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手と足  作者: 仁崎 真昼
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第六話

 とりあえず、チビどもを宥め、ベルンをムツに任せて家を出た。ベルンの傍を離れるのはなんとなく不安だけど、チビどもも初対面の相手に悪戯なんてしないだろうし、ベルンはムツに怯えるような玉じゃない。それに、まだ村に連れていくのは早い。気がする。

「兄さん、いる?」

 兄夫婦の家を訪ねると、兄もシャトさんもいた。丁度畑仕事が一段落して休憩をしているところだったらしい。

 汗を布巾で拭いながら、兄はにかっと笑った。

「おお、帰ってきてたのか。首尾はどうだった?」

「なんか凄く悪い人だったらしくて、一杯お金もらった。しばらくお金持ちだから困ったら頼ってくれていいよ」

「生意気言うんじゃない。そういう金は大事にとっとけ」

「あら見栄張っちゃって。この前稲が駄目になりそうって半べそかいていたくせに」

「あれは、ちげえよ。その、なんとかなったしな」

「はいはい」

 二人が言い合っているうちに、僕は袋からお土産を取り出す。

「はい、これお土産」

 兄には肉厚の草刈り鎌を渡す。シャトさんには大きめの包丁を。この村には金物を扱える人がいないので、こういった金属の物品が喜ばれるのだ。両方とも長く使えるようにできるだけ頑丈そうなものを選んだ。

 兄もシャトさんも喜んでくれているようで何より。

「ワニト、こりゃーいいもんだな」

「本当ねぇ。骨に当たっても歯こぼれしそうにないわ」

「何度も研げそうだしな。しっかし、いい魔術だな、町までひとっとびだなんてな」

「一人用だけどね。真似しちゃ駄目だよ危ないから」

「わーってる。できやしねーよ」

 昔ムツに町まで運んでもらったとき、なぜこんなに早く行き帰りできたのかと怪しまれた。ムツの存在は隠しているのに、ごまかす方法は全く考えていなかった僕は、それを魔術によるものだとごまかした。半信半疑といった感じだが、それ以来僕は魔術で空を飛べるという設定になっていて、いまだにみんな信じてくれてる。

 実際はできないけど。やろうとしてみたら火傷して死にそうになったし。

「まあ熟達した魔術師は推進力とか考えなくても、魔力で自分の、体を……」

 操る。

 現代魔術の基本理念だ。

 自信の身体を魔力によって拡張し、操作する。それが基本であり、同時に現代魔術の神髄でもある。僕の適正は力属性の火魔術だったから、火を体とし、火の操作をとことん頑張ったけど。

 ベルンの適正属性は、なんだろうか。

「おーい、大丈夫か。疲れてるなら帰って寝ろ」

 兄に心配そうに声をかけられ、我に返った。

「あ、ううん。大丈夫、ちょっと考えていただけ。それより、デデーさんは今暇かな」

「あのじーさんは暇なんじゃないか? 特に木工の依頼もされてなかったはずだし」

「何か頼むの?」

「色々」

 不思議そうな兄を適当にごまかして、僕は兄の家を後にした。

 さて、次は村長宅だ。

「こんにちわー」

「あら、ワニトくん。どうしたの? ルナカに用事?」

 表から声をかけると村長の奥さんが出てきてくれた。村長じゃなくてよかった。あの人最近うるさいから。

 ごそごそと袋を探り、日持ちする焼き菓子を取り出す。

「ああ、いえ。ちょっと町まで出てきたので、お土産をと」

「あらー、いつも悪いわねぇ。お洒落なお菓子だわぁ。ほんと気の利く子ねぇ。じゃあルナカ呼んでくるわね」

「いえいえ! 特に用事はないので失礼します」

 奥さんもどうにも僕とルナカがいまだに仲良しだと勘違いしているらしく、たまに対応に困るときがある。呼ばれても睨まれて無言で帰られるか、そもそも来ないかしかしないのに。

