奇妙な共同生活の開始
「どこから説明しましょうかねー。それじゃ、まずはどうして私が人間界にいるのか、からにしましょうか。さて、操さん。私は今どうして人間界にいると思います?」
少し考えた彼女は俺に質問を投げかけてきた。
「うーん、いや、あれじゃないか。ほら、言うこと聞かなかったからお仕置き的な。追放?」
その瞬間、ズバチィ! と真横を雷が通り過ぎた。俺は腰を抜かして尻もちをついてしまう。
「それは真面目な返答ですか? 次同じ返答したら黒焦げにしますよ? こう見えて天界ではそれなりにいい子でやってきたんですから」
(いい子でやってきたならここでもそれを貫いてくれよ……)
今までのわがまま放題の行動を見ていればこういう結論になっても何ら不思議ではないと思うのだが、どうやら彼女のお気には召さなかったらしい。
「ヒントは今のいい子でいた、です。さ、どうしてだと思います?」
(おいまさかこれ当たるまでやるのかよ!?)
このまま雷を乱発されたのでは命がいくつあっても足りない。真面目に考えよう。俺は腰を抜かした間抜けな格好のまま、考えをまとめることにした。
「家出、とか?」
いい子でいた彼女が人間界に降りてくる理由としてはとても合理的なものだと思う。
「ふふ、さすが操様。正解です」
どうやら当たっていたようだ。雷が飛んでこなくて心底ほっとする。
「まあ、家出というよりは、いい子を演じていた自分に疲れて自分探しの旅に出た、っていう方が正確なんですけどね」
自分を押し殺して生活していたのなら、それを窮屈に思って天界から人間界に来るのは何らおかしなことではない。そういう理由で家を飛び出したという話なら俺は何度も聞いたことがある。
「私が人間界に降りてきた理由はそんな感じです」
「そっちは何となく理解したわ。だとしても婚約者の方が分からねー。お前がまだ結婚するような年には見えないんだけど」
俺は聞く。事実、彼女の外見は俺とほとんど変わらない年齢に見えた。
「人間で言ったらあなたたちの年齢とは変わりませんからね。正直、婚約者の方はノリですよ。あなたよりも居心地が良さそうな人を見つけたらその人のところに行くつもりですし。あくまで現時点ではってことですね」
「はぁ? じゃあ、さっきお前の体が何か光ってたのとか何だったんだよ!」
私の体が光輝いているということは何とかとか言ってたよなこいつ?
「あれですか? 何かあんな感じの演出にした方がときめくでしょう? 体を光らせるくらいならたやすいことです。私がまあいいかと思える人だったら他の人でも同じことをしたと思いますよ」
くるくると髪の毛をいじりながら答える彼女。
「ビッチか! 天使のくせにビッチか!」
「ほっといてください! いい人がいたらその人に乗り換えるとか、人間ならよくやってることでしょう!」
「それを人間じゃないお前らがやるなって言ってんだよ! 天使と言えば白、清廉潔白だろうが!」
「そういう固定観念を持ってるからあなたは童貞なんですよ! 早く誰か見つけてさっさと卒業したらどうなんですか!」
「なあっ! 今は関係ねーだろうが! そっちこそほっとけよ余計なお世話だ!」
しばらくの間言い争っていた俺たちだったが、すぐにお互いぜーはー言い始めた。ここは彼女に聞きたいことをさっさと聞いてしまうことにしよう。
「……それで、さっきの変な色の雷みたいなのは何だよ? 手からかざしてたやつ。あれもまさか婚約の証ってだけじゃないんだろ?」
この天使の様子を見る限り、さすがにそんな都合のいい話ではないだろうと思っていた俺は、ラミエルに本当のことを聞き出すことにした。すると、化けの皮が剥がれかけていたラミエルは下をペロッと出した。
「ああ、さっきの雷の烙印のことですか? あれはあの印を押された人間が私たちに逆らえなくなるだけの代物ですよ。ま、私が婚約者になってくれって言えば相手が勝手に了承してくれるので実際さっきの説明でも間違ってませんけどね」
「おいふざけんな! なんつう恐ろしい洗脳を俺にかけようとしてたんだお前は!」
こいつ俺を道具としか見てないな。単純に人間界を案内させる便利なガイドくらいにしか思ってないらしい。
「あれ? かけようと? ということはやっぱり操様にはあの印を押せてなかったみたいですね?」
「あっ……」
しまった。何かラミエルの目がジト目になってると思ったら、うっかりノリ良く突っ込んでボロが出ちまってたか。
「何かおかしいなーとは思ってたんですよね。さっきの様子からして明らかに何か隠してるとは思いましたけど、私から聞き出す手間が省けて助かりました。じゃ、もう一回……」
バチバチッと先ほどの嫌な音が家中に鳴り響く。
「やるなよ!」
「分かりました」
だが、彼女の手からその雷が消えることはなかった。それどころかむしろこっちに近づけてきてるような……いやこれこのままだと当たるわ!
