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手と足  作者: 仁崎 真昼
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第八話

 次の日、甘い匂いと共に目が覚めた。

 さらさらとした髪の感触に視線を移動させると、僕の両腕の中にはベルンがすっぽりと収まっていた。昨日は酔った勢いで抱き締めたまま寝てしまったらしい。

 艶のある黒髪が顔を半分隠している。隙間から覗く睫毛は長い。栄養は足りているようだが肥満というほどではなく、健康そうな唇は薄桃色。

 折角なのでとベルンの顔を眺めていると、瞼が開いてばっちりと目が合った。

「お、おは」

「女性の寝顔を凝視するのは、趣味がいいとは言えないな、旦那様」

「ごめんなさい」

 ばれてた。

 僕は素直に謝り、ベルンを話して寝かす。起き上がると、少し頭が痛い。昨晩は、酒を飲まないと言うベルンの代わりに僕がしこたま飲まされたからだ。ムツはもう帰っているが、無事巣まで帰れたのだろうか。足元が怪しくなるくらい飲んでいたが。

 とりあえず、今日の仕事を確認しよう。害獣の間引きがあと少し、狩りをして食肉調達して、畑の整地を進められるだけ進める。 

 あとは、ベルンの魔術訓練か。

 一つ一つやっていこう。

「旦那様」

「何?」

「厠へ連れていってほしい」

「……がんばる」

 こういうことにも、早く慣れなきゃ。僕は神妙な面持ちで頷いた。

 しかし、ベルンを抱き上げようとしたら家の扉を叩かれた。慌ててベルンを離して応対する。

「はいはい、どちらってルナカか」

「文句あんの?」

 立っていたのはルナカだった。相変わらず不機嫌そうな顔をしていて、手に大きな篭を持っている。

「いや、ないけど。何の用事?」

「これ、母さんがあんたにって」

「へー。ありがと。うまそうだ」

 籠を受け取って中身を確認すると、まだ暖かそうな手料理だった。肉と野菜の煮物に、粟の握り。昨日のお礼だろうか。昔からこうしてちょくちょく差し入れをしてくれてるが、美味しくて栄養満点でとてもありがたい。

 しかし、受け取ったのにルナカがどこかへ去る様子はない。いつもならすぐに仏頂面して去っていくのだが、何か言いたげに突っ立っている。

「どうしたの?」

「……別に。いつもなら上がっていけとか言う癖に、今日は言わないから。中になんか見られたくないものでもあるの?」

 背伸びして家の中を伺おうとするルナカを、僕も背伸びして妨げる。すると、横から覗き込んもうとするので、そちらに体を寄せる。

 そんな攻防を数回すると、不意にルナカが僕に向かって手を伸ばしてきた。

 殴られる。

 そう思って身構えたが、特に殴られることはなく、その手は何かをつまんで引き返していった。ほっと息を吐くのもつかの間、僕はその手につままれた物体をみて表情が凍った。

「随分長い黒髪ね」

「最近そういう獣を狩ったんだ。黒足猿っていうんだけどね、これがまた随分変わった習性があって」

「ふーん」

 心臓がバクバク言っている。別にばれたからといって、秘密にしてくれと言えばルナカもしゃべらないだろうが、それでもまだ秘密にしておきたい。できれば。

 ルナカは僕の顔を睨み付けると、そのまま村に帰っていった。

 振り返ると、ベルンは愉快そうに笑っている。

「おお、もう浮気か旦那様。いや、私の方が愛人だったのかな?」

「ルナカは僕が大嫌いだからあり得ないさ。それよりもご飯にしよう」

 僕はベルンを厠に連れてゆき、朝食をとった。さすがにこの道何十年の人が作る料理はおいしく、ベルンも満足そうだった。

 洗い物を済ませ、ベルンに要望が無いか聞く。ベルンは相変わらずとくにないと飄々としていて、僕は仕事をすることにした。因みに、懸念であったベルンの世話についてはすぐに解決した。チビどもがベルンに非常に懐いて、せっせと世話を焼いてくれているのだ。

