顔さえ良ければ大体正義
「さーくらー!」
「……何よ朝から鬱陶しい。あんたから話しかけられるときは大体いいことじゃないのよね」
登校途中に幼なじみの顔を見つけた俺は声をかけるが、その対象である咲良有紀の反応はお世辞にもいいものではなかった。
「……お前も俺に対しての反応は大概だな」
「そりゃ、普段話しかけてこない幼なじみが明るい声で声かけてきたら身構えるわよ。靴紐が切れたり写真立てにひびが入るのと同じレベル」
「超常現象レベルなのか俺!?」
どうも俺の周りにはろくな人間がいないらしい。昔はもっと可愛げのある女の子だったと記憶していたが。
「んで、用は何? さっさと言いなさいよ」
「ああ、そうだった。実は……」
「嫌」
即答だった。
「何であんたの厄介ごとをあたしが取り除いてあげないといけないのよ。引き受けた以上自分で何とかしなさいよ。大体拾った女の子を預けられたから何とかしてくれって説明が適当すぎるのもいいとこじゃない」
「いや、そう言われても……」
実際そうなので否定できないのだが。
「大体、ラノベみたいな性格の女の子ってあんたの専売特許じゃない。そんなのあたしに頼まれたって知らないわよ。専門外もいいとこだわ」
露骨に不機嫌な顔をする咲良。
「いや、でもお前乙女ゲームとか好きだろ? あれと同じ感じで何とかならないのか?」
彼女は女版の俺でもある。つまり、俺の数少ない理解者でもあるのだ。違うのは彼女が整った顔立ちをしているいわゆる美少女であること、そして彼女には人望があり、友人も多いことくらいだ。大体顔さえ良ければ人望なんて自然とついてくるのだ。気に食わないがこれが現実である。
「あんたに無理なものはあたしにも無理。あんたとあたしは似て非なるものとはいえ、その本質は変わらないんだから」
「何で今言い回しを無駄にかっこよくしたんだよ」
悪いがここで異能力バトルを勃発させる気はないぞ。
「気分よ気分。そういえば、最近何かこの辺に翼の生えた人間が現れるみたいね。空飛んでるって話も聞くけど、もしかしたらあんたのその相談も関係してんじゃないの?」
「……何だよその噂」
そんな話今初めて聞いたぞ。だが、咲良の言う通りなので否定できない。翼の生えた人間なんて俺の知り合いで考えればラミエルくらいなものだ。
「否定しないってことは図星みたいね。最近この辺で流行ってるけど……ああそっか、あんたにはそういう情報をくれる友人がいないわけか。唯一の情報源の成田が何もあんたに言わないってことは、大方あいつに丸投げされたんでしょ?」
「うっ……」
鋭い。何だこの幼なじみ。探偵にでもなれるんじゃないだろうか。
「探偵になんかなれるわけないじゃない。あんたの友人関係があまりに狭すぎるから考えなくても何となく分かるだけよ」
「読心術するのやめてもらえませんかね!?」
こういう無駄な能力だけは突き抜けているのが幼なじみの咲良有紀なのである。
「ま、それなら尚更パスね。あの成田が絡んでるんじゃ、あたしもどーしようもないわ。あいつが投げるような奴じゃあたしには無理」
「……そっかぁ」
予想はついていたが、やはり一人でどうにかするしかないようだ。
「ただ、さすがに相談されといて何の手助けもしないのもかわいそうだから、他の情報でそいつに絡んでそうな情報見つけたら教えるくらいはしたげる。とりあえず羽の生えた人間の出没情報でいい?」
「お、おお!」
俺は咲良の手を握り、ぶんぶんと上下させる。彼女は一瞬でその手を振りほどくと、すね蹴りの後背中に肘鉄を食らわせてきた。
「ぐ、ぐおお……」
「触らなくていいから。気持ち悪い」
攻撃に容赦ないのは本当に勘弁してほしい。昨日の雷といい、どうして俺の周りにはこう暴力的な女しかいないのだろうか。
「……ああ、そういえば今1つ思い出したんだけど。羽の生えた人間の出没状況」
「何で俺に攻撃して思い出すんだよ……」
俺は背中をさすりながら聞く。
「何でも、目撃情報がばらばらみたいなのよね。毎回姿形が違うみたいなの」
「……へえ?」
それは興味深い話だ。
「今まで目撃情報は3回。全部別の場所みたい。そのうち1回は成田のみたいだからいいとして、残りの2つ。1つは頭上の看板を見上げたら空中で見たって。赤のベリーショートで、スレンダー体型。もう1つが青のセミロングで、何か周りが濡れてたとか何とか。確かどこかの公園だったかな。共通してるのはみんな女だってことだけど」
「……うん、分かんねーな。とりあえず頭に留めとくわ」
これ以上厄介者が増えるのもごめんだが、どうもこの手の問題は1つ見つけたら3つあると思えが鉄則なので、ひとまず記憶の隅には置いておくことにしよう。
「あたしの考えだと、おそらく全員別人だと思うのよね。いくら何でも光の3原色を見間違えることなんてまずないと思うし」
「まあそうだろうな。俺もそれに関しては同意するわ」
そこについては異論をはさむ余地もないだろう。髪の長さはともかく、色を見間違うことは普通であればあり得ない。
「あとはまた何か聞いたらメールする。そっちも進展があったら教えなさいよ」
「首突っ込む気満々だな?」
「そりゃ、第3者の立ち位置から問題を眺めることの楽しさたるや」
「……性格悪いなお前」
「よーく知ってる。それじゃね」
校門につくと、咲良はさっさと走り去っていってしまった。
「……はあ。仕方ない。もう少し調べてみるか」
どうやらまだまだ問題は山積みのようだった。
「なるほどねえ……」
ラノベを読む時間も惜しみ、1日調べた結果、ラミエルについて分かったことがいくつかあった。
まず、彼女が7大天使の1体であることだ。7大天使と言うのは文献によってその意味や名前は異なるものの、神にとって最も有力な天使を意味するとされる。その文献の中のある書物の中に彼女の名前があったのである。
次に、彼女の操る能力について。彼女は雷を操ることができる他に、幻視の能力も使うこともできるらしい。昨日のあいつの神々しいまでの光はもしかするとこの能力によるものだったのかもしれない。
「ずいぶんな面倒ごとをこっちに投げてきやがったなあいつ……」
引き受けてしまった上に向こうの天使が気に入っている以上は仕方ない。とにかくもう少し調べてみよう。俺は文献探しを再開するのだった。