vsラミエル① 天使たちからの挑戦
「私は天使操様に1対1の決闘を申し込みます。宣戦布告と取っていただいて構いません。日時は明後日土曜日の明朝4時。場所は今日と同じあの公園です」
「……はい?」
いきなりのことに事態が呑み込めない俺。同居人が帰ってきたら決闘を申し込んできました。どこのラノベだよ。いや、ラノベでもそうそうないか。同居人とあるのはハーレムイベントくらいなものだ。
「待ってくれ。何がどうなってそうなったんだよ。お前と俺が戦う理由はないだろ?」
「そっちになくてもこっちにはあるんです」
いつになく真剣な眼差しのラミエル。
「お前……ガブリエルと何かあったな?」
「イ、イヤソンナコトハナイデスヨ」
目をそらすラミエル。こいつこんなキャラだったっけか?
「おい片言。お前が話したくないなら別にいいけど。何の理由もない決闘を俺は受けるつもりはないぞ」
「そ、それは困ります!」
「じゃあ何でそんな話になるんだよ?」
「えっと、それはですね……」
ラミエルがしどろもどろになっていたその時だった。
「待て。お前では埒が明かん。説明は私がしてやろう」
真上から凛とした美しい声が響いた。まだ彼女の声を聞くのは3度目だが、強烈な体験のせいか頭の中に声の主のことは強くこびりついていた。
「お前……ガブリエルか?」
当然というかやはりというか、どうやらこの決闘の案はやはりラミエル発案ではなかったようだ。天空から降りてきたのはやはり第三天使のガブリエルだった。俺が疑問形だったのは、先ほどと違う服を着ていたからに他ならない。ジーンズにTシャツと言うラフな格好だったが、不思議と怪しい美しさがあった。これも彼女が天使であるからなのだろうか。
「何だ? 私以外に誰がいるというのだ?」
一方のガブリエルはそんな疑問が出てくることそのものが訳が分からないといった様子だった。
「いや、さっきと服が違ったからさ」
「ああ、この服は俗世で買ったものだ。人間はなかなかいいものを作る」
単に気に入っていただけのようだ。意外とお洒落さんなのかもしれない。
「って、そんなことより決闘って何だよ! さっきので終わりじゃなかったのか?」
「まあ聞け。別に私もお前たちの実力を認めていないわけではない。私の先ほどの攻撃をかわし切った時点で、お前たちの実力そのものは認めているつもりだ」
「じゃあ、何で……」
言いかけた俺の言葉をガブリエルは静止した。
「お前たちの、と言っただろう。確かに力を合わせた時のお前たちの力はすさまじいものがある。だが、お前たち個人の力としてみるとどうだ? お前は確かに私の攻撃をかわし切ることはできた。だが、それだけだ。お前からの攻撃は1度たりとも私には届いていないし、お前からそもそも攻撃と認識できるようなものが来ていない」
「それは……」
確かに事実ではあるが、それは俺がラミエルの指示通り動いただけのことだ。別に攻撃を仕掛けようと思えば仕掛けることはできた。
「お前の言いたいことは分かっている。私もあれがラミエルの作戦であることは理解しているさ。だが、そのラミエルにしても私に攻撃を通すことはできていないだろう?」
「……そうだな」
それは事実だ。ラミエル単体ではガブリエルに手も足も出なかった。それを目の当たりにしているからこそ、俺もそれ以上の返答はできなかった。
「だからこそ、作戦を抜きにしたお前本来の実力を見たいのだ。私の攻撃の一部を不可思議な力でかわした今、お前とラミエルの間にこの間私と戦った時のような圧倒的な力の差はないだろう。この状態でお前とラミエルがどこまで戦うことができるのか。それを私に見せてくれ。それでお前たちの実力を認めることができれば、私からも改めて協力を要請させてもらおうというわけだ」
「……ということです」
ラミエルが最後まとめる。彼女が申し訳なさそうにしているということは、ここがお互いの妥協点と言うことだったのだろう。だが、これは考えようによってはいい機会なのかもしれない。思えば、ラミエルと戦うということはなかった。いつもこっちが一方的にやられていただけだ。だが、雷の能力の一部を得ることができた今、自分がどこまで戦えるのかというのは純粋に気になるところではある。
「1つ聞きたいんだけど、俺が負けてもお前らに殺されることはないんだよな?」
先ほどまでさんざん殺されかかっていたことを考えれば、ここで保険をかけておくのは決しておかしなことではない。だが、俺のその質問に対してガブリエルはクスリと笑った。
「安心しろ。それはない。協力関係を結ぶに値するかしないかを見るだけで、お前のことは十分に信頼している。悪いやつではないことくらいは2回も戦った私が一番よく分かっているさ」
「もちろん、一緒に暮らしている私もですよ!」
つまり、この手合わせは純粋にガブリエルが俺とラミエルの力量を図るための戦いだということだろう。ならば、こちらも安心して戦うことができる。
「まさかとは思うが、負けるつもりで戦うつもりではないだろうな?」
ガブリエルが意地悪そうな笑みを浮かべる。
「はっ、そんなわけないだろ。やるからには勝つさ。2日後でいいんだな?」
「はい。ということは、了承したということでいいんですね?」
俺は頷く。
「分かりました。このお願い、聞いてくれてありがとうございます」
ラミエルは頭を下げた。
「また迷惑をかけてしまいますね」
「俺が好きでやってるからいいんだよ。とりあえず帰ろうぜ」
だが、ラミエルは首を横に振った。
「私はこの2日の間、ガブリエルのところにいます。互いに手の内をばらしては面白くありませんから、2日間の間は私も姿を隠しておくことにします。本気の操様と戦うために、私も少しだけ修行するので」
微笑むラミエル。だが、その笑顔の中には闘志が宿っていた。彼女もまた本気で俺と戦うという意思の表れなのだろう。ならば、俺も同じだけの覚悟と強さをもって彼女と向かい合わなければならない。
「……分かった。少し寂しくはなるけど、お前たちに認めてもらうためだ。仕方ないな」
「はい。少しの間ですが、パートナーは解消です」
その言葉の意味をしっかりとかみしめる。例えガブリエルが協力関係を結んでくれなかったとしても、ラミエルは俺との協力関係は継続してくれると言ってくれているのだ。
「そういうわけだ。2日後を楽しみにしているよ。操」
「ああ、またな……ん?」
ともすれば何の違和感のない言葉だが、発言の主がガブリエルであることが大きな驚きだった。俺をターゲットにしてからずっとお前としか呼んでこなかった彼女が、初めて俺のことを名前で呼んだのだ。
「ガブリエル、お前今俺の名前を……?」
2人に別れを告げて帰ろうとした俺はすぐに振り返るが、そこに天使たちの姿はなかった。