 朝ベルンと朝食を取り、僕は仕事に向かう。お昼には休憩がてら魔術の訓練。その後はまた仕事。そして夕食。魔術の訓練。

 そんな日が数日続いた、ある日の昼。

 ベルンの魔術訓練は次の段階に進んだ。

 僕とベルンは向かい合って座っている。

「ベルン、魔力を起こして」

「ん」

 ベルンの魂魄がぶるっと震え、少量の魔力が起きる。

「よしよし。十回に八回は起こせるようになったね」

「やはり魔術は難しい」

「いやいや、初めはこんなもんさ。けど、こうして地味なことしているだけも嫌だろうから、魔力を練ってみようか」

 僕の言葉に少し、ベルンの表情が明るくなる。やはり退屈だったのだろうか。まあまだデデーさんからもムツからも情報はないし、チビどもの相手をしているだけは暇か。そりゃそうか。

「魔力を練るのは簡単。自分が起こした魔力を魔力を集めてぐるぐるかき回すんだ」

「それだけか?」

「うん。ただし、何か一つを念じながら回す。操りたい対象のことを念じながら。自分の体の一部とでもいえるようなものがあればそれを操るのが一番だけど、最初はシンプルな物がいいから、空気ーとか、火ーとか、ひたすら念じながらぐーるぐーると。まま、やってみようか」

 属性を考えないのが基礎魔術だけど、基礎魔術は自身の慣れ親しんだものが必要だから、自身の所持品を何も持っていないベルンには難しい。なら現代魔術を先にやろう。

 回すという感覚が上手く掴めないのか、ベルンの魔力は辺りを不規則に漂う。しかし、黙って待っていると段々とコツがつかめてきたようで、ゆっくりとベルンの魂魄の周りを回り始めた。

「こう、か」

「そう。回す。回すことができれば、あとは、手当たり次第に試すだけ。これやってみよう」

 僕は蝋燭に最小の魔力で火をともした。

「力属性、火魔術。愚かな魔術師はその身こそ焼く、の言葉通り、扱いか難しいけど、慣れれば偉大」

「旦那様の得意魔術か」

「そう」

 基礎魔術はあまり得意じゃなくて、扱える属性が火だけという僕の、唯一の得意魔術。なんでこんなものと波長があってしまったのかは、たぶん生涯わかることはない。

「火傷したことはある?」

「ある」

「じゃあそれを思い出して。火の熱さ。その痛み。目を焼くような明るさと、肺を焦がすような熱気。火、火、火。火を見つめて、火を念じる」

「火、火、火」

「練り上げて。魔力を練る。そして、それで蝋燭の火を燃え上がらせる」

「火、火、火」

 ベルンの魔力がゆっくりと回り、ぱちぱちと音を匂わせて明滅する。そして、練り上げた魔力で火を操るようにと告げると、魔力が蝋燭に集まり、その火の周辺で揺らめく。しかし、その火に変化はみられない。

 どうやら、適正はないらしい。

「力属性の他の魔術は見本ができないから、また今度にしようか。次に行こう」

 僕は机の上に小石を置いた。

「石?」

「玉属性、石魔術。一番便利だけど、少し消費魔力が多い。石を見つめて、石を念じる」

「石、石、石」

 魔力が渦巻いていく。コツを掴むのが早い。

「じゃあ、その魔力でこの石を押してみて」

「石、石」

 魔力がゆっくりと石に近より、通り抜ける。

 しかし、石はぴくりとも動かない。

「次は、これ」

 一握りの土。

「土と念じて魔力を練る」

「土、土、土」

 魔力を練り、操るベルン。その魔力が、再び土に近づいた。

 すると、ほろり、と土の塊が崩れた。

「っ、今のは?」

「あるかもしれない。もしくは、これに近いものか」

 正直なところ、単に呼吸などで崩れた可能性もある。あまりにも微小な変化だったので、断定はできない。だけど、魔術は思い込みが大事だ、と聞いたこともある。だとずくと後ろ向きな発言はなし。

