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第二章4   『死神』

「当たり前のことだけど、死神にも文化があるんだ」

 意味がわからない。

「文化圏といったほうがいいかな。日本と西洋では、同じ死神でもディティールが異なっているのさ。日本では宗教や民間でも様々だし、古典にさえ登場する。おもしろいのが、古典文学では『絵本百物語』のように、あたかも妖怪の一種であるかように扱われてもいる。それが書かれた江戸時代から、神ですらなかったんだ。日本のような多様な文化でないと、あり得ないね」

 だったら西洋ではどうなのか。それについて滔々と話す。

「西洋では逆に、イメージは統一されているね。鎌を持った死神が、馬に乗っていたりする。タロットは西洋のものだから、さっきの絵の死神も馬に乗っていただろう?」

 確かに現場にあったタロットカードの『死神』は、白馬に乗っていた。

「そして、日本でも西洋でも同じ点は、死の予兆であるというところさ。名前の通りだね。ぼくは13という数字には嫌悪感はないと言ったけど、死神という存在には負のイメージしかない。『運命の輪』にしろ『死神』にしろ、いったい誰の運命を表しているのだろうね」

 誰の運命を。

 わからない。

 それこそ、犯人に聞かなければわからないことだろう。そもそも凪は、タロットカードの絵は犯人からのメッセージって言ってなかったか?

 運命を重ね合わせたものでもメッセージでも構わないけれど、『死神』が出た今回から、犯人の動向に注意が必要だろう。


 凪に連れられて来たのは、公園だった。

 俺たちが昔通っていた中学から近いところにある公園で、極めて大きいわけではないけれど、小さいということもない、遊具もそろったそれなりの広さを誇る公園だ。子供たちが勝手に遊ぶにはちょうどいいくらいで、家族でレジャーをするにはちょっと手狭くらいと言えばいいのだろうか。

 公園には入らず、凪は周りを歩く。

 そして止まったのは、電柱の前だった。

 カードが貼ってある。

 暗いけれど外灯のおかげで絵柄を確認することはできた。人面の太陽と子供が逆向きになっている、つまりこれは逆位置になった『太陽』のカードだった。

「THE SUN」

 と凪が読み上げて、説明をはじめる。

「逆位置の『太陽』だね。逆位置というのが気になる。果たしてこのカードには、深い意味はあるのかな? どうにも意図が読めない。ま、読む気もないけれど」

「でも、毎回毎回メッセージなりをカードにってのは、難しいかもな。連続の中のひとつ。ただそれだけかもしれない」

「一理ある。もしぼくがタロットカードに造詣があれば、もう少しマシな考察ができたように思うけどね」

「凪だって十分詳しいだろ。で、凪はいまのところ、どう考えてるわけ?」

「というと?」

「真面目に聞き返すなよ。タロットカードについてだよ。推測でもいいから、なにかある?」

 凪は自虐的に、しかし柔らかく笑った。

「ははっ。開もわかっているクセに、ヒドイことを言うなあ。ぼくはリサーチ力も忍耐力も考察力もあると自負しているけど、分析力や推理力で開には勝てないし、しようとも思わない。あえて言うなら、ぼくは情報を集め考察している段階にあると、開にはそう言っておこう」

 凪はなにか含ませるように飄々とそう言うけれど、こいつの真意は俺には量り兼ねた。考察してどうするつもりだよ。ただの好奇心のようにも、段階を踏んだ目的があるようにも見える。

「考察できたら教えてよ。役立つかもだし」

 凪はまた柔らかく笑った。

「むろん、そうするつもりさ」


 公園内に入り、放火があった場所まで連れてこられた。ゴミ箱の前だ。ゴミ箱は新しい。つまり、前のゴミ箱は使い物にならなくなったのだろう。

 思った直後に「ゴミ箱が燃やされたんだ」と凪から説明が入り、他に被害がなかったとも言った。

 しかし、ひとつだけでも現場に足を運ぶのは時間がかかるものだ。凪が次の場所に行こうとしない様子から考えると、今日はここまでにするらしかった。

「そういえばさ。伊倉晴気って覚えてる?」

 凪は思い出す間もなく答える。

「伊倉くんか。覚えてるよ」

「言ってたよ。凪と話したいってさ。凪との会話はおもしろそうだって」

「ふーん。それは光栄だな。ぼくなんかと話したい人がいるのにも驚くけど、伊倉くんか。周囲にアンテナを張るのがうまいというか、自然にそれができる稀有な感じがあったよ。開みたいな面倒なヤツと付き合える、珍しい人間でもあるね」

「変人のおまえが言うな」

 凪はわざとらしく肩をすくめる。

「そうかもしれない。でもね、ぼくは自分が他人と多少違っていることを自覚しているけど、キミみたいに危なっかしくないつもりだよ、ぼくは」

 ……正直、俺にはおまえがどこまでも危なっかしい存在に思えるよ。怖いほどに。

 凪の底知れなさは、俺が一番よく知っている。同時に、俺でもこいつのことをちゃんと理解しきれない。それは、恐ろしいことだ。

 けれども俺は、冗談につっこむ調子で言った。

「俺のどこが危なっかしいんだよ?」

「開は器用なくせに、もろいからね。逸美さんのような支えがないと見てられない。伊倉くんが同じ学校でよかったよ、ホント」

「うるせえよ。知ったようなこと言うな」

「そうだね。もっといまの開について知ってから、改めて言うとしよう。ぼくはここで失礼するよ。またね」

「そっか。うん、また」

 お礼も言わずに、凪とは別れた。まったく。自分が興味関心を持ったもの以外にはてんで無頓着なやつだ。

 さて。

 帰るとするか。歩き回ったからお腹も空いてきた。どこも夕食の時間だからおいそうな匂いがそこかしこからする。

 一応新しくなったゴミ箱とその周囲の撮影を済まし、俺も帰路についた。

 凪……。あいつとは、またすぐ会うんだろうな。

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