ミュージカル
「じゃあ」
「うん、引き留めてごめんね」
「ああ」
「頑張ってね」
「ああ」
「気を付けてね」
「ああ」
彼は彼女に背を向け、踏切を渡った。
このままじゃ、永遠にこのやり取りを繰り返してしまいそうだったから。
何故だか妙に名残惜しく、別れるタイミングがわからなかったし、つかめなかった。
彼女も同じだったのだろうか。
彼は急に顔が火照るのを感じ、思い出したように羽織のフードを被り、左に曲がった。
高遠忍が踏切を渡り、左折し、姿が見えなくなるまで高月渚はずっと見ていた。
凛とした背中と、力強い確かな足取り。
手には特別感のある金色の杖。
でも左折する彼が直前にフードを被ったのを見た時、彼が自分と同い年の少年に過ぎないのだと彼女はわかった。
彼は決して遠い人ではない。存在ではない。
ただの男の子なのだと。
高月渚は嬉しくって堪らなくなった。
体中から湧き上がってくる歓喜がもはや彼女の小さな体では収まりきらないかのようで、制御できなかった。
踊りたい、歌いたい、叫びたい。
最後は全てが上手くいく、ミュージカルのように。
彼女は両手を広げ、歌いだし、華麗にステップを踏んで、踊りだしたりはしなかった。
彼女はくるりと踵を返し、おとなしく家に帰った。
家に帰ってからも、頬の弛みが止まらず、今なら何でもできると、溜まった石を使い切り、十連ガチャを四回引いた。
結果は芳しくはなかったが、彼女の言いようのない高揚感にとどめを刺すことなどできなかった。
彼女はお風呂に入り、お腹を見た。
朝とは何も変わらず、白いお腹が黒い字でびっしりと埋め尽くされている。
白鼠が頬を膨らませ、泡立ったスポンジでごしごしとしてくれている。
だが彼女は平気だった。
不安などもはや微塵もなかった。
高遠君がいる。きっと何もかもうまくいく。
お風呂上がりに冷蔵庫に冷えたオランジーナを見て、「ほーらねっ」と誰にも聞こえない声で小さく呟き、渇いた喉を潤し、かけ持っているソシャゲの石を全て消費しつくした。




