涼しくて快適
学校へ行く途中、踏切を見てみたが、誰もいなかった。
いつもと同じ穏やかな日常。
でも彼女。高月渚の世界は昨日の朝とは全く違っていた。
こんな風に踏切の先の佐和山を見つめたりはしなかった。
優しく何も変わっていない佐和山を見て、やっぱり昨日のことは夢だったような気がした。
あの巫女さんのような恰好をした美しい高遠忍は幻だったのかしら?
昨日の彼との会話もすべて。
そもそも私、佐和山に本当に登ったのかしら?
高月渚に言いようのない不安が押し寄せた。
彼女は携帯を見て日付を確かめる。
大丈夫。
一日たっている。
彼女の足元を風が通り抜け、スカートを揺らした。
「わっ」
彼女は思わず声が出てしまった。
昨日まで黒いタイツを履いていたので、太腿にタイツが密着して少し鬱陶しかったが、今日はもうタイツは履いていない。
少しすーすーするような気もするが、やっぱり涼しくて快適だと思った。
これだけでも十分かも。
彼女は自分にもようやく夏が来たと思った。
あと二週間もすれば夏休みだ。
中学の時はお盆以外部活休みはなかったが、うちのバトミントン部は運動部の中ではゆるいほうらしいので夏休みも普通に週五らしいので休みはある。
高月渚の夏休みの予定は、お盆に岡山の祖父母の家に泊まりに行く、友達とプールに行く、映画を見に行く、花火大会に行く、銀座商店街で毎年やっているサマーナイトに行くくらいで中学時代とそうは変わっていなかったが、夏休みと言うだけで高揚感を押さえきれなかった。
早く夏休みにならないかな。
彼女はビックボーイの前の信号を待ちながら、去年と変わらない夏を思い浮かべ、そこに高遠忍がいないことに気づき、自分でも信じられないほど気分が沈んでいくのを感じた。
やっぱりだめだ。
私は高遠君と、何て言うか、このままで終わりたくない。
彼を夢のままにしたくない。
急がなくちゃ。
信号が変わると、彼女は意味もないのに走り出した。
そしてまた、信号で立ち止まった。




