悪友(ともだち)はかく語りき
「よー」
「……よー」
「何だ、不満そうだな?」
時間通りに来た成田だったが、俺は露骨に不快感を現した。
「……なあ、毎回毎回昇降口って言ってから別の場所に待ち合わせするのやめねーか? 何がどうなったら待ち合わせ場所が昇降口からファーストフード店になって服屋からスポーツ用品店になってコーヒーショップになるんだよ」
毎度こいつと会う時だけは待ち合わせ場所が3回くらい変わるのだ。1度は文句を言ってやろうと思っていたが、今日は5回も変わっている。さすがに我慢の限界だった。移動するこっちの身にもなってくれ。
「仕方ないだろ。俺はお前と違って人除けしないといろんなやつが寄ってきちまうんだから」
お前とは違うんだよ、と腕をひらひらさせながら自慢げに語ってくる。何だこいつうぜえ。
「……事実なのは分かるが、俺を巻き込むときくらい最初から待ち合わせ場所指定しとけよ。他の奴にもこうやってんのか?」
「いや、お前だけだな。お前割と嫌われてるし。お前と会う時だけは相当気を使ってるんだぞ……周りに」
「さらっと人の心えぐるのやめろよ!」
つーか俺の時だけかよ。俺どんだけ周りに嫌われてんだよ。さすがにちょっとへこむよ。
「ま、それはそうと。今日相談した要件なんだけど、覚えてるか?」
「ああ、漫画のような美少女の扱い方だっけか」
俺のことはどうでもいいのかお前。少しは俺を助けてくれてもいいんじゃないのか。一応友達だろお前。いろいろ喉から出かかった言葉はあったものの、話を戻されては俺も素直に応じるしかない。成田の要件は美少女の扱い方だったはずだ。
「そうそう。簡単に言うと、女の子を拾ったんだよ。道端で」
「拾ったって、そんなラノベじゃあるまいし……」
女の子が降ってくる系のラノベは俺もよく読むが、現実でそんな話は聞いたことがない。
「正確には俺の家の前で倒れてた、なんだけどな。もう1か月くらい前だったかな。どうもそいつ、誰かを探してるらしいんだよ。俺がいくら聞いても、そいつが見つかるまでは話さないの一点張り。探そうにもそいつの特徴すら分からないから探しようがない。そこで、ラノベマイスターのお前に頼もうかと、こういうわけだ」
「要は、自分じゃ解決できない厄介ごとを押し付けたいと」
「そうとも言うな。正直こっちが協力しようとしても、向こうにその気がないんだから解決もしようがないしな」
こう潔いのもかえって問題だが、今は話が早い方がいいだろう。
「んじゃ、まずそいつがどういう性格なのか教えてくれ。そうすればまだ対策の取りようがある」
「そういうだろうと思って、女の子の特徴はまとめてきた」
成田は素早くメモ帳を取り出した。
「何でこういう時だけ仕事が早いんだよ」
いつも俺が頼むときは2週間経っても返事が返ってこないのに、自分の用事となるとこのスピードである。
「そりゃ、自分のことだからな。人のことなんて後回しに決まってんだろ。ましてお前の頼みだったら最後だよ最後。お前は俺以外に咲良くらいしか話すやつがいないんだから、多少後回しにしたって友好的な関係を築かざるを得ないだろうしな。まして、お前がいつもお土産を持ってくるとても優しい悪友の頼みを断るはずもないだろ?」
「おいルビ振った漢字違っただろ今」
何でこいつが他の奴から見てさわやかイケメンで通ってるのか理解に苦しむが、俺も今の音声を録音してまでこいつの人生を壊す気はないので突っ込む程度にしておこう。確かにこいつが俺に対して得こそあれ害がないことだけは……いや、害はあるな。これだけ振り回されてるんだから。得の方がわずかに上回ってるだけか。
「まあいいや。とりあえずメモだけ読ませてもらうから貸せよ」
成田から受け取ったメモを俺が開くと、そこには人物の特徴が記されていた。
(モスグリーンのロングヘアー・敬語・探しているのは男・居候のくせにわがままで生意気・正直出て行ってほしい)
「おい途中から悪口になってんじゃねーか」
成田の字が途中から走り書きになっている辺り、こいつも書くのが面倒になったんだろうな、とすぐに分かった。
「気にするな。俺も人の子だ」
「何で自分が聖人君子みたいな存在の前提で話してんだよ。お前どこからどう見ても腹黒イケメンだろうが」
イケメンなのを否定できないのが何とも腹立たしい。何でこいつ顔だけはそこらの奴より偏差値上なんだ。学力は下の上の癖して。
「それにさっきも言ったろ。さっさと出てってほしいって。俺も面倒なんだよそいつと関わるの」
「本音話すと本当にクズだなお前」
こんなのがどうしてクラスの人気者なんだか、と俺は本気で首を傾げたくなった。
(にしても……)
参考になりそうなのは外見と敬語を使う礼儀正しい人物であること、そして男性を探しているというあまりに膨大すぎるヒントだけだ。
「お前、このメモだけで俺にうまく対応しろっていうのか?」
「してもらわなきゃ困るんだよ。今日そいつを見つけたから連れてくるって言ってあるんだから」
「……はあぁ!?」
俺は立ち上がって絶叫した。
「おいふざけんな何がどうなってそうなるんだよ」
「だから料金は前払いしただろ? ま、ああでも言わないとお前の場合バックレそうだったしな」
「この外道がっ……!」
そういえば前にレアもののラノベをくれた時も3駅先の店まで限定のコーヒーカップを買いに行かされたような気がする。もらった品物を考えてもっと警戒するべきだった。
「まあ、俺に何を言うのも自由だけど、読んだ分の働きはしてもらうぞ。あれ買うのに半日使ったんだから」
「ぐっ……」
そうと分かってれば授業潰してまで一気に読まなかったのに、と俺は死ぬほど後悔した。が、読んでしまった以上もう遅い。
「さ、行こうぜ。お前ならやってくれると見込んで頼んでるんだから、俺の期待を裏切ってくれるなよ? もう何人も失敗してそいつからお仕置きを食らってるんだから」
「まさか、最近うちの生徒がよくケガしてるのって……」
それ以上は怖くて聞けなかったが、おそらくはそういうことなのだろう。
「さ、行こうぜ。モスグリーンの彼女なんて滅多にお目にかかれないぞ」
「お、おい待てまだ心の準備もできてねーよ!」
「そんなもん歩きながらでも準備できるって。ほら、もうあと10分で待ち合わせの時間だから」
「お前なあ……ちょっとはこっちの都合に合わせて予定立てろよ!」
俺の悲痛な叫びは静かなコーヒーショップにはあまりにも不釣り合いで、ただ周りの注目を浴びる結果となってしまったのだった。