vsガブリエル② 圧倒的な力の差
「さあ、次はお前の番だラミエル」
「くっ……」
ラミエルの顔が明らかに歪んでいる。俺が捕まるのがあまりに早すぎたせいだろう。
「……悪いラミエル」
俺は思わずこう漏らさずにはいられなかった。
「ふん、あれだけかわしてばかりでこちらに1度も攻撃が来なければ、お前の行動が時間稼ぎであることくらい馬鹿でも分かる。そして、お前の行動の意味もな」
ガブリエルは一瞬俺の方を見てそう言うと、ラミエルに言葉の刃を突き付ける。
「ラミエル、お前この人間に力を与えたはいいが、うまく発現しなかったようだな。むしろお前の雷を取り込んだせいでこいつの動きが前よりも鈍っていたようにも見える。こいつが逃げている間にお前が作戦を立てて私を倒す算段だったのだろうが、この人間の身体能力を計算に入れるべきだったな」
「全部ばれていましたか……」
強がって笑うラミエルだったが、彼女の顔は明らかに笑っていなかった。
「さあ、どうする? このまま勝ち目のない無謀な勝負を挑んで殺されるか、それとも降参して殺されるか。どちらにせよ私に無駄な労力を使わせないでほしいものだが」
「……悪いですけど、私も諦めは悪い方なんですよね」
彼女の手からバチバチと黄色の光が弾ける。
「……なら、私も少しだけ、本気を出そうか」
ガブリエルも再び戦闘モードに入る。
(くそっ、この俺を縛ってる水さえ何とかできれば……)
2人が会話を交わしている最中、俺は必死に水のロープから抜けようとしていた。だが、この水のロープは思った以上に頑丈で、俺にはどうすることもできなかった。その上、体の火傷に水が直に染み入ってくるせいで迂闊に動くと全身に激痛が走る。
(……これじゃ完全に足手まといだな)
俺はひとまず脱出を諦めるしかなかった。
「はっ!」
バチッ!と雷が飛ぶ音がする。ガブリエルはその音を聞く前にラミエルがどこに攻撃しようとしているのかを瞬時に見抜き、最小限の労力で攻撃をかわす。その間にもガブリエルは指の先から水の弾を連続で弾き飛ばし、ラミエルの体力を消耗させていた。
「……そろそろチャージもできたし、本気で行かせてもらいますよ!」
ラミエルの片手には大きな雷の弾が存在していた。
「飛んでけ!」
手の雷は目に見えない速さでガブリエルの方へと向かっていくと、彼女の周りを見えない速度で飛び始めた。
「どうです? この速度ならそちらに見切られる前に攻撃も届くでしょう?」
「……また面倒なものを」
ガブリエルはため息をつく。その間にも雷は動きを見切られないように素早く動き、少しずつ距離を縮めていた。
「だが、1つお前は大きな勘違いをしているようだ」
そう言った瞬間、雷は何かに吸い込まれるようにガブリエルの前から姿を消した。ちょうど雷がガブリエルの半径1メートル以内に近づこうかと言うところだった。
「なっ……!」
「遠距離攻撃で戦う際、私の周りには常に薄い水のバリアが張り巡らされている。悪いがお前の遠距離攻撃は私には効かない。これでもまだ戦うつもりか?」
「遠距離がだめなら近距離です!」
ラミエルはガブリエルと同じように腕に雷をまとってガブリエルに突進攻撃をかける。だが、ラミエルがガブリエルに近づこうかと言う時、ガブリエルは地面に対して1発の拳骨を放った。その瞬間、地面が割れ、爆風でラミエルは吹き飛ばされる。
「くっ……ああっ!」
「近距離戦をしたいのならまずは私に近づいてみるんだな。お前には無理だろうが。そもそもお前の能力の1つは幻、お前に近接戦を真っ向から挑まれるわけがないだろう」
「ですよねー……」
だが、ラミエルにも全く策がないわけではないようだった。
「それじゃあ、最後の手段です。あなたがいなくなってから編み出した技、その名も雷分身」
「……何だそれは?」
「まあ、見ててくださいよ。私の幻の能力は相手に幻覚を見せるものですけど、その幻覚の能力を極限まで高めた時、その幻は実体となるんです」
バチバチバチバチッ!と言う音が辺りに響く。ラミエルの隣にみるみるうちにラミエルと同じ姿をした雷の分身が作られていく。これがおそらくラミエルの言っていた切り札だろう。
「……これは、早めに仕留めた方が良さそうだな?」
ガブリエルもその危険性を肌で感じたのだろうか、ラミエルの方に突っ込んでいく。
「ふふ、もう遅いです。雷分身の術をその距離では止められないでしょう? 両サイドからあなたを同時に襲えば、いくら戦いの神のあなたでも無傷ではすまないはず!」
二手に分かれたラミエルは双方向からガブリエルに攻撃をかける。
「ああ、その術そのものはな。だが」
ガブリエルはラミエルのすぐ近くの地面に向かって拳を振り下ろす。
「お前自身は無防備だろう?」
ドカン!という大きな音と共にラミエルを雷分身ごと吹き飛ばす。術に多くの労力を割いていたラミエルはガードが遅れ、ダメージが肉体に直撃していた。
「かはっ!」
地面に大きくたたきつけられたラミエルは血の塊を口から吐き出しそうになる。同時にラミエルが作り出した分身もまた、大気中に霧散していった。
「やはりな。これ系統の技は大体術者本体を叩くと消える」
(おいおい化け物かよこいつ……)
初見の技に臆することなく向かっていったことと言い、適切な対処法を瞬時に編み出すことと言い、どうやらバトルセンスに関してのガブリエルは他の追随を許さないほどの実力を持っているようだった。切り札は最後に取っておくものとはよく言ったものだが、それを破られた時、最後に残るのは絶望だけだ。
「ラミエル。その体ではもう動けまい。さっさと楽になれ」
「……嫌です」
だが、ラミエルは諦めなかった。なおもフラフラの体で立ち上がる。
「……しぶといな。何がお前にそこまでさせるのだ? お前1人ならこの人間を身代わりに逃げることだってできたはずだろう。実力差を分かっていながら無駄死にするのはただの馬鹿だぞ?」
「そうかもしれませんね……。でも、私には操様がいます。彼が協力してくれるといった以上は、私も逃げるわけにはいきませんから」
(ラミエル……)
彼女のそのまっすぐな気持ちは俺に再び対抗する活力を与えてくれた。俺も彼女の信頼に応えなければなるまい。俺は縛られたまま、何とかゆっくりと立ち上がる。
「そうだよなラミエル。お前がそんなに頑張ってるのに、いつまでも寝てるわけには、いかないよな?」
「操様!」
立ち上がった俺を見て、ラミエルの顔に少しだけ笑顔が戻る。
「……呆れるな。お前にも、そこの人間にも」
そう言うとガブリエルは一瞬で俺の傍まで移動すると、俺に向かって右手をかざす。
「……へ?」
「なら、まずはお前のその精神力の源を断ち切ってやろう。この人間を殺せば、お前の立ち上がる気力も消えるだろうさ」
「!? や、やめてください!」
焦るラミエルだが、距離と傷の具合を考えれば、どうあがいても攻撃を止めることができる距離ではない。対して俺も立ち上がっただけで相変わらず身動きが取れる状態ではなかった。
「死ぬがいい。私が唯一認めた人間よ」
次の瞬間、俺の目の前に水球が放たれた。