自動防御(オ-トガ-ド)で快適生活(プレシャスライフ)を
なろう初投稿です
恋愛要素は皆無です
学校からの帰り道、青信号で突っ込んできたトラックに撥ねられ私は死んだ。十六歳の秋だった。
やりたいこともまだまだ沢山あったし、家族や友達とこんな形でお別れするのは辛かった。
「だろうね、そもそも君の死はこちらの手違いなんだ。本来ならば、死ぬのは君と一緒にトラックに潰された青年だけだったんだよ。申し訳ないからなんでも好きなチ-ト能力を一個プレゼントして、おまけに君の好きな乙女ゲ-ムの世界に前世の知識を持ったまま、悪役令嬢として転生させてあげる。あ、ちゃんと物心ついた頃に送り込んであげるから安心して。記憶を取り戻したらいきなり君の断罪婚約破棄卒業パ-ティの真っ最中でしたとか既に破滅した後でしたみたいな意地悪な真似、少なくとも僕はしないから。さあ、どんな能力がいい?」
死後の世界で神様に対面した私は、唐突にそんなことを告げられ驚く前に呆然としてしまった。
手違いで死んだのは確かに遺憾だが、だからといって神様がそんな厚遇をただの平凡な女子高生ひとりに気軽に与えてよいものなのだろうか。
そもそも地球規模で毎日何人が死んでいると思っているのか、大体なんで乙女ゲ-ムの世界限定なのか、とあれこれ考えていると、それを見透かしたように神様は頬を掻く。
「う-ん、誤魔化してもいいんだけど、せっかくだから教えてあげようか。僕は神様といっても死神でね、死神っていうのは最高神が定めた寿命を終えた人間の魂を回収してあの世に送り届ける運送屋みたいなものなんだ。だから、たとえたった一件の手違いでも予定にない魂を間違って回収しちゃうと、即存在を消滅させられちゃうんだよね。ほら、自動運転のモノレ-ルがたとえ一回でも誤作動を起こしたとしたら大問題になるじゃない?それと同じで、僕も今存在消滅の危機なんだ。君の肉体はもうグッチャグチャで魂は戻せないし、だからといって途中で捨てたり正直にあの世に持って帰るわけにもいかなくて、それじゃあなんで回収したんだって最高神にツッコまれたら、この者には常人にはない見所を感じました、なので救世主として個人的にスカウトしましたって名目で、異世界に放り込んでその世界を救世させる役目を負わせるって方法ですり抜けた死神の先輩がいてね。それ以来手違いで人間を死なせてしまった時は、どっか適当な箱庭世界に放り込んで処理しちゃうのが通例になったんだよ。なんで乙女ゲ-ムの世界かって?電源入れれば即座に既製品の世界が構築されるゲ-ムが一番手軽で便利だからさ。君の魂を移設する世界を用意するための作業をカレ-ライス作りだと仮定した場合、世界を一から作るというのはまずカレ-ライスに使う米を育てるための稲の品種改良から始めなければならないようなものなんだ。だから既に完成しているゲ-ムの世界という、コンビニで買ってきた既に温めてもらってあるカレ-ライスみたいなお手軽世界を利用するのさ。悪役令嬢枠なのは、平民女より金持ち女の方が喜びやすく、なおかつ君たち女はマウンティングアニマルだから、有利な条件で失敗する主人公を尻目に不利な条件で成功した自分、みたいな特別感に酔い痴れたいだろうっていうこっち側の打算の問題。さあそろそろ時間も圧してきたから早くチ-ト能力を選んでよ。どうせ君のためだけに適当に再構築された箱庭世界なんだから、別にその世界での最高神とかそれと同等の最強転生者になりたいみたいな願望でもなんでもいいからほら早く!」
なんだか酷いことを言われたような気もするが、とりあえず急かされているようなので慌てて考えることにする。
全知全能の神さまになりたいかと言われれば、ちょっと面倒くさそうでいやだし、現実じゃまだ未経験だった恋愛を楽しんでみたい気持ちはあるが、私はどのゲ-ムやアニメでも大体ひとりの嫁キャラに入れ込むタイプなのでハ-レム願望とかないし、この手の悪役転生モノって多くの場合原作主人公が逆ハ-ないしは逆ハ-ル-トでのみ出現する隠しキャラ狙いの電波ヒロインで、攻略対象たちはざまあされるだけの無能か悪役令嬢をマンセ-するためのカカシになってしまうのが大半なわけで、しかも死神とやらのナチュラルに女を見下した口ぶりから察するに、その手の仕掛けが用意されていそうなイヤな予感も拭えないし。
