天使の能力(エンジェルズ・アビリティ):大火傷
「だから、天使になってもらいたいんです」
「いや、2回も繰り返さなくても分かるわ。そこじゃなくて、何で俺が天使になるんだよ?」
聞き返したのはそこではない。俺が天使になるとはどういうことか。そこを知りたいのだ。
「死にかけるためですか?」
「俺に聞くな! ってかそれじゃ目的と結果が逆だろうが!」
「いいツッコミですね。さすがは私の見込んだ婚約者です」
「そんなところで褒められても嬉しくねーよ……。ってかその設定はひとまず置いとけ」
俺は疲れてぐったりうなだれる。
「一応その婚約者って話は半分本当なんですけどね……」
「……ん? 何か言ったか?」
「いえ、何も。それで、天使になるとはどういうことか、でしたよね」
ラミエルは目の前にきちんと座りなおした。
「私が言っている天使になる、というのは、正確には天使の能力を得る、ということです。簡単に言うなら、あなたが私の能力の一部を使用可能になるということですね」
「……つまり、俺の手から雷が出るようになると?」
それは何かかっこいい。バチバチッ!が俺にもできるようになるのだ。
「また極端な例えですけど、そういうことですね。あなたには私の能力である雷の能力ともう1つ、幻を見せる能力、いわゆる幻視の能力を与えさせてもらおうかと」
「よしやろうぜひやろう」
蜃気楼のようなものだ。使えたらかっこいい。何か自分の語彙力がさっきからものすごく落ちてる気がするが気にしないでおこう。
「……即答するのはいいですけど、死にかけるって話忘れてないですよね?」
「そんなすごい能力を得るのに死にかけるくらい些細な問題だろ」
俺の返答を聞いて、ラミエルははあ、とため息をついた。
「それならいいですけど、後悔しないでくださいよ?」
バチバチッ! と彼女の手から大きな音が響く。その手が俺が何か行動を起こす前に俺の胸の中心に当てられる。俺の意識が飛んだのはその数秒後だった。
(ラミエルが言うにはとりあえず昨日の段階で能力を得ることはできたらしいが……)
その代償が全身大火傷らしい。ラミエル曰く、
「まあ、これをやろうとした結果本当に死ぬか廃人になる人もいるって話ですし、大火傷程度で済んだのはむしろ素質があるってことでいいと思いますよ?」
らしいが、それならそれでもっと早く説明してほしかったところもある。まあ、俺が説明を聞こうとしなかったのが一番の原因なのでそこに関しては忘れることにしよう。
(この手の紫色のあざがあるから一応能力の付与に関しては成功したって話らしいけど)
俺は先ほどの手の紫色のあざを見る。
(1つ気になることがあるとすれば、俺は本当に能力を使うことができるのかどうかだな)
昨日目覚めた段階では俺は雷の能力も幻視の能力も使うことはできなかった。今もそれは変わらない。つまり今の俺は全身火傷をしたただの馬鹿な高校生と言うことになる。
(帰ったら特訓するとは聞いたけど、本当にその程度でどうにかなるもんなのかなあ)
そう考えた俺だが、その頭によぎった考えを一瞬で振り払う。
(迷ってる場合じゃねーだろ。あいつの……ラミエルの手助けになるって、昨日約束したばっかりじゃねーか)
今は少しでも立ち止まっている暇が惜しい。授業も終わったことだし、さっさと帰るとしよう。
「おかえりなさい。早かったですね?」
「そりゃ、まっすぐ帰ってきたからな。それで、特訓するんだろ。何やればいいんだ?」
ところが、ラミエルは首を横に振る。
「そうのんびりしたことも言ってられなくなりました。これを見てください」
彼女が俺に見せてきた紙には、大きく果たし状と書いてあった。
「……何だこれ?」
「見て分かるでしょう。果たし状ですよ」
「いや、俺が聞きたいのは誰からかってことなんだけど」
すると、彼女は素早く中を開いた。
「ガブリエル。あなたがつい数日前に殺されかけた相手ですよ。どうも昨日の私の能力の反応を感じ取ったみたいで一瞬で特定されたみたいです。私にこれを渡しに来た時にそんなことを言っていました」
「……何かお前明らかにガブリエルより能力弱くないか?」
俺は思わずこう呟かずにはいられなかった。
「仕方ないでしょう。私はあくまで4大天使。そもそもが3大天使にカウントされているガブリエルとは能力の幅も数もそれこそ月とスッポンくらいの違いがありますよ。彼女には剛水のガブリエルとかいう異名がついてるくらいですからね」
「それ得意げに言うことじゃないよな」
なぜか胸を張っている彼女に対して俺は軽くツッコミを入れる。ここでない胸を張るなとか言ったらそれこそ殺されかねない。
「雷飛ばしたいところですけど、今は時間が惜しいのでいいでしょう。それに一応私にも幻雷のラミエルって2つ名はありますからね?」
「そこなの!?」
俺にとってはどうでも良かったことだが、彼女的にはそこがどうしても許せなかったのだろう。
「話を戻しますが、ガブリエルからの果たし状の中身はこんな感じです」
ラミエルはざっくりとその中身を読み上げる。
(本日○月×日午後8時、前に会った公園にて貴様ら2人を待つ。来なければ不戦敗とみなし、この町もろとも貴様たちを消す)
「物騒だなおい。しかも8時って……あと2時間くらいしかねーじゃねーか!」
「それだけ嗅ぎまわられたくないのでしょう。理由は分かりませんが、彼女たちは私たちとの接触を拒んでいますからね。にもかかわらず今回こっちに果たし状を送って来たということは、それだけ人間が天使の能力を得るということを向こうが危険視しているということです」
「……まあ、この間もそれはガブリエルから結構聞かれてたからな」
結局その後余計なことを聞いてしまったせいで俺は危うく殺されかける羽目になったのだが。
「ですが、今回はちょうどいいきっかけになるかもしれません。私たち2人を呼び寄せるくらいです。向こうにも勝算はあるでしょう。なら、それを逆手にとって、こっちが勝った時に味方になってもらう条件を取り付ければいい。そうすれば彼女も私たちの仲間になることになります」
すらすらと作戦を話していくラミエルだが、俺は1つだけどうしても確認しておきたいことがあった。
「……お前結構簡単に言うけど、お前はともかく、俺は全身大火傷状態の普通の高校生だぞ? 勝てると思ってんのか?」
「……まあ、負けたらその時はその時ですよ。2人で仲良く殺されましょう。それはそれで本望です」
「諦め早くないですかラミエルさん!?」
やはりこちらに勝算はないようだ。それはそうだろう。ラミエルの能力そのものがガブリエルに遠く及ばないのだから。仮に俺が一人戦力として加わったとしても、せいぜい雀の涙ほど勝率が上がるだけだ。
「ただ、私も彼女の能力の弱点くらいは把握しているつもりです。事前に教えますから、とにかくそこをうまくついていきましょう」
「うまくいけばいいけどな……」
俺はラミエルの策をいくつか聞きながら、命を懸けた決闘に向けて心の準備もしっかりと進めるのだった。