 特に今は、会っても目を合わせることすらできない気がする。

「あらそぉ? じゃあまたね」

 僕は逃げるようにしてその場を去った。

 気を取り直して、次は外出の一番の目的地である、デデーさんの家だ。

 デデーさんの家も村の外にあるけど、僕の家ほど離れてはいない。仕事柄音が響くため、森の木立の中に家をたてているだけだ。屋根も村から見える位置にある。

 しっかりとした総木造の小屋の入り口で、僕は声を張り上げた。

「デデーさーん。いらっしゃいますかー?」

「いるぞ。勝手に入れー」

「はーい」

 渋い声だ。あーいう大人の声に憧れる。

 扉を開けて入ると、そこは工房だった。

 鋸、鑿、鉋、鎚。壁には工具が大小様々整然と並べられ、黒く鈍い輝きを放っている。部屋の隅には多様な形状の木材が乾かされていて、材料としての準備を整えている。床は木屑が散らばっていて小汚ないが、生活空間は二階なので本人は気にならないと言う。

 部屋の中央には大柄な老人が工具を振るっている。この家の主であり、木工の職人であるデデーさんだ。

「ん、ワニトか。どうした、なんか用か」

「少し相談したいことがありまして」

 デデーさんは僕の上から下までじろじろと眺め回す。そして、防塵眼鏡を首にぶら下げると、工具を腰に吊るした。

「なんだ、偉く気合い入ってるじゃねぇか。いいぞ、話聞いてやろう」

「ありがとうございます。ってなんで気合入ってるってわかるんですか」

 突っ込みつつも差し出された向かいの椅子に座る。そして、ふーっと腹に力を入れてデデーさんを睨む。

「デデーさん、義手や義足について話を聞かせてもらえませんか?」

「義手だぁ? 構わんが、どういう風の吹きまわしだ?」

「いえ、ちょっと気になって」

 デデーさんは懐から葉巻を取り出し、口に加えた。そして、ちょいちょいと指で示す。その意味を把握した僕はそれに火を着ける。

 しかし、こんな木屑だらけの場所で。

 僕の非難がましい視線を感じ取ったのか、デデーさんはぷはーと煙を吐いた。

「別にいいだろ、ここらで葉巻吸えるのは水辺かワニトの近くくらいだ。他の場所で吸うと火事が怖え。しかし、水辺で吸うなんて面倒だろう。家でのんびり吸いたいんだよ、ほんとはな。だからたまにゃいいだろ」

「まあ、消せますけど」

 火を操ることが、僕の唯一の特技だし。

 デデーさんがすうと吸い込み、吐き出した。

「女だな」

「うぇ!」

 なんでわかるんだ!

「……ほんとにそうなのか」

 鎌かけやがったこのジジィ!

 とは流石に口に出せず、ぐっとこらえた。そんなこと口に出したら次の瞬間には金槌で僕の頭にたんこぶができている。年長者は敬うべき年長者は敬うべき年長者は敬うべき。

「ち、違いますし」

「おーまえは昔っから嘘が下手だなぁ。まあいい、ほら、話してみろ。ジジィが相談に乗ってやる。失恋したお前さんを慰めてやったこともあるんだから遠慮すんな」

「う、ぐ」

 これだからデデーさんは苦手なんだ。頭いいし嘘つくの上手いし、それっぽいことを真顔で教え込んで、全く悪びれもしないんだ。ちっちゃい頃から何度恥をかいたことか。おまけに色々と恥ずかしい秘密を握られている。僕は生涯デデーさんには逆らえないだろう。

 けど、まあいいや。どうせ隠せるとは思ってなかったし。本当だし。

「なんだ、あれか。惚れた娘っこが歩けないとかそんなんか? お前は無駄に真面目だから、告白する前になんとかしてあげたいとか、どうせそんな感じだろう。ん? 違うか?」

「……はい。そんな感じです」

「片足か? その顔は両足だな、なるほど。そりゃー大変だ」

「……はい」

 話す必要すらないや。

「んー、しかし村長んところのに事故があったとは聞かねーってことは余所もんか。むぅ、難しいぞ。この村は辺境だからなぁ。よほど変わりもんじゃねぇとそもそも来てくれねぇぞ」

「あの、そこら辺はいいんで。頑張るんで。話を聞かせてください」

「って言われてもな。両足は難しいぞ。片足でも無事なら結構ごまかしがきくんだ。人間の体は冗長があるからな。だけど両足は難しい。歩く方に熟練の技術が必要になるか、よっぽど特殊な機構組み込まなきゃ行けねぇ。場合によっては魔導具化しねぇと無理だな。足はまだついてるか?」