「だからやるなってば!」
こいつ耳あるんだよな?
「えっ、やめろよはやってくれの合図だと聞きましたけど」
「芸人かお前は!」
どこで覚えたんだろうか。成田の家だな。あそこ以外にこいつが知識を得られそうな場所がない。あいつ今度顔合わせたら一発ぶん殴ってやろう。
「なーんだ、じゃあ本当にやってほしくなかったんですね。それじゃ……」
一度下ろしかけた手からもう一度同じ雷が浮かんでいるのを見た俺は慌てて後ずさった。
「いや何当然のようにもう一回やろうとしてんだお前は!」
「えっ、嫌がる相手を無理やりってシチュエーション萌えません?」
「ドSか!」
とんでもないのと同居することになったものだ。
「それに、あなたにこれ押しとけばあれこれ言われることもないじゃないですか。言うこと聞いてくれますし」
「お前は俺を奴隷にでもするつもりか!」
……こいつどんだけ歪んでんだよ。本当に天使なのか? 何で俺の周りは成田といいこんなのばっかりしか群がってこねーんだよ。ああ、俺もクズだからか。5秒で解決したわ。
「……まあ、今日のところはやめておきましょう。一日一回あなたにこれを打ち込んで、失敗したらその日あなたを洗脳するのは諦めます。今日はもう失敗してるのでこれ以上の攻撃はしません。神に誓って約束します」
彼女が嫌そうな顔で手を下ろしたところを見ると、今日のところは洗脳はしない方向で行くようだ。良かった。こんなの毎回やられてたらとてもじゃないが身が持たない。もちろんこれで満足する気はない俺はさらに彼女に食い下がる。
「何でそれが妥協案なんだよ……。そもそもそんなもん使うなって言って……」
「いいですよね?」
そこまで言いかけた俺だったが、彼女の冷たい瞳を見てそれ以上言葉を発するのはやめた。納得はいかないが、これ以上抵抗すると実力行使されそうだったのでこの辺りで妥協しておくしかなさそうだ。
「……分かったよ」
(まあいいや。とりあえずこいつの攻撃を何とか避け続ければいいことにはなったみたいだし、ここから先はおいおい考えていけば)
あまり自信はないが、よく考えてみればこれ以上の好条件はないだろう。何せ1日1度の攻撃以外は普通に生活してくれるというのだから。
「それじゃ、あとは呼び方ですね。一応あなたはあの成田とかいう人間よりははるかにいい方みたいですし、とりあえず私の名前を呼ぶことくらいは許しましょう。私もあなたのことは操様と呼ばせていただきます」
「いや、だから何でもお前が決めるなって……」
その瞬間、再び真横が焦げた。
「ラミエル、です。次呼ばなかったら脳天に雷撃を叩きこみますよ?」
「は、はひ……」
俺の膝は度重なる命の危機にただただ笑うばかりだった。
「それじゃ、今日のところはあなたの部屋で寝るので、ベッドを準備してください」
「お、お前なあ……」
「すぐに用意するなら今ラミエルと呼ばなかった分は帳消しにしてあげますよ?」
彼女の手で火花が散る。
「……用意すればいいんだろ!」
もうこいつには勝てないことを悟った俺は、彼女の勝ち誇った顔を不快な目で見ながら部屋を後にするのだった。