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第二章10  『知識の泉』

 探偵事務所へ行くためにはなだらかな長い坂道を登らなければならず、俺は今日もせっせと坂を登っていた。

 学校を出る前――帰りには昇降口か校門で浅野前さんが待っているかもしれないなと思っていたけれど、そんなことはなかった。というのは半分間違いで、本当は待っていたらしかった。

 しかし俺がとっとと掃除を終えて帰ってしまったので、そのことに気づかず待たせてしまっていたようなのだ。

 そのときのメールが、

『今日はいっしょに帰りたかったんですけど、残念です。

 特に新しい情報が入ったわけではなかったんですけどね。

 少しお話したかったです。

 もしかして、今日も探偵事務所でお仕事でしょうか?

 がんばってくださいね!』

 坂を登る手前で気づいたのだけれど、返信はあとででもいいだろうと思い、そして俺は長い坂をやっと登り終えた。


 事務所内には本を読む逸美ちゃんがいた。

「開くん、おかえり~」

「ただいま」

 逸美ちゃんは本を置いて、すっくと立ち上がった。

「いまお茶を淹れてきてあげるね」

 ゆったりと給湯室に行く逸美ちゃん。

 テーブルに置いてある本を見てみると、タロットカードの本のようだった。しかもそれは、昨日まで逸美ちゃんが読んでいたものとはまた違うもので、あまり新しくないところを見ると、古本であろうと推測できる。

 逸美ちゃんの隣に当たるスペースに腰を下ろし、テーブルに載っている新聞をつまみ上げる。

「この折り方、いっしょだな」

 今朝浅野前さんが見せてくれた彼女の新聞と同じ適当さ加減である。記事が見やすいのはいいのだけれど、もうちょっと綺麗に折れただろうな、とか考えてしまう。

 そんな小さなことはいいとして、俺はもう一度新聞に目を通す。

 逸美ちゃんがお茶を片手に戻ってきた。

 湯気の立ったお茶が置かれる。

「はい。どうぞ」

「ありがとう」

 逸美ちゃんは俺の顔をしげしげと見て、俺の隣に座る。

「どうしたの? なにか、ここに書いてある以外の情報を仕入れたとか?」

「まあね。新聞に書いてある置物っていうのが犬の置物であるってことと、放火された時間は十一時十分じゃなくて、十一時だってこと。それくらい」

「そっか。一応、情報はまとめておくね」

 机のノートパソコンを開き、逸美ちゃんは俺の言ったことを打ち込んだ。

「わたしね、いまタロットカードの本を読んでるのよ」

「あはは。見ればわかるよ」

「そうじゃなくて。ほら」

 逸美ちゃんは得意そうに本の表紙を俺に見せる。

「昨日とは違う本なの~」

「それも見ればわかるって」

 また、俺は笑った。

 いつもは四六時中おしとやかな天然お姉さんは、サプライズプレゼントに失敗した子供のような顔で「バレちゃってたかぁ」とつぶやき、

「開くんが事件を解決できるようにするために、わたしは知識を蓄えてるの」

 と、ドヤ顔になる。

 それはありがたい。逸美ちゃんの知識量はただでさえ《知識の泉》と呼べるほど膨大なのに、そのうえさらにタロットカードの知識を供給してくれたら鬼に金棒だ。逸美ちゃんのドヤ顔に和み、思わず俺は表情をゆるめる。

「考えるのは俺かもしれないけど、事件を解決するのは俺たちでしょ? だからさ、タロットカードについて、俺にも詳しく教えてよ。で、それから現場検証をしていったほうがいいと思うんだ。放火現場に行くたびに逸美ちゃんに聞いてもいいんだけどさ、俺も俺で理解できるところはしておきたいから」

 逸美ちゃんはふわりと笑む。

「ふふっ。開くん偉い」

 それから、逸美ちゃんは続けて言った。

「わかったわ。それじゃあ、明日辺り、放火現場にいっしょに行ってみましょう」

「うん。あとさ。犯人を捕まえるって言っても、容疑者は全然絞り込めないから、推理だけじゃ難しいと思うんだ」

「そうね。少なくとも、現段階では情報が足りないわね」

 そう。

 情報不足。

 それを補うには情報口を増やすか、別の方法を使うか。そこで今回は別の方法のほうが有効なのである。つまり、東奔西走して情報不足を補い推理を展開するのではなく、まったく別の方法を使うのだ。

「犯人を捕まえるには、やっぱり張り込みだと思うんだよね。深夜の張り込みは逸美ちゃんには危険かもしれないけど、俺もいっしょなら大丈夫だし」

「ふふっ。わたしは、わたしよりも開くんのほうが危険だと思うけどなあ」

 なんだ、このお姉さん的余裕な顔は。思えばそんなこと、凪にも言われたな。危なっかしいとかなんとか。

「俺は平気だよ。護身術の弁えはあるし」

「開くんはわたしが見てないと危ないのよ。大丈夫、わたしがついてるから」

「なにその逆に守ってあげるみたいな言い方」

「そんなにむくれないで。お姉ちゃんっていうのは、心配性なものなのよ」

 むくれてないし、実の姉でもないし。お姉さんぶられるのにも慣れたけれど、たまに自分はそんなに頼りないのかと思ってしまう。いや、いまそれを考えても仕方ない。

「とりあえずさ。張り込みについても、確認があるんだ」


 張り込みをするにしても、絞り込みは必要だ。

 でも、放火現場はタロットカードの近辺であるってことしか情報がないのに、どうやって放火犯を取り押さえる?

 前回の放火があった歯科医院は、大通りの古本屋から徒歩二分のところにある。しかも、大通りではない。かいつまんで言うと、タロットカードがある場所と同じ通りで放火があるとは限らないのだ。

 タロットカード以外にもルールがあれば、多少は取るべき行動を絞れるんだけどな。

「なるほどね」

 俺の話を聞き終えた逸美ちゃんは鷹揚にうなずいた。

「確かにその通りね」

「公園は現場とカードの位置に距離があったけど、オフィスビルはカードの真向かいだ。だから、タロットカードがある場所で張り込むってのもアリだと思うんだけどね」

 逸美ちゃんの顔が接近する。

「開くん。いつのまに公園に行ったの? もしかして、蒲生さんと?」

 いや、なんで郷ちゃんが出てくるんだよ。むしろ現場検証に同行したがるのは性格的には浅野前さんのほうだろう。

「凪だよ。昨日、偶然会ってさ」

「凪くん?」

 意外そうな顔で逸美ちゃんは聞き返した。

 ――俺は、昨日の凪との行動の一部始終を話した。

 帰りに古本屋の前で会ったこと。

 タロットカードの確認をしたこと。

 公園に行ったこと。

 会話も、必要だと思うことだけ思い出して言っておく。

「死神、ね」

「古本屋横が『死神』。他のカードは『太陽』と『運命の輪』以外はわからない」

 まあ、凪について言えることもそれほど多くはないことだし、話を先に進めるとしようか。

「逸美ちゃん。まずはタロットカードについて教えて」

「うん。そうだったわね」

 逸美ちゃんは本を広げた。

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