「わかりました、それじゃあ、私は私と私の大切な人たちに降りかかる、ありとあらゆる不運や不幸や事件事故、病気に怪我、悪意や敵意や害意なんかの面倒な厄介ごとを全部自動で防いでくれる、自動防御能力が欲しいです」
「また意外なところをチョイスしたね。いいの?この手のゲ-ムってトキメキトラブルとかドキドキハプニングとかドロドロした人間関係みたいなのを楽しむためのものなんでしょ?何の障害もない恋愛ゲ-ムってすごくつまらなそうだと思うんだけど?」
「自分の人生とは無関係のゲ-ムの中でならともかく、現実でそんな波乱万丈な人生送りたくありませんし、できればなんら苦労のない、平穏無事でリッチな生活を送りたいので」
「わかったよ、君がそれでいいならその能力にしよう。それじゃあ新しい人生を楽しんで。あ、これで君の魂を手違いで回収しちゃった件はチャラだからね、よろしく」
死神と名乗った彼の体からまばゆい光があふれると同時に、私の意識はブラックアウトした。
そして今、私は見知らぬ豪邸の子供が使うものではないのではと思うようなキングサイズのゴ-ジャスベッドに寝転び、朝日の輝く室内でぼんやり天井を見上げている。
私の名前はオスカ-レット・カルペット公爵令嬢。
この国の第一王子の婚約者候補で、高慢チキのワガママ女で、将来特待生として学園の高等部から外部入学してくる庶民ヒロインに第一王子を奪われた挙げ句、同じく攻略対象者である義理の弟にカルペット家を追放される宿命を背負った悪役令嬢。
ここから私の優雅な自動防御生活がスタ-トするのだろうか。
「お嬢さま、お紅茶はどのように味付けなさいますか?」
「そうね、砕いた氷にミルクと、それからミントの葉を少し入れてちょうだい。さっぱりしたいの」
「かしこまりました」
オスカ-レット・カルペット十四歳。
自動防御の効果はすこぶる順調だった。
まず第一王子との婚約の件だが、オスカ-レットが私として目覚めて数日後に開催された婚約者選びのためのパ-ティ(私は仮病で病欠した)で第一王子が会場に潜入していた賊に暗殺され第一王子そのものが死亡。
繰り上げて王位継承権を得るはずだった、逆ハ-レムル-トの最後で全員を振らないと出てこない隠しキャラの第二王子は、ほんとかどうかは果てしなく怪しいがその首謀者とされ処刑。
かくしてふたりの王子が一気に消え、残された病弱で気弱な第一王女が女王となりこの国を統治するか、もしくは適当な貴族か他国の王族を婿入りさせるより道はなくなり国は大騒ぎとなったが、一人娘の私しかいなかった我がカルペット家には直接関係のない話だったのでそこら辺は割愛。
次に父の不義と愛人の死によりカルペット公爵家に引き取られるはずであった攻略対象者たる義理の弟だが、原作では母親が流行り病で死に自分だけが生き残った設定を利用されたのか、母子揃って流行り病で死亡。
まあ生き残ってもヒロインに出会うまでは地獄の苦しみしかなかったと語った彼にとっても最愛の母親と一緒に死ねたのは本望だろう。これにより父は一時乱心したが、さすがに公爵家の全てを投げ出して不貞腐れるほど愚かではなかったようで、次第に立ち直っていったようだ。
愛人母子に夫の愛情を奪われ続け病んでしまった母も、その愛人母子が死んだことで溜飲が下がったのか、愛人が産み公爵家に引き取られ将来お家を乗っ取る可能性特大だった義理の息子をその手で絞め殺しかけて逆に魔法で焼き殺された原作とは異なり、ヒステリックで狂おしい激情家な一面はかなりなりをひそめたらしい。
だからといって両親の仲が改善したわけではないのだが、少なくとも崩壊への序曲は立ち消えとなったようで一安心である。