「玉属性はベルンに合ってるのかもね。次はこれ。砂」

「砂、砂、砂」

 しかし、今度は反応がない。

「鉄」

「鉄、鉄、鉄」

 これも反応なし。

 ベルンが明らかに落胆している。何か慰めの言葉をかけたほうがいいかもと思うけど、ベルンは馬鹿ではない。下手な嘘は直ぐに見抜かれる。

「やっぱり、さっきのはただ崩れただけか。まあ、反応したと言えるかどうかも怪しかったしな」

「まだわからない。次はこれ。晶」

「晶、晶、晶」

 反応なし。

 これはまずかった。どうやらベルンは自信をなくし始めているらしい。魂魄の動きが鈍り、同時に魔力の動きも鈍ってきている。

 しかし、諦めるのは早かった。

「次、木」

「木、木、木」

 カタリ。木が音を立てて動いた。

 期待混じりに顔を上げたベルンに、僕は笑顔で頷く。弱弱しくはあるが、明らかに動いている。

「これは?」

「若干弱々しい気もするけど、確実に動いてる! 成功だよ!」

「ほ、本当か? 嘘じゃない?」

「もう一度やってごらん」

「う、うん」

 不安と期待の混じった表情で、ベルンは魔力を起こし、練り、操る。

 ベルンの魔力は、またしてもその木を震わせた。

 これは適性があると考えても大丈夫だろう。それも期待していた玉属性。もし木を自由に操れるようになれば、色々と楽になる。はず。

「ほら、後はこれらの技術を高めるだけ。慣れればそれこそ、手足みたいに扱えるようになるから、あそこの移動椅子だって自分で動かせるかもしれないし、それが無理でも木製の杖で体を支えるくらいはできるかもしれない」

 デデーさんに木製の義手をお願いしなきゃ。

 しかし、喜ぶ僕とは対照的ににベルンは俯いていた。

「どうしたの?」

「頑張る」

 嬉しくはないのだろうか。ベルンは顔を伏せたままだ。そして、まるで話を逸らすかのように家の外に目を向ける。

「ところで旦那様、そろそろ仕事を再開しなくていいのか? 私は一人で魔術の鍛錬を続けるから、かまわなくても大丈夫だ」

「あー、そうだね。じゃあちょっとデデーさんに話してくる! ついでに、仕事いってくる!」

「逆だろう」

 呆れたようなベルンの声を聴きながら、僕は家を飛び出した。

 喜びが我慢しきれず、そのまま走る。僕が何かをしたわけではなく、ベルンが頑張った結果ではあるけど、これがベルンの力になるなら嬉しい。全力疾走で向かうのは、義手の設計を進めてくれているデデーさんの家だ。

「デデーさん!」

「どうしたワニト。埃がたつから暴れんじゃねぇ。って随分と嬉しそうだな」

「ベルンが、ベルンが魔術使えたんです。玉属性ですよ。木魔術です」

 デデーさんは振り返ることもせず、熱心に手元の図面に記入をしている。

「木魔術か。随分変わったもんに合ってたんだな。ありゃ生命魔術との複合だろう」

「あ、そういえばそうですね。ですけど、これは幸運ですよ。作れますよね、木製の義手」

「……まあ、できらぁな。ただし高いぜ」

 デデーさんは僕の目の前に図面を広げた。

 図面には人の腕のようなものと大量の点線や数値が書かれている。さらに言えばその断面図っぽいもの、大量の引き出し線、意味の全く分からない記号が大量にあって、正直何が何やらわからない。いつも通りの書き込み量ではあるが、いつも見てるからって理解はできない。

「だから、普通の人がこんなものみてもわかりませんよ。もう少し簡潔にかけないんですか?」

「図面なんだからしょうがねぇだろ。別にどっかのお偉いさんに商品説明しに行くわけじゃねぇんだ。ただの下書きだ。まあ、文句のねぇ出来に作ってやるから待ってろ」

「下書きって書き込み量じゃないと思うんですけど、はい。ありがとうございます」

 しかし、言うだけ言って満足した僕が家を飛び出ようとすると、デデーさんに呼び止められる。

「ワニト。兄貴には話したか?」

 されたくない質問だ。

「まだしてません」

「さっさとしとけ。ごちゃごちゃ言われるかもしれが結局は手伝ってくれる。お前だって部屋に一人残しておくのは不安だろう?」

「まあ、そうですね」

 その通りだった。こうした正論を返されるから、デデーさんは苦手だ。

 しかし、なんと言って紹介すればいいかわからない。まだベルンからは何も返事をもらってないからだ。というか、ベルンが何を考えているのかがわからない。

 ベルンに嫌われているのだろうか。

 嫌われてはいないと思いたい。

 けど、嫌われてないからって求婚を受けてくれるかとかは別物だし。

 ぐるぐると考え事をしていると、デデーさんに怒られた。

「仕事の邪魔だから出てけ。うじうじ悩むのは家でしろ」

 そして、家から叩き出された。

 呼び止めたのはデデーさんなのに、理不尽だ。



†††



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