vsガブリエル③ 秘めたる力の発現
「死ぬがいい。私が唯一認めた人間よ」
そう言って放たれた水球をかわす術は俺にはない。俺が一瞬最後に考えたのは、ごく単純なことだった。
(この水の縄がこの攻撃で解ければなあ……)
そしてそのまま俺にその水球が命中……したはずだった。
「……あれ?」
ところが、数秒後に目の前に広がっていたのは荒れ地となった公園だった。目の前にはラミエルとガブリエルが驚いたような表情でこちらを見ていた。俺は確かガブリエルに水の弾を放たれたはず。普通なら即死レベルの攻撃だったのに、俺はまだ生きていた。しかも、ガブリエルの水の縄もなぜだか解けている。さっきと違ったのは俺の周りに地面が濡れたような跡があったことだけだ。
「お前、今、何をした……?」
ガブリエルは目の前の俺に、何が起きたか信じられないといった様子で質問する。
「今のは確実にお前を殺せた攻撃のはずだった。なのに、なぜ、お前の体の縄が解けた上に私の攻撃が相殺されている……?」
「いや、俺に聞かれても……」
自分自身ですら死んだと思っていたのだ。その理由を人に聞かれたところで答えられるはずもない。
「……今日のところは引き上げさせてもらう。未知の力を相手に戦って万が一負けてしまっては私の計画が崩れてしまう。お前という存在が私の計画を狂わせるのだ」
「……待ってください!」
その場を立ち去ろうとするガブリエルを呼び止めたのはラミエルだった。彼女はそのままガブリエルのすぐ目の前まで歩み寄る。
「何だ。お前程度なら今の私でも消し飛ばせると思うが。私は今お前と会話する気分でもないぞ」
「いえ……。ガブリエル、あなたも何か目的があって動いているのではないですか?」
「……何を言っている?」
ガブリエルの眉がピクリと動いた。
「私の天界からの指示は、他の天使を天界へと呼び戻すことです。他の音沙汰のない天使と違って、あなたはそれを知ってなおわざわざこちらに顔を出してきた。それはつまり、こちらの目的を知っていても、私たちを倒しておかなければならない事情がある。そういうことでしょう?」
「……それがどうした。お前がそれを知っていたところで、私がお前に協力を頼むことはないぞ。何せお前は私よりも弱いのだから」
これに関しては紛れもない事実だ。ラミエルの攻撃は一度たりともガブリエルには届かなかったのだから。
「そうでしょうね。私に協力を仰ぐ意味はないでしょう。でも、この操様ならどうですか?」
それを知ってか知らずか、ラミエルは俺をガブリエルの前に出してきた。
「あなたの攻撃は意図的でないとはいえ、操様に防がれてしまいました。それは裏を返せばですが、操様の攻撃はあなたに通用する可能性があるということです。例えばここであなたが私たちを見逃したとして、次にあなたの攻撃が操様に確実に通ると言い切れますか?」
「……何が言いたい?」
不機嫌そうなガブリエルに対して、ラミエルはこう切り出した。
「同盟を結びませんか?」
「同盟だと?」
「はい。互いの目的を果たすため、一時的に手を組みませんか?」
ガブリエルはここで初めてラミエルの胸ぐらをつかんだ。
「第四天使風情がうぬぼれるなよ。それで三大天使の私と対等に渡り合っているつもりか? たかが人間1人を私がそこまで重要視すると思っているのか?」
同盟と言う言葉は自分と相手が対等である前提での言葉だ。それがガブリエルの気分を害したのだろう。
「私とあなたは対等ではありません。立場はあくまであなたの方が上です。それはもちろん分かっています。ただ、今この条件であなたに交渉を持ち掛ければ、今回の案件に限ってはあなたと対等に並べる可能性がある。私はまた天界で楽しく皆さんと過ごすためなら手段を選ばない。それだけのことです」
その言葉を聞いたガブリエルは、ラミエルの胸から手を離した。
「……覚悟はあるのか? 何を知っても残りの天使を連れ戻す覚悟が?」
「なければあなたに戦いを挑もうとは思いませんよ」
すると、ガブリエルはため息をついた。
「……何を言っても聞きそうにないな。いいだろう、勝てなかったことは事実だし、お前には正直に話してやる。私がどうして人間界にいるのかをな。ついてくるがいい」
ガブリエルは羽を広げると、公園からゆっくりと飛び立っていった。
「ラミエル……これ、どういうことだ?」
「おそらく操様には聞かれたくない話なのでしょう。とりあえず私だけで行ってみます。ただ、私には操様の協力が不可欠ですから、私が帰り次第改めて作戦を立て直しましょう」
「ああ、とりあえず気を付けろよ」
「大丈夫です。おそらく罠ではないでしょうし、きっとガブリエルも真実を話してくれると思います。私が戻ってこないようなら、その時は十字架でも切ってください」
「あのなあ……」
そこまで言いかけた俺は、ラミエルにぎゅっと抱きしめられた。
「あなたのおかげでちょっとだけ前進しました。本当にありがとうございます」
「……まあいいけどな。本当に気を付けろよ」
「はい。では、行ってきます」
そういったラミエルもまた羽を広げて飛び立っていった。
(……少しもラミエルの役に立てたのかな)
そうは言っても、今の俺にできたことは少ない。ラミエルの役に立った以外の成果と言えば、死ぬかもしれなかった命が少しだけ生き延びただけだ。
(さっきは何が起きたか知らないけど、とにかく助かった。でも、どう考えても間違いなく俺はあの時死んでた)
このまま自分が足手まといのままでは良くない。現状を打破するために、俺はこれから何をするべきだろう。そう考えた俺は数秒後、ある人物に連絡を取っていた。
「それで、何であたしに連絡してくんのよ」
咲良有紀はとても不満そうな顔で俺に呼び出されていた。場所は彼女の家の近くのコンビニの前だ。
「いや、成田かお前かって言ったらお前だろ?」
「その二択で選ばれても嬉しくも何ともないんだけど。ってか何よその汚れた服」
「さっきいろいろあってさ」
言葉を濁す。まさか今さっき死にかけるような戦いをしたとは言えない。
「そりゃ、何もなかったらそうなってないでしょ。んで、私を呼びつけたからには何かあるんでしょうね?」
「何かあるかどうかは俺の話を聞いてお前が判断してくれ。ただ、天使の一件に関してはちょっとだけ話が進んだよ」
「ふーん。それじゃ、かいつまんで説明してもらおうかしら」
ようやく興味を示した咲良は俺の話に耳を傾けた。