次にこちらも攻略対象者であり、家族が(父の愛人母子が死んだのと同じ)流行り病で死んだのは領地を治める公爵家の怠慢だと逆恨みし、俺の家族は公爵家に殺されたんだと憎悪を抱いて復讐するため執事としてもぐりこんでくるはずだった私の冷徹眼鏡執事(主人公には優しい)は書類審査の段階で落とした。
まあ公爵家の執事としての給金がなければ野垂れ死に不可避だったであろう彼が思いつめて後日直接カルペット家の屋敷に刃物を持って忍び込もうとして警備員に捕まり騎士団へ突き出されたのは想定外だったが。この国の法令では貴族の屋敷への不法侵入は貴族以上の籍でも持たぬ限り一律縛り首だ。
私も逆恨みで押し込み強盗殺人未遂を犯した男を庇ってやれるほどお人よしではない、どれだけ顔がよくとも犯罪はだめである。
「美味しい、じいやの紅茶はいつ飲んでも絶品ね」
「ありがたきお言葉」
ちなみに彼に替わる私の執事には以前とある伯爵家の令息に仕えていたが伯爵家が事業の失敗で没落してしまい、失職したという再就職目的の老執事を選んだ。
伯爵家の事業失敗とやらに公爵家が絡んでいる可能性はゼロではなかったが、自動防御が弾かなかったということはたぶん問題のない相手なのだろう。
年の功なのか実に有能で重宝している、私にいやらしい目を向けることもないし。
年頃の娘に老境とはいえ男の従者をあてがうのはいささかアレな気もしたが、父は私のことは政略結婚の道具としか見ていないようだし母は父に夢中で私に対する関心は三回使った後の茶葉で淹れる紅茶よりも薄いのでまあ問題はなかろう。
攻略が進んでいくと将来の国の重鎮たるあなた方のパ-トナ-にあのような平民風情は似つかわしくないと私が出しゃばってくるふたり、将軍の脳筋息子は山賊退治という地味な初陣で山賊相手に舐めくさってかかったらしく無様に討ち死に...もとい名誉の戦死を遂げられ、宰相の息子である天才魔法使い殿は転移魔法の暴走によりこの世界ではないどこか別の世界に飛んでしまったらしいが、まさか私の記憶にある前世の世界にでも逆トリップしてしまったのだろうか。
もしそうであるならばぜひともこの世界の原作となった乙女ゲ-ムをプレイしてみてもらいたいものだと思う。
残る攻略対象のうち、大体どのル-トでも悪役令嬢の末路は悲惨...みたいな展開がありがちなこの手の悪役転生者にしては珍しく、私ではない豪商の娘設定の許婚が立ちはだかる学園の堅物風紀委員長と、過保護すぎるママが障壁として肉体的にも精神的にも分厚く立ちふさがる病弱な保健室通いの天使少年、それと実は皇帝の第三子息さまである隣の帝国からの留学生の、彼ら三人のル-トにはそもそも私はほとんど絡まないため現状特に何も報告がなく、誰も攻略できなかった場合の救済措置として用意されているヒロインちゃんの幼馴染みの平民少年もまたオ-プニングの一部とエンディング直前でしか出てこないため同上。
「しかしお嬢さまが帝国の学院へ留学なさるとなると、旦那さまと奥さまはさぞお寂しがりになりましょうな」
「心にもない慰めは結構よじいや。お父さまもお母さまも頭にあるのはご自分のことばかりですもの」
そして最大の関門だった乙女ゲ-ムの乙女たるヒロインちゃんについてだが、ゲ-ムの舞台となる学園に雷が落ちて、落雷火災によりメイン校舎と体育館が全焼したのが一年と少し前。
幸い休日の夜中であったため校舎内に人はなく、学生寮や教会への延焼はなかったものの、校舎再建にかかるまでの数年はさすがに学園の閉鎖を余儀なくされ、必然的に彼女が学園に入学するという未来もパ-になった以上、彼女と私が今後の人生で関わる接点はかなり減少したと考えてよいだろう。
ル-ト終盤で教師と女生徒の密会という現場を偶然押さえてしまい、気に入らない平民特待生をこれを理由に学園から追い出してやろうと画策するきっかけとなる攻略対象者の教師も失業したため今後出会うことはあるまい。