「いえ、切断してあります」

「切断箇所は?」

「太股の半ば」

 デデーさんが額に手を当てた。

「そりゃ、まず無理だな。膝関節が残ってりゃ可能性はあったが、それも無いんじゃ無理だ」

「デデーさんでも?」

「俺はただの木工職人よ。機構師はちょっとかじっただけ。無理なもんは無理だ」

 薄々予想はしていたことだが、やはりはっきり言われると残念だ。別の方法を模索しなければならない。

 デデーさんはわっか状の煙を吐く。

「いいか、歩くにはおもに股関節、膝、足首の三つの関節がある。ざっくり言えば、ここの制御さえできればなんとかなる。さらに言えば、足首なんてバネ仕掛けでもやろうと思えば補えるから、膝と股関節さえ動けばいい。けど、膝がないと非常に話が難しくなる。歩くだけならできるが、座ったりこけたりすると立ち上がれねぇ。普通に歩ける、から、近場に手すりのある場所なら歩ける、に制限されちまうんだ。それでもいいなら棒でもくくりつけときゃいい」

 デデーさんが再び葉巻を差し出してきた。短くなったから消せと言うことだろう。葉巻の火を奪い、空中で握りつぶす。

「まあ義足なんて考えなさんな。とびきりの移動椅子を用意してやろう」

「それは、いいです。それはもうありますから」

「そうか」

 デデーさんが新しい葉巻を取り出そうとして、その手が止まる。

「ある? ……ひょっとして、もう村に来てるのか?」

 やばい、今の一言でばれるのか。

 それとなく視線を逸らすが、それすらもやっちゃいけなかった気がする。デデーさんの視線が僕の眉間に突き刺さる。無理だ。隠し事なんて無理だあ。

「はい。僕の家に」

「そうかぁ。駆け落ちかぁ」

 感慨深そうに、デデーさんは呟いた。

 デデーさんの葉巻に火を点ける。昔はよく火力の調整を間違えて焼き付くしちゃったけど、今は完璧だ。

 この勘違いはありがたい気もする、けど、卑怯な気もする。

「義手はどうですか?」

「義手なんてさらに難しい。手と指にいくつ関節があると思ってんだ。簡略化してけば棒の先に鉤……まさか」

 僕は頷いた。

「右か? 左か? 両手か」

 ふー、肺の空気を絞り出すように息を吐くデデーさん。

「右手は肩からありません。左手は肘の間接は残っている可能性があります」

「やめとけ、って言っても無駄か。ワニトは頑固だもんなぁ」

 流石デデーさんだ。僕のことをよく知ってる。

 僕は諦める気は、無い。

「とりあえず、魔術を教えてみます。うまくいけばそれで解決するでしょう。その場合は外形の製作だけお願いするかもしれません」

「うまくいかなかったら?」

「村を出て探します。魔導具か、治す方法か。なんでも。どうやっても」

「かーっ。ベタぼれたなぁ、あちぃあちぃ」

 デデーさんはぽいと葉巻を投げ捨てた。僕は慌ててその吸い殻から火を奪った。

 立ち上がって工具棚を漁るデデーさんに、後ろから呼び掛ける。

「ちょ、火事になりますよ。本当に危ないから気を付けてください」

「わかったわかった。じゃ、採寸行くぞ」

「え?」

「採寸だよ。何を作るにも寸法計って設計図作って強度計算せにゃ始まらん。おら、いくぞ。さっさとお姫様のとこに案内せい」

 急にやる気になったデデーさんに混乱しながらも、僕は慌ててついていった。

 今家にムツがいるけど、デデーさんはムツのことを知っているから問題ない。いや、デデーさんに特別に教えたとかじゃなくて、普通にばれただけなんだけど。本当にこのおじいさんは妙なところで目ざとくて、昔から色々と弱味を握られている。

