vsラミエル③ 決着
「操様、この実体のある2つの分身は避けられないでしょう?」
「これで終わりです!」
双方向からラミエルの声が反響する。正直気持ち悪いがそうも言ってられない。このまま衝突されたら死ぬのは俺の方だ。防御用のスパークも意味をなさない今、俺にはもう1つの能力を使用する選択肢しか残されていなかった。
(一歩間違えればお陀仏だ。頼むぜ俺の能力!)
祈りをささげると同時に、俺はこう願った。
(ラミエルの分身の攻撃は俺には当たらず、互いに当たって分身が消滅すればいいなあ)
そう願った瞬間、ラミエルの分身たちの行動はわずかに変化を見せた。決して傍目では分からないような微妙な角度で彼女たちの拳は俺を避けていく。
『あれ?』
同時にその分身たちの攻撃はその勢いを保ったまま互いの頬を殴り合う。
『ぐうっ!』
そのただの一撃が同時にクリーンヒット、分身はその姿を消滅させた。
「なっ……!」
「これが俺のもう1つの力だ。名付けるなら選択分岐ってところだな」
俺のもう1つの能力は、その行動を行ったことによって生じる可能性のあったいくつかの未来のうち、自分が望んだものに変化させることのできるものだ。もちろん、この能力も目で見えない相手には反応できないが、ラミエルの分身が迫ってくるくらいの時間があれば、能力発動には十分だ。
「まさか、これほどまでに強力な力を使いこなせるようになるとは……」
ガブリエルも驚愕する。
「私の奥の手がこうもあっさり敗れるとは……。操様、相当修行なされたのですね」
ラミエルも感服した様子で俺の成長に驚く。
「これは勝負あったな。この勝負、天使操の……」
「待ってくれ」
おそらくガブリエルは俺の勝ちだ、と言おうとしたのだろう。だが、それは俺としても納得のいかないところなので、彼女に異議を申し立てた。
「確かに俺の能力は2つともすごいと思う。実際、俺にラミエルの攻撃は一度だって届かなかった。でも、それだけなんだ」
「……? どういうことですか?」
ラミエルは不思議そうな表情を浮かべる。
「俺の攻撃はお前には届かないんだよラミエル。ただのグーパンチがお前に敵うわけねーだろ?」
確かに俺の2つの能力はこと攻撃を避けることに関しては神業ともいえるほどの大きな力を持っている。だが、この能力を使って俺からの攻撃をすることはできない。いわゆる受動的な能力なのである。かと言って、俺の素手の攻撃ではおそらくガブリエルどころかラミエルにすら軽くいなされてしまうだろう。つまり、俺は負けないが、勝てない能力を手に入れたのである。
「俺の能力は2つとも攻撃向けの能力じゃない。この能力で俺が敵に勝つのは無理だ。でも、俺は誰かを傷つける力よりは、こっちの誰かを守る力の方が性に合ってる。強すぎるお前らの助けになるかどうかは知らないけど、俺はこの能力を得たことを誇りに思うよ」
そう、最初から分かっていたのだ。俺が現状持っている能力だけではラミエルには勝てないことも、そしてまた、俺が知る限りでの彼女の能力に対しては負けないことも。だからこそ、俺は最初の条件を出したのだ。どちらがどれだけ戦っても、互いに一撃入れることはできないから。つまり、この勝負に俺の負けはない。
「……なるほど。でも、操様は1つ勘違いをしていますよ?」
ラミエルは首を横に振った。
「……どういうことだ?」
「確かに、操様の能力で私に一撃入れることは無理でしょう。でも、私は操様に一撃入れることができるのです」
そう言った彼女は、自らの両手に雷を宿す。さらに、両足にも雷が宿る。ラミエルの体は初めて会った時のように全身光り輝いていた。
「な、何だよそれ?」
「ナイショです。それじゃ、いきますよ」
そう言った次の瞬間、何かが当たったような感覚と共に、俺の体は宙に投げ出されていた。
「何が起こるか分からない、そういう状況であれば、操様の未来の予測も難しいでしょう。まして、この速度で突進されればなおさらです。先ほどの防御スパークも発動できないでしょうし」
地面に叩きつけられようかというところで、俺はラミエルに抱きかかえられた。そのままゆっくりと地面に降ろされる。
「勝負あり、ですね。ガブリエル。宣言をお願いします」
「……うむ」
一部始終を見ていたガブリエルは頷いた。
「この勝負、引き分けだ」
「!? どういうことですか? 確かに今私の攻撃が操様に当たったはず……痛っ!」
そう言いかけたラミエルは、右の脇腹に鈍い痛みを覚えたのか、思わず右手でわき腹を抑え込む。
「な、何で……」
「言っただろ。もう1つの俺の能力は未来を分岐させることだって。なら、お前の攻撃を避けられない以上、俺が望む未来はお前と刺し違えるしかないってわけだ」
俺が自分から殴りに行ってもラミエルに攻撃が当たらないことは分かっていた。だが、おそらく天使である彼女は俺を倒す何らかの策を持っている。それを前提とした上でのあのやりとりだったのだ。だから、彼女の体が光った時、俺が考えたことはただ1つ、ラミエルの攻撃と同時に自分の攻撃が当たることだけだった。受動的な能力の発動しかできないのなら、相手が能動的な攻撃をしてくるように仕向ければいい。
「俺がお前を倒せないことを証明すれば、お前は何らかの手段を使って俺を倒しに来ると思ってた。だから、この作戦に賭けたのさ」
「はは、まさかあの速度で攻撃して一撃入れられるとは思ってなかったです。さすが操様ですね」
ラミエルはその場にしゃがみこんだ。どうも予想以上に深く攻撃が刺さってしまったらしい。
「おい、大丈夫かラミエル?」
「平気ですよ。天使はどちらかというと撃たれ弱いので、ちょっと攻撃が当たっただけでも結構なダメージを負ったりすることもあるんです」
それでもその弱り方は異常だ。
「にしても、ちょっと力、使いすぎましたかねえ。ガブリエル、あとはお任せしていいですか?」
「ああ、任せろ」
ガブリエルがそう言い終わる頃にはラミエルは意識を失っていた。
「お、おい。ラミエルは大丈夫なのか!?」
「心配ない。全力を出した後のラミエルはいつもこうだ。無防備だが、襲うと大変なことになるぞ?」
「俺に夜這いキャラを定着させんな。まだ朝だし」
自分の言葉にもツッコミを入れるとは、俺もいよいよおかしくなったのだろうか。
「……まあ、今のやり取りは冗談としても、作戦としては見事だ。勝利することはできない格上の相手との戦いの際でも、お前は自分ができる最大限の仕事をしようとしたわけだ。そして、お前は見事その賭けに勝った」
ガブリエルは俺を褒める。
「認めよう天使操。お前がラミエルが信頼するに値する人間であると同時に、私が協力関係を結ぶにふさわしい存在であると」
そう言ったガブリエルは改めて俺の両手をしっかりと握る。
「改めてこちらからお願いする。私たちの仲間と天界を守るためにその力を貸してくれ、操。頼む」
深々と頭を下げたその様子を見るに、どうやらガブリエルとの戦いはようやく決着したようだった。俺ももちろん頷く。
「ああ、こちらこそ協力させてくれ。手伝えることがあれば何でも手伝うからさ」
こうしてまた1つ、天使と俺の奇妙なつながりが完成したのだった。