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馴れ初めを聞かれても困る  作者: 青木りよこ
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手を振る

佐和山を下り、坂道を抜けて、井伊神社の前まで来た。


「もうここまで来たらいいだろう。もう帰れ」

「いやー。九ちゃんママのお家まで送ってくもん」

「もう遅い。日が暮れるし、高月渚を困らせるな」

「いやー、ママのお家見たい、この間は夜でしっかり見れなかったもん」

「又今度にすればいいだろう、」

「今日がいいー、お家見たら帰るもん」

「私もママのお家見たい」

「高遠君、私ならいいよー」


七ちゃんにまで言われたらしょうがない。

自分のお部屋は片付けてあるし、お姉ちゃん達に七ちゃんは見えないわけだから、同人誌も見せてあげたい。

お姉ちゃん達のお部屋勝手に漁るような真似するの悪いけど、赤い髪の可愛らしい妖怪さんのしたことだから、きっと許してくれるよね。


「ママがいいって言ってるよー」

「ママのお部屋見たらすぐ帰る」

「そう言ってるし、高遠君」

「本当にすぐ帰るな?」

「うん、九ちゃん、いい子」

「帰る、大丈夫」

「忍、もうええ。我疲れた。早う休みたいの」

「わかった。本当にすぐ帰るんだぞ」

「はーい」


九ちゃんは笑顔で両手を上げ、その手を下ろすと、右手で高月渚の左手を取り、歩き出し、空いている彼女の右腕は七が取った。


「両手に花かの。やれ羨まし、くはないの」

「危ないから走るなよ」

「九ちゃんいい子だからそんなことしないもん」

「そうか」


踏切を渡り右へ行くと高月渚の家がある。


「じゃあの、渚。夏休みなんじゃから明日からは我に日参するよの。待っておるぞえ」

「日参?」


聞きなれない言葉に高月渚は思わず聞き返した。


「何じゃその驚きようは。主はグラブル毎日ログインせんのかえ?」

「するよー。やってるゲームは毎日ログインだけはしてるよー」

「それと同じであろ、毎日顔を見せ、その身体を維持しているか見せてもらわんとの」

「えー、そうなの?」

「当たり前よの。唯で助けてもらえると思うとは図々しいにも程があるの。それに言ったであろ?主はもう我の物よと」

「うーん、わかった。毎日行くね」

「行けん時は間抜けな自撮りを送ってくれても構わんぞえ。我のメアド入れておいたからの」


芙蓉はそう言うと高月渚に黒いポシェットを返した。


「うん、わかった。ええと、いつ行ってもいいの?」

「ええぞ、忍は出かけているかもしれんが、我は一日中家におる。主の来れる時間でええよの。ほれ、忍。帰るぞえ」

「ああ、高月渚。また」

「うん。あのね、高遠君。今日は本当について来てくれてありがとう」

「嫌、俺は何もしていないから」

「そんなことないよ。高遠君がついて来てくれなかったら、怖くて行けなかったよ」

「怖かったのか?あんたが?」

「うん、初めて行くとこって緊張するでしょう?それに一人で遠出したことなんてないし、そういえば私一人で電車乗ったこともないよ」

「そうか」

「うん、だから。本当にありがとう。すっごく楽しかった」

「楽しかった・・・・・・・」


高遠忍は高月渚が何気なく言った一言に込められた意味を読み解こうとするかのように、反芻した。

高月渚はそのままの意味に取ってくれてよかったのだが、彼は彼女に意味を見出していたので、彼女の一言一言が難解に思われ、さらりと通過させることができなかった。

黙り込んでしまった高遠忍に高月渚は少しだけ困ってしまったが、まだ時間があるため彼が自分の中で何かを消化するのを待つことにした。

高遠忍は彼女が自分が何かを言うのを待っていると気づいた。

だが何て言っていいのか、何を言いたいのかが自分でもわからなかったので、もう一度先ほどと同じ別れの挨拶をした。


「じゃあ、高月渚、また」

「うん、またね、気を付けて帰って」

「ああ、早く帰れよ」

「わかってるよー。九ちゃんいい子」

「わかってる、大丈夫」


九ちゃんが約束すると言わない以上、早く帰らないんだなと高遠忍はわかっていたが、まあ、一晩くらいなら大丈夫だろうと思い、高月渚に背を向け歩き出した。


「ほんに疲れたの。早うカレーを食べて寝るとしようかの」

「ああ、そうだな」

「まだ見ておるぞ」


高遠忍が振り返ると、高月渚はその場に立ち尽くしこちらを見ていた。


「手でも振ってやり」

「手?」


一瞬芙蓉が何を言ってるのかわからなかった。

手を振る?

そんなことしたことがない。

高月渚が高遠忍が振り返りこちらを見ていることに気づき、右手を振った。

ああ、そうか。そうやるのか。

納得した彼は右手をぎこちなく顔の所まで上げ、左右に動かしたが、いつまで振っているものかわからず、芙蓉が「いいかげんにするよの」と言うまで振り続けた。














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