第二章6 『サムライ』
登校中。
浅野前さんは郷ちゃんについて聞いてきた。
「明智さん。蒲生さんとは幼なじみだったんですよね? 蒲生さんはどんなお子さんだったんですか? いまと変わらず、武士やサムライみたいなしゃべり方だったんですか?」
「あのまんまですよ。サムライみたいなポニーテールと白いリボンも変わってません。郷ちゃんは昔から生真面目だったし、ルールとか大好きでしたよ」
そういえば、と昨日思い出したかくれんぼやゲームの話をしてやった。浅野前さんは笑うかと思ったが、むしろ当然だというようにうなずいた。
「わかります。蒲生さんはそういう感じです。マジメで厳しいんですよね」
「そうなんですよ。公平を重んじる感じっていうか」
「公平……」
ぽつりと浅野前さんはつぶやく。なんだろうと思って見てみると、フッと噴き出した。
「どうしたんですか?」
「いいえ。思い出したんですよ、蒲生さんのことでちょっと。わたしたち、二年生になって、同じクラスになってから仲良くなったんですけどね、蒲生さんはクールな感じで、初め見たときは近寄りがたい雰囲気だったんですよ。でも、ある日わたしが、蒲生さん忙しそうだったから代わりに日直の仕事をしたことがあったんですよ。黒板を消したりとか、ちょっとした雑用をしたりとか。それだけなのに、『今度わたしが日直のときに代わるのだ』とか、『なにかできることはないのか』とか、いろいろ言ってきて」
なるほど。主君に忠実な武士のような精神で、浅野前さんを困らせたわけか。それは確かにおかしい。浅野前さんが郷ちゃんのしゃべり方を真似するのもおかしかった。
「郷ちゃんらしいですね」
「ええ。それから話すようになって、仲良くなったんですよ。でも蒲生さん、ずっと『恩返しをするのだ』って言うんですよ。わたし、それほどのことをしたつもりもないので、断ったんです、いろんな申し出を。それで、未だに恩返しをさせてあげないんです。そうじゃないと、また変な距離を取られそうで」
おもしろいことをするものだ。浅野前さんのその精神はちょっと意地悪にも見えるけど、気持ちはわからなくもない。
「きっと郷ちゃんには、俺みたいに面倒をかけてやるか迷惑をかけられるのが、ちょうどいいんだろうな」
「あはは。そうですね。ラストサムライは一筋縄ではいきませんよ」
と、浅野前さん笑った。
「ラストサムライか。確かにそれっぽいかも」
俺も郷ちゃんのサムライ姿を想像して笑った。
そのあとも郷ちゃんについて、いろいろと話をした。去年やそれより前のことも、知っていることをちょこちょこと話してくれた。俺の昔話も、浅野前さんは興味深そうに聞いていた。
校門を抜けて昇降口で。
「わたしはこっちなので。では、またなにかあったら連絡しますね、明智さんっ」
「わかりました。こっちも、なにかあったら連絡します」
「はい!」
そう言って笑顔で手を振る彼女と別れ、俺は一年一組の教室に向かった。
クラスでの俺の座席は、後ろから二つ目窓際から二つ目の場所にある。
一限目の授業が終わってノートも取り終わり、次の授業の準備をする。次はなんだったかな。黒板脇の時間割を確認しつつ、二限目の授業の教科書を取り出す。
「明智さんっ」
……まったく。なんで二年生が一年生の教室にいるんだよ。どうせ朝のうちに聞いた噂や情報を知らせたくてたまらなかったのだろうということは、聞くに及ばずだけれど。
俺はとりあえずの笑顔を作って、
「どうしました? 浅野前さん」
すでにメモ帳を開いて待機しているツインテールの上級生は、滔々としゃべり出す。
「聞いたところによると、放火された歯医者さんですけど、燃やされたのは犬の置物のようですね。新聞では置物が燃えていたとありましたが、それって犬だったそうです。蒲生さんに新聞を見せたら、昔通っていた歯医者さんだったようで、懐かしいような放火されて残念なような顔をしてました。きっとその犬イコール歯医者さんだったのかもしれませんね。ちなみに、歯医者さんは今日定休日だそうですよ。以上! 報告でした!」
あの歯医者は俺の家から近いこともあって、郷ちゃんがそうだったように当然俺も通っていた歯医者だった。
「しかし犬の置物か。俺も、ちょっと残念だな」
なんせいまでも通っているくらいだし、妹なんかは幼い頃、歯医者さんを大きい犬の家と呼んでいたくらいだ。
「もしかして、明智さんもその歯医者さんに通われていたんですか?」
「はい。でも、歯医者さん自体が無事でよかったですよ」
「そうですね。ちょっと寂しく思うことはあっても、その程度ですんでよかったというものです」
このあともこの調子で浅野前さんが情報を更新するたびに教室に来られるのもどうかなと思ったが、きっと他に知り得るようなことは多くあるまい。郷ちゃんのことを話したかっただけだろう。
「浅野前さん」
「はい? なんです?」
「もし他にわかったことがあっても、あとでまとめて教えてくれればいいですよ。俺も、ずっと事件について考えてるわけではありませんから」
浅野前さんは頬をうっすらと朱色に染めて、
「ごめんなさいっ! 鬱陶しかったですよね、わたし。つい張り切っちゃって、ごめんなさいっ」
そうやって謝らないでくれ。先輩に謝らせるようなことをしてると周りに思われるだろ。俺は適当な言葉をひねり出す。
「いや。いいんですよ。お気持ちはうれしいですし、新しい情報は助かります。でも、浅野前さんも大変だろうし疲れちゃうかなと思ったので」
「明智さん、優しいんですね。わたしばっかり張り切っちゃってるのに、ちゃんと話も聞いてくれて、わたしのことまで気にかけてくれて」
「いいえ。そんな……。浅野前さん、廊下に出ませんか?」
「はい」
俺たちは廊下に出た。
そもそも連続放火事件についての話なんて、教室内ではなく廊下ですべきだったのだ。浅野前さんが教室にいたからそのまましゃべってしまったけど、次からは気をつけよう。
わずかに声をひそめる。
「浅野前さん。事件についてのことは、あまり大きな声でしないほうがいいと思います。実は俺が探偵事務所で働いていることも、みんな知りません。だから、次は他の人に聞かれないようにしましょう?」
「あわわわ。ごめんなさいっ。わたしデリカシーなかったですね。わかってるんです。わたし、頭で考えるより身体が先に動いてしまうって」
「すぐに動けるのはいいことだと思いますよ。俺は、考えて思っていても動けなかったりしますから、うらやましいです」
浅野前さんは口をきゅっと引き結び、微笑を浮かべた。
「ほんとに優しいんですね。わたし、明智さんと話してると、楽しいです。自分が自分のままでいいような気がするんです」
それだけ言って、浅野前さんは腕時計を確認した。
「あ! もう次の授業、始まっちゃいます!」
「話、長くなっちゃいましたね」
首を横に振る浅野前さんは、くるりときびすを返す。それから跳ねるようにタンタンと二歩三歩と歩いて赤いリボンを揺らし、振り返って後ろ手を組んでから、
「明智さん」
と呼びかけた。
「はい」
「事件についての話がないときでも、またお話させてもらっても、いいですか?」
「もちろん」
俺はにこりとうなずいた。
明るく活動的な先輩は、少女らしい笑みを浮かべてみせたあと、小走りで角を曲がって俺の視界から消えていった。
それからまもなく、チャイムが鳴った。