グッバイ、女性の結婚適齢期が十三歳~十八歳頃までとなるこの世界では特に何の問題にもならない十六歳少女との恋愛を現実世界準拠の価値観でロリコン呼ばわりされた哀れなチャラ男教師よ。
かくして学園に入学する予定だった貴族の子息たちは格の劣る他の学校への入学手続きをしたり、私のように隣国の名門学院への急な留学を決めたりと、ここ一年ほど忙しくなったというわけだ。
確かに学園そのものがなくなればゲ-ムは始まらないだろうとは思ったが、落雷による火災で建物そのものが全焼とか予想もしていなかったので第一報を聴かされた時はこれまた驚いてしまった。
ともあれこれで平民のヒロインちゃんには隣国に留学するだけの資金はなく、血統主義を掲げる帝国の学院に特待生枠といったものはないため、彼女と私が同じ学院でかち合う危険性はほぼ限りなくゼロに近くなったと考えてよい。
まあ血統主義に疑問を抱いて我が国へ留学してきた甘っちょろい第三王子が特別奨学生枠などといったものを強引に作る可能性もなくはないが、もしそうなった場合は自動防御が自動で働くまでもなく、選民思想に凝り固まった帝国の重鎮たちがなんとかしてくれるだろう。
こうしてオスカ-レットとして覚醒してこの方、破滅を回避するための努力をなんら行った覚えはないにも関わらず、私の障害となるもののことごとくが勝手にどうにかなってしまってくれているこの現状、なんともプレシャスでファビュラスな令嬢生活を満喫できているのはあの死神のおかげである。
確かに平凡な女子高生として面白おかしく生きるのは魅力的だったが、そんなもの社会人になってしまえば青ざめた顔を化粧で隠し死んだ魚の顔で朝早くから夜遅くまで満員電車に揺られるだけの禄でもない将来が待っていたであろうことを考えると、チ-ト能力ありきで異世界のお金持ちに美少女として生まれ変われたこの現状はまさに神さまからの祝福か贈りものかといったところであろう、実際は死神だったけれど。
ともあれ自動防御サマサマ、悪役令嬢バンザイというわけだ。
「紅茶を飲んだら何かつまむものが欲しくなってしまったわ。じいや、厨房に行ってチョコチップクッキ-でも持ってきてくださらない?」
「抜かりなくこちらにご用意がございます、お嬢さま」
「いつもながらさすがね。帝国でもよろしく頼むわよ?」
「ありがたきお言葉。このじいや、どこまでもお嬢さまにお供させていただきますとも、ええ」
ちなみに余談となるが、私がこのゲ-ムで推していたキャラは今までに挙げたうちの誰でもない、学園の用務員のおじさんであった。
無論攻略対象ではない。
平民ヒロインの飾らない心優しさをよくよくアピ-ルするため、花壇の花の植え替えをしたり敷地内の清掃やゴミ拾いの手伝いをしたりして、それが後のイベントのきっかけになるという点でも、貴族金持ちばかりの学校で唯一平民のヒロインと寄り添える価値観を持った一般人枠という意味でも重要なキャラではあるのだが、容姿だけが全てを決める乙女ゲ-ムの世界で、美中年でもない普通の顔立ちをした白髪頭の小太りのおじさんが厚遇されるはずがなく、少しファザコン気味というか、ただ若いだけの男より、少し年のいった男性に惹かれるところのある私は、お人よしで心優しい癒し系の用務員おじさんと仲良くしたいがためだけにその都度適当なル-トを選んでこのゲ-ムを何週もしたものである。
そんな用務員さんはなんと作中では明かされていなかったが実は既婚者だったらしく、学園から焼け出された後は美人ではないが愛嬌のある奥さんとふたりでのんびり少し早い老後を満喫しているそうだ。
オスカ-レットとしての初恋が始まる前に失恋したみたいで軽くショックではあったが、このゲ-ムの中で唯一好きなキャラだったので、彼が不幸になっていないのは素直によかったと思う。
まあ何、男は山のようにいるのだ。
私の新しい恋もいつかは始まるに違いない。
留学先の帝国にも、彼のような素敵なおじさんがいるといいなあと考えながら、私はじいやの淹れてくれた紅茶を飲みつつ、クッキ-をかじるのであった。
おしまい