雷の烙印(パルスタンプ)は死の恐怖と共に
「そら、着いたぞ。ここから先はお前の仕事だ。俺はここにいるから」
「お前がついてこない時点で嫌な予感しかしねーよ」
こういうのを丸投げというのだろう。自分のことじゃないからと言ってここまで不干渉を貫く成田もどうかとは思うが。
「いいや、入るぜ」
そう言って俺がドアを開けた瞬間だった。
(カランっ!)
「うおおっ!」
何かが落ちてきた。どうやら包丁らしい。ってか怖えよ。
(あっぶねーな。ドアだけ開けて正解だった。来る途中に成田に聞いてなかったら死んでたな俺)
こいつの家のドアが引き戸だったおかげか俺に直接的な危害が加わることがなかったのが幸いだった。押戸だったらまず間違いなく腕に突き刺さっていたことだろう。
(とりあえず護身用に取っておくか。何が来てもいいように)
ちなみにこの後に関しては不明らしい。今までは火のついたマッチが落ちてきて腕に当たったりしていたそうだ。火事になったらとんでもないからという理由で成田が止めさせたらしい。
「……何で放課後にこんなミッションインポッシブルみたいなことやってるんだろう俺」
思わず頭の中にターミネーターの音楽でも流したくなるくらいだ。成田の家の通路を慎重に進むが、それ以上の罠は仕掛けられていなかった。
(……心配して損した)
むしろ玄関に何であんな罠を仕掛けたのか、そっちの方が正直気になってくる。
「そこのドアだぜ」
「お前ついてきてたのかよ」
成田は俺の後ろを歩きながら危険回避していたらしい。このクズ真面目にくたばってくれやしないだろうか。
「そりゃあな。俺がいないとお前どこにあいつがいるんだか分からないだろ?」
「じゃあもっと率先して案内しろよ! 来客の安全くらい確保しろよ!」
「それは無理だ。俺も死にたくないしな」
「おい依頼人」
が、その言葉で俺は1つ疑問に思う。
「……いや待て。お前のその言い方だと、いつもの罠の数はもっと酷いのか?」
「まあそうだな。こんなに罠が仕掛けられてないのは珍しいと思う」
成田の話ではいつもならあと5つ6つは罠が仕掛けられているそうだ。だが、今回は本当に何もないらしい。ある意味不気味だ。
「ま、今日は機嫌がいいのかもな。気楽に考えといたほうがいいぜ?」
「お前のそういう情報はあんまり当てにならないから参考程度に聞いとくことにするわ」
俺は軽口を叩きながら成田の指さしたドアを開いた。
「……うわ」
ドアを開くと、なぜかそこには光り輝く女の子の姿がそこにあった。
「おい、何だよこれ」
「俺も知らん。こいつがこんなに光ってるのは初めて見た」
家主が知らないのではどうしようもない。俺は目の前の人物が発する言葉を待った。
「……あなたが成田壮一のいう私の探している人物、ですか?」
神々しい光を放ちながら、彼女は俺にそう尋ねる。そう問いかけられた俺は成田の方を向くが、彼は知らぬ存ぜぬを貫き通すばかりだった。本当に頼りにならない役立たずめ。
「いえ、聞くだけ時間の無駄でしたね。私の体がこうまで輝いているということは、おそらくあなたが私の探している人物なのでしょう。罠を外してお待ちしていた甲斐がありました。あなたのお名前、お聞きしてもいいでしょうか?」
どうやら罠が少なかったのは彼女が外していただけのようだ。
「天使操、です」
有無を言わさぬその口調に、俺は彼女の質問にそのまま答えてしまっていた。
「やはり……。どうやらあなたが私の探していた人物のようですね。私が探していたのは私、天使ラミエルと共に歩み、私を導くことのできる存在。あなたのそのお名前なら私の相方にふさわしい」
「……は?」
こいつ、今どさくさに紛れて何言いやがった? 天使ラミエル? 婚約者?
「あなたになら、この雷の烙印を押しても大丈夫でしょう。これから私の婚約者となるあなたなら」
バチバチッ! と彼女の手から火花が散る。……あれ? これってもしかしてヤバいんじゃ?
「おい成……いねえ!」
あいつ肝心な時に消えやがって。こんな厄介ごとを押し付けて逃げてんじゃ……いや、そんなこと言ってる場合じゃねえ!
「あんなん食らったら俺が死ぬわ!」
彼女が今持っているのはどこからどう見ても雷だ。そういえばラミエルが雷を操るというのは有名な話だったような気がする。が、そんなことはどうでもいい。あいつが誰であれ、今この場を逃げなければ死ぬ。そのことに変わりはないのだ。
(くそっ、何かないのか!)
周りを見渡すが、もちろん何もない。だが、俺はふと自分が何かを手に持っていることに気付いた。
(包丁か。何かに使えないかと思って持ってきたやつだけど……)
一か八かだが、これに賭けるしかない。
「では、この婚約の証、受けてくださりますね」
バチチィ! と雷が激しくなる。天使はその雷を持っている手を俺に近づけた。
「あなたこそ永遠の愛を約束した運命の人。これから共に歩む誓いと約束を、この雷に立てましょう」
ゆっくりと俺の胸に押し付けられようとしていくその手の先に、俺は包丁の平の部分を合わせる。
(大きさが、足りないかっ……!?)
明らかに包丁の大きさの方が小さい。これで受け止めるのは無理があったか。俺がそう後悔したその瞬間、大きな光と共に、爆発音が鳴り響いた。俺は瞬間的に目をつぶる。ぶわっと突風が巻き起こったのが肌で感じ取れた。
「う、うわあっ!」
俺は大きく吹き飛ばされ、ドアに背中を打ち付けてそのまま気を失った。
「おーい、大丈夫か我が友よ」
どれくらいの間気を失っていたのだろう。頬をぺちぺちと叩かれている音で俺は目を覚ました。目の前にいたのは逃げたはずの成田だった。確かドアの方に吹き飛ばされたはずだったが、俺の体がドアの傍になかったところを見ると、どうやら成田が動かしたらしい。
「いてて……何が大丈夫か我が友よだよ白々しい。真っ先に逃げたやつがよくそんなセリフを吐けるな」
「いや、あんなもん見たら逃げ出すだろ。そしたら大きな音がしたんで戻ってみたらお前が倒れてただろ。それでずっと目を覚ますまで叩いてたってわけだ。ま、お前は起きたし、何より家が無事で良かった」
要約するなら怖かったから友人を見捨ててさっさと逃げた、ということらしい。しかも俺が起きたらこっちの心配よりも自分の家の心配が優先かよ。こいつ本当にゴミだな。
「あ、勘違いするなよ。もう少し目を開けるのが遅かったら俺が人工呼吸してやったところだったぞ」
「マジでやめろ気色悪い」
せめて女の子を呼んでほしい。例えばさっきの……いや、あいつはやめてほしいな。とそこまで考えて俺は気付く。先ほどまでいた女の子の姿がないことに。
「おい、そういえばさっきの女の子は?」
「ん? ああ、あいつ? あいつならお前の家で待ってるとか言ってさっさと荷物まとめて出てったぞ? お前あいつに何したんだ? 俺としては厄介者がいなくなったから万々歳だけど」
「……?」
もちろん俺に心当たりなどあるはずもない。分かっていることは、平に謎の模様のついた黒焦げ包丁が目の前に落ちていたことだけだった。