第二話
夜中、ガサゴソと物音がして目が覚めた。
「んー?」
だるい体を無理やり動かし藁の中から身を起こすと、目の前に大きな鉈を持った髭面の男がいた。どう見ても僕の知り合いではない。
「わー!」
僕は恐怖的展開に思わず悲鳴を上げてしまう。そんな僕が煩わしかったのか、髭面の男は顔面に向けて鉈を振り下ろしてきた。
「ひぇっ!」
「ちっ」
男は舌打ちと共に煩わしそうに鉈を振り上げた。
やめてください死んでしまいます。僕は毒蜚を思わせるようなカサカサとした動きで逃げる。それが何かを考えることもせずに手近なものを片っ端から投げつける。
「いてっ、暴れんな、コラ、殺すぞ」
「ひえー、こ、こないで、やめて、誰かー!」
「黙れ!」
大きな鉈が僕お手製の寝床に突き刺さった。それが拳一個分横にずれてたら、僕は一生歩けなくなるところだった。非常に危険だった。そしてまだ危険だ。このままだと、下手するとこの世と永久にお別れすることになってしまう。
いったいなんなんだ!? 強盗か!?
あ、強盗か。
「あ、あの強盗デスカっ? この家には財産なんてないので帰ってくれませんかっ」
僕の思いが通じたのだろうか。強盗は鉈を振り上げた体勢でピタリと動きを止める。
よしよし、このまま素直に帰ってくれないだろうか。そしたら誰も死なない、僕はぐっすり寝られる。誰も損しなくて、誰もが幸せになれる素晴らしい提案なはずだ。
「おめぇばかか」
まあ世の中そんなに上手くはいかないよね。
僕は魔術で火の塊を作り、男の喉へぶつける。高温にってよって首を焼き切られた男の頭がポロリと床に転がった。
とても危ないところだった。流石に普通の強盗なんかに負けるような鍛え方はしてないつもりだけど、寝てるときに殺されたら死んじゃうからなあ。鉈で首ちょんぱをされる前に目が覚めて良かった。僕はとても運がいい。
ただの肉の塊となった男の体と頭を家の外に出す。焼き崩したから血は出てないけど、焼いたところからポロポロと落ちる炭で火事が起こったら大変だ。
「よっこいしょ」
「ん?」
「あ」
強盗は実は強盗団だったらしい。家の前に座り込んでいた似たような格好の男達とばっちり目があってしまった。四人もいる。
「これ、知り合い?」
「あ、ああ。……ってそれ、ゆ」
「ほい」
四人一度に首を焼く。こうすると確実に殺せて首級を取る手間がかからない。超高温で焼けば数秒で終わるので、行動の隙を与えず声も出させない。実に合理的。
全員きちんと死んでいることを確認し、ついでに剣を一本ほど拝借して、ほっと一息。けどまだ終わっちゃいない。
死体はおいといて、村の方を見に行かなきゃ。こいつらがこれだけだと良いんだけど、もしまだいたら兄さんたちがやばい。
一応家の周囲を確認した後、僕は村に向かって走り出した。
大声を出すか迷うけど、下手なことして強盗に悟られたくないから、さっさと走っていくことにした。それほど距離は離れていてないし、大声を出すのはあまり得意ではない。
僕は数十秒で村についた。村は静まり返っていて、その不気味さが僕に重くのし掛かる。
最悪なのはあちこちで悲鳴が響いて血の匂いが漂ってくるような状況。次に適当な家に入ったらその家の住人が全員殺されているような状況。少なくとも今はそんな状況ではない。だから、落ち着け。僕は自分に言い聞かせる。
村の人たちを全員起こそう。もし強盗が居なくても、僕が怒られれば済むことだ。
すぅっと空気を大きく吸い込む。
「てき――」
その瞬間、背後で魔力の波動がした。
すぐさま背後に火炎の壁を展開する。矢ならなんとか軌道を逸らすくらいはできるだろうが、玉属性魔術が飛んでくるとしたらこんな防御は無意味だ。威嚇と目眩ましといくらかの気休めくらいにしかならないだろう。
