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第二章8   『自動販売機Ⅰ』

 昼休みにはまた浅野前さんが教室に訪れるかとも思っていたけれど全然そんなことはなく、静かだった。

 飲み物でも買おうと校舎内の自販機まで行くと、そこには一人しか並んでいなかった。

 長いポニーテールを白いリボンで結わえて、勇ましく立っている長身の女生徒は、蒲生郷里だった。

 自販機の各ボタンが赤く点灯しているところを見ると、お金は入れたはいいがなにを買うか悩んでいる様子だ。郷ちゃんは潔い半面、あれでも意外と選択するという面では優柔不断なところがあったかもしれない。

 幼稚園の頃、常に郷ちゃんのあとにくっついていた俺は、なんでも郷ちゃんの選択に任せていた。当時はまったく郷ちゃんが優柔不断だなんて思ったことさえなく、考えたこともなかった。

 幼い俺は言った。

「きょうちゃん。どこであそぶの?」

「よし。まっていろ。かんがえる」

 それから腕なんて組んで考えるのだ。

「なにしてあそぼっか?」とすぐに質問を続ける。

「うーむ。そうだな。とりあえず、ついてこい」

「うんっ」

 返事をしてついていく。そして当てもなく探検したり、歩き回ったりすることも多かったように思う。

 しかしそんな郷ちゃんも、潔さはあった。ある日、帰りが遅くなったときには誰もがそうだったように、俺と郷ちゃんも怒られたことがある。夕飯の時間を過ぎて、暗くなった星空の下をとぼとぼ帰ってくると、俺と郷ちゃんの母が仁王立ちで待っていた。

「こんな時間になるまで、一体なにをしてたの!」

「心配してたのよ!」

 と二人の母親が叱ったとき、郷ちゃんは言い訳などせず、すぐに潔く謝った。

「ごめんなさい。あそんでたら、とおくに行っちゃって」

 それから、いまにも泣き出しそうな顔をする俺の前に立って、俺の母親にも頭を下げる。

「開をつれまわしてごめんなさい。開が、暗くなったからかえろうって言っても、わたしがもうちょっとって言ったから」

 だからといって郷ちゃんが悪者になるわけでもなく、次からは気をつけなさいの一言で許してもらえた。そんな郷ちゃんをとても頼りになると幼いながらに感じて、カッコイイとも思っていた。


 ヒョイと俺は自動販売機のボタンを押した。

「なぬ?」

 一歩後ろから腕を伸ばす俺を、「敵襲かっ!」とか言いそうな顔で振り返った郷ちゃんは、俺に気づいて上がっていた眉尻が緩んだ。

「なんだ、開か。びっくりさせおって」

「郷ちゃん、悩み過ぎ。俺リンゴジュースもらうね」

「うむ。……ではない! 勝手にボタンを押しおって、わたしはおごる約束などしておらんぞ」

 郷ちゃんのノリツッコミはわざわざやっているのではなく、自然と出てくる感じだからおもしろい。

 俺は笑顔で、

「でも、もう押しちゃったしさ。だったら、俺が郷ちゃんの分はおごるよ。それでいいでしょ?」

「……まったく。おまえはいつからそんなにお茶目になったのだ。そんな笑顔しおって。もういい。自分の分は自分で買うのだ」

「ごちそうさま、郷ちゃん」

 郷ちゃんはさっさと財布を取り出して、コインを入れる。

「郷ちゃんはなに飲むの?」

「コーヒー牛乳とバナナミルクで悩んでいたのだが、開、おまえはどっちがいいと思う?」

 正直どっちでもいいな。

「じゃあ、コーヒー牛乳」

「よし。そうしよう」

 即断即決。間髪入れずにコーヒー牛乳のボタンを押して、あっさりと決まった。これは潔いというか、単にどうでもよかったんじゃないか?

 なんというか、そんな郷ちゃんを見ていたら、唐突に聞きたくなった。

「郷ちゃん。たとえばだけど、もし選ぶとしたら、殺すのと殺されるの、どっちがいいかって聞かれたら、なんて答える?」

「む……」

 と、三秒ほど真剣に悩んでから顔色を変えて、

「なんてことを言うのだ、物騒な! 開、おまえはわたしが目を離している間に、大きくなって変わってしまったのか! 前はあんなに純粋でかわゆかったというのに!」

「か、かわゆい……?」

「人を殺すのも人が殺されるのも、ダメに決まっておろうが」

 そんなつもりで言ったんじゃなかったんだけどな。

「あはは、ごめん。たださ、究極の質問としてそう聞かれたら、なんて答えるのかと思って」

「究極は究極なときまで取っておけ。開、わたしは今度、おまえの家に行くと決めたぞ。その曲がってしまった根性を叩き直してやる」

「叩き直すって……」

 あれ? 郷ちゃんってこんな面倒くさいこと言う人だったっけ……? 戦国武士やサムライみたいに筋の通った面倒さはあると思っていたけど。でもまあ、久しぶりに郷ちゃんが家に来たら、母親は喜ぶに違いない。

「郷ちゃん。今度遊びに来てよ。お母さんも喜ぶと思うしさ」

「そ、そうか? 開が来いと言うなら、行くのもやぶさかではない。今日にでも行ってやってもいいくらいだ」

「さすがに今日っていうのはちょっとな」

 部屋の掃除とかしてから招きたいな。

 郷ちゃんは思案顔で顎に手を当てて、

「ふむ。確かにそうであった。おばさんに挨拶するなら、土産を用意せねばなるまい。また今度にするのだ」

 そうしてくれると助かる。いくら相手が郷ちゃんだとはいえ、部屋に上げるのならちょっと掃除とかもしたい。

「そうだ、郷ちゃん。連続放火事件のことなんだけど」

 そう言ってすぐ、自販機の前に二人の女生徒が来た。

「ちょっと場所を変えるか、開」

「だね」

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