退屈している少年は友人の頼みを受けた
「ここにもいない、ですか……」
緑の髪の少女はため息をつく。何かを探しているのだろうか。
「次です。まだ探していない場所はある」
そう言った彼女は背中から白い翼を生やし、空へと飛び立った。
この世の中というものは、得てして退屈である。これが俺、天使操の持論だ。
例えば日常の風景。俺の目の前に広がるのはいつも同じ風景だ。同じような車が街中を走り、同じような格好をした人がただくたびれたように街を歩く。かく言う俺もみんなと同じ制服を着て、高校という同じカテゴリーに属することを強いられている。
例えば毎日の授業。目の前の教師が偉そうな講釈を垂れ、俺たちにこれ見よがしに自らの知識をひけらかす。こんなもののどこがこの先の人生に役に立つというのだろう。俺の知り合いには今まで勉強したことが全く役に立たずに一から仕事の勉強を始めた人だっているくらいだ。こういう勉強というのは研究をしたいような人がするべきものであって、俺のような特に何かやりたいことがないような奴がやるべきものでは……。
「よ、ひねくれ眼鏡少年。今日もまた屁理屈でも考えてんのか?」
「うるせーよお調子者が。俺よりクラスの女子とでも話してればいいんじゃねーの?」
こいつは成田壮一。俺が考え事をしているといつも思考に割り込んでくるお邪魔虫である。もっとも、小学校からの腐れ縁で邪険にしきれない俺も悪いのだろうが。言うなればビジネスパートナーというやつだろうか。
「まあそう冷たいこと言うなよ。休み時間になったからわざわざ隣のクラスから遊びに来てやったんだぜ」
そう言うと彼は持っていたカバンから1冊の本を取り出した。
「ほら、最新巻のラノベ」
「どうも。……んで、今度は俺に何を頼もうと?」
俺はそれを受け取りながらも成田にそう尋ねる。
「酷いなお前も。俺が純粋にお前に何かを持ってきたって考えは……」
「ねーよ。お前が俺に話しかけてくるときは決まって俺に何かを頼みたい時だ。俺たちはそういう関係だって前に胸張ってたじゃねーか」
「……ちっ」
露骨に態度に表れるのもこいつの悪いところだ。
「お前舌打ちしやがったな!? 人にものを頼むときは……」
「あー悪かった悪かった! 今回は本気で困ってんだ、頼む!」
「……ま、いいけどな。確かに今回のは相当いいもんみたいだし」
大人気声優春野雨のサイン入りポストカード付きライトノベル、DEVIL BE BACKの3巻なんて、今時発売日前日に徹夜して並んでもまず手に入らない。予約も困難だと言われていたくらいの代物だ。それをこいつがどうして持っているのかはこの際置いとくとして、その本気度くらいは買ってもいいだろう。
「だろ!?」
「調子乗んな。んで、今回の頼みってのは何なんだ?」
「……実は、美少女の扱い方を教えてほしいんだ」
「……は?」
俺は思わずそんな声を出す。普通の人間ならこれが当然の反応だろう。
「いや、だから美少女の扱い方をだな……」
「2度も言わなくても分かるわ。俺が聞きたいのは、何がどうなったら『お前が』、『俺に』、それを聞きに来るのかってことだよ」
俺がこんな質問を彼にしたのには2つの訳がある。
まず『お前が』の部分。これは先ほどの俺の発言に関連することでもある。俺のビジネスパートナーこと成田壮一は、ぶっちゃけた話かなり明るい。どうして隣のクラスの俺にわざわざ話しかけに来るのか不思議なくらい、外見内面共にリア充だ。クラスの中心にいる人物でもあり、毎度俺のクラスに来て俺に話しかけて帰っていく彼を見て不思議がるクラスメイトも数多い。
次に「俺に」の部分だが……。それは今からこいつに突き付けてやろう。
「俺は自分で言うのもなんだけど、どっちかと言えばオタクで根暗だぞ。まして俺よりお前の方が人との関わりに関してはどう考えても詳しいじゃねーか」
そう、俺は自他ともに認めるオタクなのだ。自信満々に名乗るほどの肩書ではないが、少なくともアニメと漫画とラノベの世界に俺より詳しいやつはいないだろうと思っている。もっとも、それ故に読書のし過ぎで俺の視力は落ち、友人関係もほぼ断絶に近いのだが。話してくれるのはこいつともう一人、幼なじみの咲良有紀くらいなものだ。だが、そこまで俺に言わせておきながら、成田は首を横に振った。
「そんなことは分かってるさ」
「お前なかなか失礼だな」
自分で言う分には一向に構わないが、人に言われるのは気に食わないものだ。
「確かに普通の人間なら俺の方がどう考えてもコミュニケーションをとるのは上手いと思う。でもな、そいつに関してはどうもコミュニケーションスキルだけじゃどうにもならなさそうなやつなんだよ。こう、何ていうかまさに漫画の世界から飛び出して来たって表現が一番しっくりくるんだよな」
「……そんなやつが本当にお前の家にいるってのか?」
こいつが嘘をつくやつじゃないというのは分かるんだが……。どうにも信憑性が薄い。
「あー、お前その目は疑ってんな? 嘘だと思うなら今日俺の家に来てみろよ。すぐにでも見せてやるから」
「そんな今日飼い始めたペットみたいに言われてもなあ……」
だが、こいつが困っているのは事実のようだ。こんなひねくれ眼鏡少年の空想上の経験が役に立つというならこの体、少しだけレンタルさせてやろうじゃないか。何よりあれだけの品物をくれた以上、少しは義理を果たさないと俺のプライドが許さない。
「まあいいや。んじゃ、放課後に昇降口で待ち合わせしようぜ。お前は確か部活やってたから……、6時くらいでいいだろ」
「おうよ、助かるぜ! んじゃ、その頃になー!」
成田は言いたいことがきちんと通ったことを確認すると、さっさと教室を出て行った。
(……あいつ、俺と長くいると自分のイメージがマイナスになるから逃げやがったな)
とはいえ、それでもあいつと俺の関係は他の人間から比べるとよほど良好なのだ。こんな歪な人間関係でもあるだけましだと思った方がいいのかもしれない。しかし、あいつを待つ間の放課後の暇つぶし、何にしようか。
(ま、これだろうな……)
さっきもらった本を眺める。これを読むのが時間的にも一番有意義だし、何より俺の時間の潰し方としては最も理にかなっている。授業も含めてこいつを読破するのを暇つぶしにしてやるとするか。のんびり読むのは家に帰ってからでいいとしても、成田の頼みごとを考えるとおそらくは今日中に読み切るのは不可能だろうからだ。
(忙しくなりそうだ)
俺はうきうきしながらページをめくり始めるのだった。