二度手間にならない? 一度、現場は見たんでしょう?』
「まあね。でも、話を聞くのは無駄にはならないよ。現場百篇っていうしね」
『うん。わかったわ。それじゃあ、わたしたちは明日現場を見に行こう?』
「いいけど。事務所は?」
『どうせ誰も来ないわよ~。それで、明日見られなかったところは、明後日にでも、わたしがひとりで見てくるわ。わたしはもう春休みだから昼間はヒマなの。だから、お姉ちゃんに任せなさい』
「うん。任せた。じゃあ明日の放課後は、どこかで待ち合わせる? わざわざ事務所に行かなくてもいいでしょ?」
『うーん……そうね、喫茶店にしよ。そこから聞き込みをするの。早めに行っても周りを気にせずゆっくり待っていられるから』
「了解っ。明日学校が終わったら、まっすぐ向かうね」
『うん。先に入って待ってるからね』
「浅野前さんには明後日行こうって連絡しとくよ。じゃあそういうことだから、また明日ね」
『はーい。また明日ね、開くん。おやすみ』
「うん。おやすみ」
ケータイを耳から離して電話を切る。
いつも逸美ちゃんからは電話を切らないから、こういうとき、俺も切らないでいると終わらなくなる。だからといって気まずくはならないのだけれど、切らないでいるとなんとなくまた無駄話をしてしまうのだ。
さて、浅野前さんにはいま決まったように、明後日行こうということをメールした。するとまたすぐに返信がくる。
『明後日ですね!
了解です!
また明日の朝もお迎えに行ってもいいですか?
実はわたしの家から通り道になってるんです。
それではおやすみなさい』
迎えに来るのは構わないが、その返事は聞かずメールを終えたぞこの先輩。
一応、わかりましたおやすみなさいの二言くらいは返そうと思っていると、部屋のドアが開いた。
「花音かよ。ノックくらいしろよ」
「いいじゃん。あれ? メール? だれと?」
「誰でもいいだろ」
「あやしいー」
「朝うちの前に来てた先輩だよ。いま扱ってる事件の依頼人なんだ」
「ふーん。へー」
小学生のくせになに悟ったような顔をしてるんだ。
「で。なに?」
「うんっ。お母さんがね、今度の土曜日に会社のお食事会みたいのがあるらしいんだけどね、お兄ちゃんはその日なにかある?」
この時期だし、送別会とかかな。
「別になにも」
「お母さん、帰り遅くなるんだって。すごく遅くなるって。その日はお父さんも出張でいないから、あたしのめんどうを見てねって」
「わかったよ。それだけ?」
「それだけー」
花音はくるりと身をひるがえして、
「じゃああたしは寝るね。おやすみー」
「ああ。おやすみ」
たったかと花音は部屋を出て行く。しかしドアがちゃんと閉まってない。
「ちゃんと閉めてけよ」
その言葉があの妹に聞こえているはずもなく、仕方なくベッドから下りてドアをしっかり閉め直す。
そういえば、花音に郷ちゃんのことを覚えているか聞くのを忘れていた。たぶん覚えていないだろうけれど。そのうち我が家に遊びに来るだろうから、また思い出したときにでも話してみるか。そんなことを考えながら、まだ返信していなかった浅野前さんにメールを打ち、送信した。