現実になった
次の日いつも通りに朝が来た。
でも高月渚にとってはいつもと違う朝だった。
もう高遠忍に話しかけた高月渚だった。
彼女は何だか自分が少し変わった気がしていた。
昨日と変わらず寝っ転がったまま瞳に映った白い太腿には蔦のように白い蛇が絡まっていたし、左胸にはいつも通り白鼠が張り付いていたが、彼女には全く違う朝だった。
早く学校に行きたいと思った。
今日は部活がある日だから、放課後はお話しできないけど、何とか少しでも話したい。
学校ではゆっくりお話しできそうもないから、できればケータイの番号とメールアドレスも教えて欲しい。
そう言えば、高遠君はどこに住んでいるんだろう?
どんなお家なんだろう?
見てみたいし、お家にも遊びに行ってみたい。
話飛躍しずぎ。
彼女は自分の図々しさと積極性が無性に恥ずかしくなり、思わず両手で白い頬を押さえ、ネグリジェの裾を握りしめた。
高月渚が着替えを済ませ、朝ごはんを食べるために下へ降りると、母親と姉に「おはよう」と言う前に「タイツやめたの?」と言われた。
高月渚は「うん」と言い、聞かれてもいないのに「もう暑いし、七月だし」とやましいことのある人間が言い訳をするような早口で言ったが、姉たちは、はまっているアニメの話で朝から盛り上がり、彼女の靴下事情など誰も気にしていなかった。
彼女はおとなしく席に着き、朝ごはんを食べ始めた。
年子の姉たちは今回は逆カプじゃないらしく、やっぱり身近に話せる人がいるのはいいと言う。
身近じゃなくても話せる人がいるのはいい、話したいことがあるなら、特に。
高月渚の目の前には絶えず昨日の高遠忍がスライドショーのように流れていた。
話したい。高遠君と話したい。
もっとちゃんと。沢山話をしたい。
欲深いな,と高月渚は思った。
「見える」ってたった一言言ってもらえたら、それだけで十分だって思っていた。
その先なんて考えていなかった。
でも今は先どころか、遡って色んな事が知りたい。
高遠君が見てきたもの、感じてきたこと、彼の過去。
本当にどうかしてる。
朝ごはんを食べながら同級生の男の子のことばかり考えるだなんて。
今までだって考えてきたけど、今までは彼を知らなかった。
昨日まで知り合ってすらいなかったと思う。
昨日佐和山で高遠忍はようやく彼女の現実になった。
早くあの顔が見たい。
この家では朝ごはんも夜ご飯も姉たちと母親が喋り基本的に高月渚と父親は黙っているのだが、今日の彼女はいつにも増して喋らなかった。
彼女はずっと高遠忍のことを考えていた。
高遠君はお魚食べれる人かな?
煮魚と焼き魚とか、お刺身とか生ものいけるのかな?
イカとかタコとか食べれるかな?
鯵の干物とか綺麗に食べそう。下手でも可愛いけど。
お魚上手に食べれないなら。食べさせてあげたいな。
渚はお魚は綺麗に食べられることには自信がある。
そこまで考えて彼女は自分の妄想力の激しさに慄然とした。
何考えてるんだろう?
目の前の姉たちに心の声が大きすぎて聞こえてしまうんじゃないかと思い、彼女は他のことを考えるように努力してみたが、視界に入ったお弁当箱でまた思考回路は高遠忍に繋がってしまった。
そういえば、高遠君、昨日お弁当持ってきてたな。
いつもお弁当持ってきてるのかな?
お母さんに作ってもらってるのかな?
お母さんはパートとか行ってるのかな?
それとも専業主婦かな?
まただ。もうやめよう。
ちょっとは他のこと考えなきゃ。朝からこれでは、本物の高遠忍に逢った時どうなってしまうのだろうと思った。
さっさと学校に行って本物に逢いたい。
逢って、あの美しい青い目を見て話して、ちゃんと現実に戻してほしい。
朝ごはんを済ませ、気のせいか火照る頬を押さえ彼女は家を出た。
現実の高遠忍と逢い、彼女の中で肥大化した高遠忍との答え合わせをするために。
そうはいっても彼女は今日からは高遠忍と普通に話せるのだと思った。
もう高遠忍に話しかけた自分なのだから。
彼女は深呼吸をし、「行ってきます」と言って家を出た。
見上げた空は青く、高遠忍の瞳の色を思わせた。
彼女は白い雲と突き抜けるような青い空に恩寵を感じながらも高遠君の瞳のほうがもっと深い色だな、と思った。
そして彼も今この空を見ているかもしれないと思い、嬉しくなり歩き出した。




