vsガブリエル① コマンド:とにかく逃げる
「……来たか」
午後8時、視界に入ったガブリエルは俺とラミエルを見てそう呟いた。
「やっと会えましたねガブリエル」
「ふん。私はお前と顔を合わせる気などなかったよ。だが、お前が人間に自らの力の源を分け与えたとなれば話は別だ。それに……」
そう言いながら、ガブリエルは俺の方を見る。
「こいつには私も興味がある。私のあの水の能力をもってしても、こいつを仕留めることはできなかった。ただの人間にしては伸びしろがあるように思えたのでな」
「ふふっ、では、あなたも操様のことは気に入っているのですね?」
「まあ、人間にしてはよくやる、という程度だがな」
ガブリエルはあくまで態度を崩さない。それは自分が3大天使である故の自信か、はたまた人間程度に負けるはずがないという慢心か。いずれにせよ、目の前に立っている彼女からは威厳が感じられた。
「……ガブリエル、あなたはなぜ天界に戻らないのですか?」
すると、ガブリエルの顔がほんの少しだけ歪んだ。
「……その話をこれから殺されるお前たちにして何になる? それこそ時間の無駄だ」
「なら、私たちが勝ったらその理由、教えてくれるってことですね?」
「そんなことは万に一つもあり得ないがな。お前を……いや、お前たちを確実に殺すために私はここに立っているのだから」
そう言った彼女は両の指10本に小さな水の弾を浮かべる。
「世間話はもういいだろう。そろそろ始めさせてもらうぞ」
彼女はそう言うと、左手の水球だけを俺たちの方に弾き飛ばす。
「操様いいですか! さっき話した通りに動いてください!」
「やってみるしかねーな!」
俺は水の弾を避けながら、ラミエルの作戦を思い出していた。
「前に操様と戦った時のガブリエル、あれは彼女の本気ではありません」
「……えっ、あれでか?」
あれだけ追い詰められたというのに、彼女は本来の力の10分の1も出していなかったのだという。
「そもそも本来のガブリエルの戦闘スタイルは、遠距離から水の弾、近距離からの肉弾戦もできるミッドレンジのパワーファイターです。純粋な力勝負を挑むのではまず彼女に勝つのは不可能です。この間は人間相手だと思って手加減していたからあの程度で済んだんですよ」
確かに、彼女自身はほとんど動いていなかった。
「ただ、今度はガブリエルも私たちを本気で殺しにかかってくるでしょう。おそらく左利きの彼女は左手の水球だけを飛ばして、私たちに近距離と遠距離の両方から攻撃を仕掛けてくるはずです。おそらく最初に潰しに来るのはすぐに倒せる私ではなく可能性が未知数な操様の方でしょう」
「待ってくれ。俺はまだ何の力も使えないんだぞ? なのにガブリエルは俺を先に潰しに来るのか?」
俺の言っていることは当たり前のことだ。俺は天使の力を分け与えられているとはいえ、まだ使用することすらできないのだから。
「この際、実際に力が使えるかどうかは問題ではないのです。問題なのは、私と同じ能力を使える人間が2人いるという可能性。これだけでガブリエルはいくつかの作戦を立てなければいけません。そしてそれを考えた時に、力の使い方が分かっている私よりも、同じ力でもどう使うか全く分からない操様の方が、ガブリエルにとっては大きな脅威なのです」
「だから、俺の方を先に潰しに来るんじゃないか、と?」
ラミエルは頷く。
「もし仮に私の方にガブリエルが来たとしたら、その時はその時できちんと対抗策はあります。ですが操様が先に狙われた場合、今のあなたではガブリエルに対する明確な対抗策はないでしょう。だがら、これから私が言うことを必ず守ってください」
「分かった」
確かにラミエルの言うことはもっともだ。つまり彼女は俺のことを心配しているのだろう。狙われた場合、確かに俺に勝つ手段はない。
「では、作戦を説明しますが……簡単です。とにかく逃げてください」
「……それだけでいいのか?」
拍子抜けするほど単純明快な作戦だった。
「はい。というのはガブリエルの弱点というか、苦手な分野とも関係してくるんですが、彼女はとにかく細かい攻撃が苦手なのです。この間ガブリエルと戦った時、攻撃がほとんど当たらなかったでしょう?」
言われてみればそうだった。彼女の操る水の弾が俺に命中したことは1度だってなかったのだ。あれはてっきり自分でうまく避けていたとばかり思っていたが、そうではなかったのか。
「ガブリエルは精密な攻撃には向いていないのですが、彼女自身が好んで使うのはそういう小さな攻撃の方が多いです。なのでその攻撃を避け続けることができれば、いかにガブリエルと言えども体力の消耗は激しくなります。そこを突いていけば、おそらくそれなりにいい勝負にはなるでしょう。だから、操様にはとにかく逃げてもらいたいのです」
「そういうことなら任せてくれ」
俺は自信たっぷりにそう答えるのだった。
そして場面は現在に戻る。
「まずは貴様からだ天使操」
ラミエルの予想通りと言うべきか、まずガブリエルが狙いに来たのは俺の方だった。
「この水の爪で引き裂かれるがいい!」
激しい勢いで振るわれた水の爪が俺の真横をすり抜ける。バゴン! という音が響いた頃には地面に大きな爪痕が残されていた。
「ちっ!」
その合間合間にもガブリエルは攻撃を怠らない。俺とラミエルが一定の距離になるように、要所要所で水の弾を弾く。細かい攻撃は苦手だと言っていたが。それでも俺に攻撃をしながらこういうことができるというのは3大天使ゆえなのだろうか。
「ならば、これならどうだ?」
しばらくその爪から逃げ続けていた俺にしびれを切らしたのか、ガブリエルは攻撃方法を切り替え、今度は水の鉄拳を俺にふるう。
「さっきの攻撃と何が……」
おれは横に飛び、その鉄拳をかわす。
「操様、早くガブリエル様の間合いから離れてください!」
ラミエルのそんな危機感を持った悲鳴が聞こえる。
「もう遅い。この水は貴様を捉えた」
その瞬間、その鉄拳から水のむちのようなものが現れ、ぐるぐると俺の周りに渦を巻き始めた。
「しまった!」
俺の胴体の辺りを一瞬で囲んだその水はロープのように細くなると、あっという間に俺の体を縛り上げる。これでは動くことができない。
「戦闘慣れしていない貴様を捕えるのにここまでの時間を要したことが奇跡だ。私が本気でかからねば逃げ切れる腕があることは認めてやろう」
そう言ったガブリエルはもう用済みだと言わんばかりに俺の方から視線を逸らす。その目にはラミエルが映っていた。
「さあ、次はお前の番だラミエル」
ガブリエルは不敵な笑みを浮かべるのだった。