P2 鎮静化
警視庁管区の全警察署では蜂の巣を突ついた様な大騒ぎだった。渋谷区に現れた中世ヨーロッパ風の軍団が市民を虐殺し、先ほど渋谷警察署が音信を絶った。
『警視庁より各局、警視庁より各局。渋谷区に暴徒が出現し一般市民に暴行を加えている模様。最寄りの警察官は現場に急行せよ。なお、武器の使用は許可されている』
街中にサイレンが鳴り響く。何台もの緊急車両が渋谷に向けて急行する。パトカーのみならず、装甲車やバス、果ては特車と呼ばれる武装車両まで導入された。
「篠原さん、暴徒って虐殺するんですか?」
警視庁新宿警察署機動警ら隊に所属する石原巡査は、助手席に座る篠原巡査部長に問いかけた。篠原はふふんと笑うと、大げさに笑う。
「ばぁか、日本で虐殺なんて起きるわけないだろ?」
「ですが、実際に渋谷警察署は音信不通ですよ?いくら暴徒でも警察署を占拠するなんて」
「無駄な憶測はやめてさっさと仕事して帰ろう。女房が待ってるからな」
そう言って篠原は懐から財布を取り出す。定期入れの場所には彼の妻と子の写真が入っている。
「今日はこいつの誕生日なんだ」
「優雅くん、今年で5歳になるんですよね?」
「あぁ、やっとパパ大好きって言ってくれたし、早くプレゼント持って帰りッ?」
ガラスが砕ける音がした、石原は緊急走行中のパトカーを路肩に乗り上げさせ何とか止めると、目の前のフロントガラスが打ち破られていることに気づく。
「いつつ……篠原さん、大丈夫です……か?」
「うが……あぁ……石原……動けな……」
頭を摩りながら石原が助手席を見ると、喉に太い矢を受けて血を流している篠原がいた。
「石は……ら……頼む、抜いて……頼む」
「篠原先輩!しっかりしてください!」
「石原……おれ……死ぬのか?」
石原は青ざめて行く篠原の腕をしっかり握ると、目の前に財布の写真を持ってくる。
「お嫁さんとお子さんが待ってるんです!必ず生きて帰りましょう!」
「そうだな……二人に悪いと……言っててく……れ……」
石原の持つ手がダラリと垂れ下がる、すると、パトカーの側面に次々と矢が刺さる。故障したパトカーから身を低くして這いずり出た石原は、ホルスターからニューナンブを引き抜くと、車体を盾にして矢の飛んできた方向を見る。そこには、バリケードを作り、そこから弓を射る兵士たちがいた。
「こちら渋谷警ら34、暴徒と思わしき勢力から攻撃を受けた。隣にいた篠原巡査部長は殉職」
『こちら本部、了解した。あと五分待て、機動隊とSAT一個小隊がそちらへ急行している』
「警ら34了解」
石原は窓の枠にニューナンブを添えると、手前にいた弓兵に銃撃した。運良く弓兵の左胸に命中し、倒れさせた。
「うわぁん!パパ!ママ!」
気づくのが遅かった、パトカーの近くに小さな子どもがいたのだ。石原は警察官として、子どもの救出に向かった。
「うぐっ!?」
飛んできた矢から子どもをかばう、矢は背中に刺さり、痛みが浸透する。
「くそがぁーー!!!」
一か八かでダッシュする、そして子どもをパトカーの車体の下に隠す。
「良い子だからじっとしててね」
「お、お巡りさん、後ろ」
振り向くと、鉈を持った足軽らしい兵士が鉈を振り下ろして来た。間一髪で頭は避けたが、右肩の防弾チョッキまで食い込む。青の制服が赤く染まって行く。
「これで終わりだ蛮族よ」
とどめをさされる瞬間だった。石原が死を覚悟すると、何処からか銃声が鳴り響く。兵士は頭を撃ち抜かれ、後ろに倒れる。
「おいっ!大丈夫か!」
SAT隊員が石原に近づく、そして容体を確認する間、機動隊員が周りを囲む。
「こちら第一小隊!所轄警察官1名負傷!重症だ!救急車を!」
10分後、救急搬送された石原は医者の賢明な救命活動のおかげで、一命を取り留めた。