 帰ると、寝台の上にムツが寝転び、また何やら自慢話をしているようだった。

「おお、帰ったか」

「おかえりー」

「あー、デデじぃだ」

「おうおう、なんだなんだ。火の森の主にお話ししてもらってんのか。羨ましいこった」

 デデーさんはムツに軽く会釈をした。

「失礼します、火の森の主」

「うむうむ。いいか、わらべども。これが正しい姿。我のような偉大な存在には礼を尽くすべきじゃ」

 ムツは非常に満足そうに赤い尻尾をばたばとする。きちんとした扱いを受けたのが久々だから嬉しいのだろう。そんなに崇めてて欲しいなら従者の一人でも連れていればいいのに。

 しかし、チビどもはくすくすと笑う。

「えー、わたしたちはこどもだからいいんだよー」

「そうそう。こどもなんだからぁ、なまいきいうんじゃありません!」

 自分の立場を理解している子供は恐ろしいな。ムツは呆れて何も言えないみたいだし、デデーさんも孫には甘いからな。ほら、デデーさんはでれでれとしながらムツに謝ってる。

 まあいいや、本題に入ろう。

「ベルン、ってあれベルンは?」

「ここだ、旦那様」

「ここじゃ、ワニト」

 ムツの尻尾の間から、ベルンがひょこりと顔を出した。なんとも羨ましいことに、滅多にさわらせてくれないムツの尻尾に包まれている。肌触りが良いのかえらくくつろいだ表情だし、僕がいない間に一人と一匹の間に何があったのだろうか。

 そんなベルンを見て、ほお、とデデーさんが唸った。

「こりゃあべっぴんさんだ」

「ベルン、こっちは木工職人のデデーさん。とりあえず、採寸したいって。デデーさん、こっいはベルンです。ムツ、そこどけて」

「木工職人? 採寸?」

「とりあえず、ガワだけでもね。そう思って」

 手早く紹介を済ませ、ムツをどかして場所を開けた。

 チビどもは何が始まるのか遠巻きに見ている。大人がいると比較的おとなしくなるのはありがたい限りだ。ムツも話の邪魔をされたことはあまり気にしていないようで、興味深げに観察している。

 僕がベルンを支える。ベルンはちらりと僕を見たが、何を考えているのかよくわからない。また遠くを見るような目をしている。

「大丈夫」

「別に心配なぞしてないさ、旦那様」

 デデーさんは採寸を始めた。

 まず、座高。次に頭頂部から肩まで。そして肩幅。肩周り。肩から肘。腕の径。そして、腿。

 その断面にちらりと目をやり、デデーさんが呟く。

「足は、こりゃ竜にやられたか」

「ッ……」

 ベルンが息を飲んだ。動揺で僕が支えている肩が揺れる。

「左手は、すっぱりいってるな。相当腕の立つ奴が斬ったか、断頭台のようなもんでやったか。右腕は」

「デデーさん」

 思わず声が出ていた。ちょっと語気が荒くなってしまった。

 ベルンの肩が震えていた。原因はわからないが、デデーさんが手足を言った言葉が当たっていて、思い出したくないことを思い出してしまったのかもしれない。だとしたら、あまり聞かせたくはない。

「チビどもが見てますから」

「……悪い悪い。ベルンさんや、ちょっと左肘曲げてもらえるか?」

 ベルンの左腕の先が僅かに動く。どうやら曲がるようだ。

 ふむふむ、と手元の皮紙に書き込んでいくデデーさんを尻目に、ベルンの背中をさすった。

「大丈夫」

 ベルンの返事はなかった。

 ベルンをムツに預けて、デデーさんと一緒に外に出る。何か話したそうであることは態度でわかったし、それがチビどもに伝えない方がいいことというのもわかっていたからだ。

 家の外で切り出す。

「ベルンは奴隷でした」

「どおりでな。ああいった態度は見たことがある」

 こちらを向いた緑色の目と目を合わせる。絶対に先に逸らしたりはしない。疚しいことなんて沢山あるけど、それでも目を逸らしたら負ける気がする。

 少しして、デデーさんが先に目を逸らした。

「ほんとに、次から次へと……ジジィは胃が痛いぜぇ。ま、仕事は仕事だから作るけどな」

「お願いします。お金はありますから」

「生意気言うな。どうせはした金だろうに」

 僕もデデーさんもそれ以上何も言うことはなかった。






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