襲い来る水の天使
気付けばもう夜の10時になろうとしていた。
「……何で俺は見ず知らずの天使のためにこんなにいろいろ調べてんだろうな」
顔を突き合せれば雷を飛ばしてくるような奴のために、ここまで真剣に調べるなんて自分でも馬鹿だとは思う。どうしてこんなことをしているのか、と聞かれたら俺はたぶん返答に迷うはずだ。
(でも、不思議と退屈してないんだよな。ラノベ読む以外だとこういう時間は久しぶりな気がする)
きっと、退屈していた俺を見かねた誰かがこの時間をプレゼントしてくれたのだろう。かと言ってこういう時間が欲しかったわけではないのだが、少なくとも数日前の自分よりははるかにマシな顔をしているはずだ。
「そろそろ帰るか」
俺は帰る準備を始めた。
(にしても、ラミエルはどうして人間界に降りてきたんだろうな)
帰り道、俺は考える。彼女は自分探しの旅のために人間界に降りてきたと言っていたが、それが本当の理由であるとは思えない。第一そういう場合であれば、いくら何でも誰かが天界からラミエルのことを探しに来るだろう。成田の話を考えても1か月も何の音沙汰もないのは変だ。
(やっぱり、あいつは何か嘘をついてる……のか?)
そう考えるのが妥当なところだろう。彼女にも何か事情があって天界を離れることになったと考えた方が自然である。
「ま、考えても分からないし直接聞くしか……」
そこまで俺が考えた時だった。
(ピカッ!)
「な、何だ!?」
突然真横から鮮やかな青い光が俺の視界を奪った。これは、昨日初めてラミエルと遭遇した時に似た光である。
(おいおい、ここには公園しかなかったはずじゃ……)
そう思った俺が真横を見ると、そこには青のセミロングの女が立っていた。
「……ほう。面白いな。貴様から天使の匂いがする。我らと同族の匂いだ」
そう言った彼女の周りは雨でもないのになぜか濡れていた。
(こいつ、まさか……)
今朝咲良が言っていた青い髪の天使だというのか。翼はないが、その神々しさは昨日のラミエルを思い出させる。
「いくつか質問に答えてもらおう。貴様に拒否権はない。拒否すれば貴様の体の水分を蒸発させるだけだ。良いな?」
俺はコクリと頷く。こいつはラミエルよりヤバそうだ。
「素直でいいことだ。ではまず自己紹介といこう。私の名前はガブリエル。水を操る天使だ。貴様の名前も教えてもらおうか」
「天使……操だ」
ガブリエル。3大天使の1体に数えられるほどの大きな力を持った天使だ。水と力の能力を併せ持つ戦闘において最強の天使。まさかこんなところで出くわすとは思っていなかった。
(あの後ラミエル以外の天使も調べておいて良かった……)
朝の咲良の情報があったからこそ、他にも人間界に天使がいるのではないかと言う可能性に辿り着くことができたのだ。彼女には感謝してもしきれない。今度あいつが欲しい乙女ゲームを1本買ってやろう。もちろん、この場を生き残れたらの話だが。
「操だな。では聞くが、操。貴様はもしかすると天使の存在を知っているのではないか?」
「……知っているというのは?」
「失礼。少々分かりにくい質問だったようだ。では質問を変えよう。私以外の天使に会ったことはあるか?」
質問の意図がよく分からない。
「……正直に答えることで俺にメリットは?」
「ない。だが、噓をつくことによるデメリットならいくらでもあるのではないか?」
鋭いところをついてくる奴だ。
「……ある。というか、今一緒に住んでる」
「ほう!?」
ガブリエルの目の色が明らかに変わった。
「住んでいる、と来たか。なかなか面白い冗談を言う奴だな」
くくく、と声をあげないように笑いをこらえる彼女。
「いや、冗談じゃないんだけど……」
そこまで言いかけた俺の真横を水の弾が掠めていった。
「悪いがふざけているのならよしてくれ。今の攻撃がお前に命中していれば、お前をこの場で消すこともできたんだぞ?」
「さっきお前が言ったんだろ。俺に嘘をつくメリットなんかないって」
俺は強がりながらも必死に訴える。その様子を見たガブリエルは疑問を持ちながらもとりあえず納得したようだった。
「ふむ、それもそうだな。ならば聞くが、なぜ天使がお前の家に住むことになった?」
「知るか! 第一昨日友達から処理に困ってたらい回しにされたんだから。ただ、向こうの天使は俺の家の住み心地は気に入ってるらしい」
その返答を聞いた彼女はとうとう笑いをこらえきれなくなったのか笑い出した。
「ははははは!その言い方だと同胞が捕まったわけではなさそうだな? 単純に秘密のアジトとして使われてるとかそんな認識でいいのか?」
「知らん。会いたいなら案内してやってもいいぞ。あいつはどうも俺に帰ってきてほしくないみたいだからな。来客付きなら少しも目の色が変わるかもしれないし」
だが、ガブリエルは首を横に振った。
「ふーむ。だが、そいつはできない相談だな。私は今同胞とは会いたくないのでな。貴様から同じ天使の匂いがしたから、何かあったのかと思って少しだけ姿を現してはみたが、そういうことならば別に貴様に用はない。事情も知らされていないようなら、貴様はただの一般人だ」
ガブリエルは笑みを崩さずにそう言った。俺への興味は薄れたようだ。
「質問は終わりだ。貴様に危害は加えないし、敵ともみなさない。今私と会ったことも忘れてくれて構わない。それではな」
「ま、待ってくれ。お前は……天使に探されてるのか?」
その言葉を聞いたガブリエルは動きを止める。
「なぜそう思った?」
「い、いや、何となくだけど……」
案内してやると言っているのに同胞と会いたくないということはつまり、彼女のことを探している天使がいるのではないか。こういう考えに至ることは決しておかしいことではないはずだ。だが、俺のその返答はガブリエルの目の色を変えるには十分すぎる失言だったらしい。
「……どうやらやはり貴様はこの場で消しておいた方が良さそうだ。ただの人間にしては勘が良すぎる」
「……え?」
俺が言葉を発するのと彼女が自らの翼を広げ、水の弾を宙に浮かべたのがどちらが早かったのか分からない。だが、間違いないことが1つだけあった。今の俺は間違いなくピンチだ。それも、命に関わるほどの。
「天使操だったな。貴様にはこの場で死んでもらう!」
「い、いやちょ……」
「問答無用だ!」
こうして昨日に引き続き、俺は天使と激しい追走劇を繰り広げることになってしまったのだった。