一難去ってまた一難
「天使が天界から家出したから連れ戻すために別の天使が人間界に来てる!? あんた、その説明本気で信じたの?」
「いや、まあ……」
何を言われても仕方ない。咲良の反応の方がこの場合は正常だ。
(俺だって別に好きで信じたわけじゃねーしな……)
結果的に様々なことに巻き込まれる形で俺は天使ラミエルの発言を信用せざるを得ない状況に陥ってしまっている。それを他の人に同じように求めるのは無謀であり無理だ。
「……それで、あんたはその天使たちと戦って傷だらけの体になったって?」
だが、意外や意外、咲良有紀はその辺りは寛容だった。
「……お前、信じてくれるのか?」
咲良の呑み込みの早さに驚愕する俺。
「……信じる信じないはともかくとして。あんたのその傷だらけの体の意味もそれなら分からないでもないしね。とりあえずそういうことで話を進めといてあげる。嘘つくにしてももう少しましな嘘があるだろうしね」
「おお、ありがとう咲良!」
あまりの嬉しさに俺は咲良にハグでもしそうな勢いで近づく。
「だからそれはやめろって言ってんでしょ!」
数秒後、俺は彼女の蹴りに沈むことになった。
「それで、あんたがあたしを呼んだ理由っていうのは何なの?」
「天使ラミエル。その能力について知りたいんだ」
一人で調べられる量には限界があった。だが、咲良もまた俺と同じく様々なジャンルに精通している同志だ。それなら、彼女から話を聞いてみれば先ほど俺の縄が解けたりガブリエルの攻撃を食らわなかったりといった不可解な現象についてもある程度は分かるのではないかと考えたのだ。
「ラミエル……? ラミエルの能力なら雷と幻じゃないの? そのくらいなら調べなくても頭に入ってるわよ」
さすがに俺が持っているくらいの知識は彼女も持ち合わせていたようで、即答だった。
「お前の読んだ本に他に能力的なものはなかったのか? 例えば攻撃を避けたりとか」
「聞いたことないわ。あたしの知ってる雷の能力の使い手はみんな努力家だし、チート能力を使って勝つようなやつはいないし」
咲良は首を横に振った。
(そうか……。じゃあさっきのはいったい何だったんだ?)
「ああでも待って。そういえば、雷の能力とは関係ないけど、攻撃を避ける能力なら雷に関連してあったわよ」
諦めかけたその時、咲良から思いもよらぬ言葉が発せられた。
「何!? それって何だ?」
「避雷針よ避雷針。雷避けにしか使えないけど、あんただって名前くらいは聞いたことあるんじゃないの?」
「ああ、何だ避雷針か。それなら……」
言いかけたその時、俺はある1つの考えに思い当たる。
(待てよ、避雷針……? 細い雷の線を俺があの場で出していたとしたら、ガブリエルの攻撃を受け流すことができたのも説明がつくんじゃないのか?)
もちろん大量の水を一気に受け流すことができたという確証はないが、正解には限りなく近いような気がする。その方法なら俺の周りの地面だけが濡れていたことも何となくだが説明はつく。水の縄が解けたことについては解決していないが、俺の能力に避雷針のような能力があることは間違いなさそうだ。
「ちょっと、何1人で納得してんのよ。何があんたの中で解決したのか説明しなさいよ腹立つわね」
「……そうは言ったってなあ」
今から俺が受けた攻撃の一部始終を説明してもこいつは絶対納得しないだろう。咲良有紀とはそういうやつだ。
「あー、あんたあたしが納得するはずないって思ってるんでしょ。いいわよそれならそれで。ただ協力してあげたんだからその分のお礼は弾んでもらうわよ」
「えー……」
「ま、何とは言わないけどそうね、今度の休みにわくメモ一緒に周回プレイくらいしてくれたら考えてやらないでもないけど」
「思いっきり要望出してんじゃねーか! お前んちのテレビ使って同時プレイに付き合えと!?」
咲良の部屋にはテレビが2台ある。彼女曰く、1台はテレビ用、1台はゲーム用として使い分けているらしいが、俺が遊びに来た時に限り、2台ともゲーム攻略用のテレビに変わるらしい。普段も時間を無駄にしたくない彼女はテレビとゲームを同時進行で行うらしいが、ことゲームに関しては隠しキャラの都合とコントローラーの操作がめんどくさいという理由で俺が呼ばれることも多々あるのである。見るだけでいいのかと言う疑問もわくところだが、彼女曰く『ストーリーとキャラの絡みが見られればそれで満足』だそうだ。
「こんな時間にうら若き美しい乙女を呼び出してるんだから、そのくらいしてくれてもバチは当たらないと思うけどなあ? まあ、こういうのは気持ちだから別にやらなくてもいいけどお……」
「快く引き受けさせていただきます咲良様」
俺は超絶土下座モードに移行する。彼女がこの言い方をしたときは大体ろくなことがない。早めに謝っておく。これが俺の経験則である。
「分かればよろしい。んじゃ、忘れんなよ来週」
「へいへい……」
これで来週の予定がパーだ。まあ仕方あるまい。今回の件で咲良には相当迷惑をかけているわけだし、そのくらいは妥当なところだろう。
「あ、そうそうそれと最後になんだけど」
だが、すべて用事を伝え終わったはずの彼女は俺に用事があるかのように話しかける。
「何だよ?」
「あんたの後ろに立ってる背後霊みたいなの、何か不気味だから気を付けた方がいいわよ。それじゃ」
咲良は最後にそう言って去っていった。
「は、背後霊?」
「酷いですよねーまったく。用事が済んだから戻って来ただけなのに……」
「のわああああ!」
驚いてのけぞいた俺だったが、数秒後にはそれが聞き覚えのある声であることを思い出す。
「何だよラミエルか脅かすなよ……」
「あー操様までそういう言い方します? いいですけど別に……」
「わ、悪かったってば」
すぐに謝る俺。俺は女子に弱いのだろうか。こいつは便宜上彼女と言っているだけで、一応性別不詳の天使のはずなのだが……。
「そ、それでガブリエルとの話し合いの結果はどうだったんだ?」
とにかくこのまま話を進めていては自分が不利になることは明らかだと悟った俺は、そう論点をすり替えようとする。ところがその言葉を聞いたラミエルは、それまでふざけていた表情からすうっと色を消したような表情で俺を見てきた。
「な、何だよその顔」
「操様に1つ、大事なことをお伝えしなければなりません」
そう言った彼女は俺をびしっと指差し、こう言い放った。
「私は天使操様に1対1の決闘を申し込みます。宣戦布告と取っていただいて構いません。日時は明後日土曜日の明朝4時。場所は今日と同じあの公園です」
「……はい?」
突然の同居人からの宣戦布告は俺の頭を混乱させるのには十分すぎるものだった。