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操の特訓

「……で、何でまたあたしの家に来てんのよ。昨日呼び出されたばっかじゃん」

 ラミエルとの戦いを控えた前日のことである。俺は咲良有紀の家の呼び鈴を鳴らしていた。

「いや、ちょっと頼みがあってさ」

 本当は一人で特訓するつもりだったのだが、俺の能力を試すにはやはり誰かの協力が必要だった。成田に電話をかけても繋がらないのは分かっていたので、休日に確実に家にいそうな咲良を狙ったというわけだ。

「……この頻度は下手したらストーカーと間違われてもおかしくないわよ。まあいいけど。とりあえず入ってよ」

 しぶしぶ嫌そうな顔で咲良は俺を家の中に通した。



「相変わらずお前の部屋の乙ゲーの数はすげーな……。店開けるレベルだろこれ」

 彼女の部屋に通してもらった俺は、その乙女ゲームの数に困惑する。本棚いっぱいに敷き詰められたその乙女ゲームの数は目を見張るものがあった。さらに、その横に立てかけられているコルクボードには、現在彼女が推しているであろうキャラのグッズがこれでもかとばかりにぎっしりと展示されていた。

「まね。今の推しはこのレンたんかなあ」

 指差す彼女。目を隠したミステリアスな感じが今の彼女の好みらしい。

「へー。この子はどういう感じのキャラなんだ?」

「よく自殺しようとする子なんだ。で、名前と合わせてファンからレンたんって呼ばれてるの。ほら、自殺しようとする人が使うってニュース聞いたことない?」

「レンたんって練炭のことかよ!」

 酷い愛称だ。彼女たちはそれでいいのかと少し頭を抱えたくなった。

「それで、頼みって何よ。まさか、あたしの乙ゲーグッズを見に来たわけじゃないんでしょ?」

「ああ、そうだった。実は、俺にこの水鉄砲をかけてほしいんだよ」

「……何で?」

 彼女の疑問は至極当然のことだろう。実際俺が同じことを頼まれても、はあ?という反応になるに決まっている。

「いや、ちょっと明日決闘することになってさ」

「へー決闘か。それで水鉄砲をね……っていやいやいやいや。それで納得できるか!」

 いいノリツッコミだ。彼女とは漫才もできそうだな。

「あんた今何か余計なこと考えてなかった?」

「い、いや、そんなことないって」

 勘のいいのも彼女の特徴だ。余計なことは考えないようにしよう。

「まあ別にかけるだけならいいんだけど。にしたってこれ、結構強力な奴じゃないの?」

 俺が持ってきた水鉄砲の名前はコバルトマグナム=Wという。当時その威力の余りの強力さゆえに商品開発が禁止され、店頭で回収騒ぎが起きたほどの代物だ。なぜ俺の家にこんなものがあったかと言えば、俺が何となく興味本位で買ったからなのだが。しかし、今は俺がどうしてこれを買ったかということよりもこの場にこれがあること、それが重要なのだ。

「これくらい強力なやつじゃないとあいつには勝てないんだよ。お前を信用して頼んでるんだ。頼むよ咲良」

「あんたは一体何と戦ってるのよ……」

 そう言いつつも、彼女は俺から水鉄砲を受け取る。

「それじゃ、とりあえず外に出るか。ここで噴射したら大事な推し達が酷いことになるし」

「おお、助かる!」

 この後俺がいつもの通り彼女にお礼を言おうとして蹴られたのはまた別の話である。



「それじゃ、いくよー」

 遠く離れた咲良は水鉄砲を構えた。

「おー頼む!」

 俺の合図とともに、彼女は水鉄砲の引き金を引いた。すると、一直線に伸びた水の軌跡が俺目がけて勢いよく飛んできた。これなら昨日のガブリエルの水の勢いにも負けていない。

「来た来た。これで俺の予想が正しければだけど……」

 俺は右の拳をその水に向かって突き出す。すると、俺の目の前でその水は5方向に別れ、俺に命中することなくその勢いを止めた。

「は? え? 今あんた何したの?」

 咲良が困惑するのも無理のない話だが、今これを説明しても分かってもらえるとは思えない。ひとまず説明は後回しだ。

「もっかい頼むー!」

「話聞けよこの大馬鹿野郎!」

 今度は思いっきり引き金を引く咲良。先ほどよりも強い勢いの水鉄砲がこちらに向かって放たれる。

「今度はっと……」

 俺はその水が自分に当たらなければいいなあ、とふんわりと願う。すると、その水鉄砲はなぜか俺の目の前で俺を避けるように軌道を変化させていった。

「ちょっとさっきから何が起こってるのよ!?」

(なるほど、こうなってるわけか。昨日の俺の予測通りだな)

 未来をねじ曲げる。簡単に説明するのならこの言い方が一番しっくり来る能力だ。これで明日の戦いの準備はできただろう。

「ありがとー!」

 俺はもういいと合図を送る。その直後、咲良は水鉄砲を下ろすと、俺の方につかつかと歩み寄ってきて胸ぐらをつかんだ。

「さっきからスルーしまくってんじゃないわよ! 何がどうなってんのか説明しなさいよ! いくら何でもここまで協力させといて事情も言わないとかふざけてんじゃないわよ?」

 前半は感情をこめて、後半は冷ややかに怒りを込めて俺を睨みつける。

「そ、そんなに怒るなって。お前は疑ったりしないからちゃんと説明するって」

「それじゃ、もっかい部屋来なさい。一から十まで説明してもらうから」

(あ、これ長くなるやつだ)

 今までの経験上、長く拘束されることも覚悟しておいた方がいいだろう。俺は半分諦めて彼女の後を追った。



「……天使に能力を与えてもらった?」

「ああ、別の天使と戦うためにな。それで昨日お前に話を聞きに来たんだよ」

 咲良も困惑しているようだったが、目の前で不可思議な現象を見てしまった以上、彼女も否定することはできなかったようだった。

「今更何があったとか詳しいことは聞かないけどさ。にしたって、あたしじゃなくてその天使に頼めばよかったじゃないこの特訓」

「それが、いろいろあって今度はそいつと戦うことになったんだよ」

「何、あんた俺Tueee系の主人公でも目指してんの?」

「誰が目指すか! 成り行きだよ成り行き」

「成り行きねえ……。ま、あんたの事情なんかあたしには関係ないからいいけどさ」

 咲良は少しだけ真剣な目をして俺の方を見る。

「あたしとの約束忘れんなよ。命がなけりゃ、何にも意味なんてないんだからさ」

「……ああ、ありがと」

 普段は決して心配などしない咲良がこんな言い方をしてくるというのは、それだけ俺の戦いが危険だと彼女が悟ったからなのだろう。それを悟った俺はお礼以上の言葉は言わなかった。

(とにかく、無事で帰ること。それだけを考えよう)

 俺は改めて明日の戦いにおいての自分の最終目標を決め、ラミエルとの戦いに備えて精神を集中させるのだった。

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