体を丸める僕に、ぶわっと熱風が吹き付ける。気属性風魔術。相手は恐らくそれなりの使い手だ。僕は慌てて冷魔術で熱を払った。
火炎の壁を膝程度の高さまで縮小し、僕は敵と対峙する。
僕と向かいあって立っているのはすらりとした長身の男だ。髪の色が鮮やかな青だから、多分東の方のひとだろう。頬には二本の大きな傷がある。武器は、素手。いや、たぶん魔術師だろう。
「強盗ですね?」
「盗賊団、だ」
僕の問いに苦々しそうに男は答えた。よりたちが悪いのがなんとも言えない。
「なぜ僕の背後に? つけたりしたんですか?」
「お前が隠れてる俺の目の前に来ただけだ」
どうやら僕が来ることはバレバレだったらしい。
「何を不思議そうな顔をしている。あれだけ大きな波動で威嚇しておいて」
親切な盗賊の言葉で、僕は納得する。そりゃあ魔術使ったんだから、魔術師相手には敵がいることはばれるか。焦りすぎてそんなことも思い付かなかった。
「一応聞きます、退いてくれませんか。今ならまだ被害が出ていないので、平和に解決できると思うんです」
僕の言葉になぜか盗賊は顔を歪める。まるで僕の頭がおかしいと嘲笑うかのようにだ。
「くくく、馬鹿らしい、逃がす気などないのだろう。それに、例え本気で逃がす気だろうと、手下を全員殺されて頭だけがおめおめと逃げるわけにはいかんな」
あ、村には被害はなくても盗賊団には被害が出てるのか。そりゃ平和的な解決は無理か。僕は自分の能天気さに呆れてしまった。
「手下って三人だけですか?」
「腹の探り合いはいい。五人だ。もちろん全員殺したのだろう?」
「……ええ、まあ」
責めるような口調に聞こえてしまうのは、一方的に殺してしまったという自覚があるからだろうか。しかし、殺さなければ殺されていたのだから、僕の判断は間違ってはいないはず。悪いのは向こうだ。
僕は唇を固く結んで盗賊を睨んだ。
「なら殺し合うしかないな」
宣言と共に盗賊が魔力を練り始める。
僕は先手必勝と言わんばかりに盗賊の喉を焼いた。
青い頭がポロリと落ちる。その顔は驚きに目を見開いていたが、死者には説明も同情もする気はない。ただ僕の方が魔術を使うのが得意だったというだけ。
僕は死亡確認もせずに圧縮した火の塊をいくつか生成すると、それらを自分の周囲に高速で旋回させながら、村の見回りを開始した。
まず、兄さんの家。
「兄さん!」
「……んぁ、ん、んん?」
玄関の扉を勢いよく押し開け、中の様子を確認した。兄義姉甥姪全員いる。寝ぼけ眼で身を起こす兄さんに手短に伝える。
「盗賊団の襲撃がありました。一応撃退しましたが残党がいる可能性があります。村全体に伝えてください」
「なに! わかった」
「じゃ」
次は村長の家。あの盗賊は嘘をついてないとは思うけど、すぐに兄さんから警告が飛んで必要なくなるけど、でも、無事を確認したい。
玄関扉を乱暴にノックする。
「村長! 村長!」
返事がない。
「村長! 村長! いますかっ!」
嫌な予感がする。
玄関扉を押してみた。鍵がかかっておらず、静かに扉が開いた。
「っ、失礼しますっ!」
家に飛び込む。幼いころから何度も訪れている部屋なので、迷うことはない。まっすぐ応接間を抜けてルナカの部屋の扉を乱暴に開ける。
「ルナカ!」
寝床の毛皮を勢いよくめくった。
そこには、寝巻き特有の露出の多い肌着に身を包み、羞恥心からか顔をやや赤くしたルナカがいて。無事だったことにほっとすると同時に非常に不味いことに気づいた。
ルナカの眥がつり上がる。同時に右手も振り上げられる。
「夜這いとか、最低っ!」
この夜僕に最も大きなダメージを与えたのは、ルナカの右拳だった。
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