第八話:罠
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病院を出て1時間後、飛鳥たちが乗っている車は、ある廃墟の前に止まった。
~1時間前~
無事深夜たちに追い付いた飛鳥は、彩夏の車に乗り鬼原達の物と思われし車の跡を追いかけた。
彩夏「飛鳥ちゃんってもしかして運動神経悪い方?」
彩夏の問いに飛鳥は、他所を向きながら口笛を吹いていた。
深夜「俺が後ろを見たときでも二回は転んでいたもんな……」
深夜「何で見ていたのに起こしに来てくれなかったの?」
憤慨しながら飛鳥は尋ねた。 それに対し深夜は済ました顔でキッパリと答えた。
深夜「フツーにめんどかった………」
飛鳥「マジでかー!」
飛鳥は、そう叫びながら頭を抱えた。 ふと、そんなやり取りをしている中で運転中の彩夏の携帯が鳴り出した。
彩夏「この着信は……、夜城からだわ。 飛鳥ちゃん、私の鞄の中に入っているから代わりに出て」
そう言って、彩夏は助手席に置いてあるバッグを指差した。
飛鳥「彩夏さんは出ないの?」
彩夏「一応警察だからね。 あんまし、違反とか起こせないのよ」
深夜「彩夏さん、じゃあスピード違反で捕まるんじゃないですか今」
彩夏「そこは、見逃してください。」
深夜の言葉に彩夏は、目を線にした状態で答えた。 その横で飛鳥は、彩夏の携帯を開き通話ボタンを押した。
夜城『もしもし、彩夏さんですか?』
携帯の通話口から夜城の声が聞こえてきた。 飛鳥はスピーカーのボタンを押し、彩夏と深夜にも聞こえるように設定した。
飛鳥「彩夏さんは今運転中なの、だから代わりに飛鳥が出てるのよーん。 夜城さんどしたのー?」
夜城『あぁ、飛鳥さんですか。 てっきり彩夏さんが出ると思っていましたよ。 あの人運転中でも平気でメール打ってたりしますからね』
飛鳥&深夜「「………………彩夏さ~~ん?」」
二方向からの厳しい視線に彩夏は頭を下げて謝った。
夜城『それで用件なのですがアニマたちの調べた結果、例の車は町外れのとある廃墟に止まっているようです』
彩夏は吹っ切れたのか飛鳥が持っている携帯を取り、電話に代わった。
彩夏「付近の警察はまだ向かっていないの?」
夜城『それがどうやらこの悪天候のため電波が全然そこの地域に伝わらなくて………』
彩夏は車の窓から空を見上げてみると昨日よりも天気は悪く、雷により空は不気味に光っていた。 そして夜城が続けて言った。
夜城『そして、一番近くにいるのがどうやら彩夏さんたちらしかったので連絡しました』
彩夏「とりあえず、言いたいことは援軍はまだ期待できないのね……」
夜城『はい。 ですがこのまま放って置くわけにもいかないので、彩夏さん深夜さんと協力して足止めをしておいて下さい。 もし危険であったなら真っ先に逃げてください』
夜城の警告に彩夏は頷いた。
彩夏「わかったわ。 いざとなったらアレもあるしね」
夜城『アレとは?』
夜城の問い掛けに呆れ口調で彩夏は答えた。
彩夏「もう忘れたの? 前々回の事件で先輩が使ってたじゃない」
夜城『あー、思い出しました。 アレですね』
彩夏と夜城の会話に飛鳥が割って入ってきた。
飛鳥「ねねー、アレってなんのことなの~?」
飛鳥の問い掛けに彩夏は、助手席のシートの奥を指差した。 飛鳥はそれを見て下の方を調べたら円柱状の棒みたいなのが出てきた。
深夜「それって、フラッシュバン(音響閃光弾)ですか?」
彩夏「そうよ、いざという時のために二つや三つくらい持っとけって先輩が言ってたのよ」
夜城『念のため拳銃も持っといてくださいよ。 彩夏さん』
彩夏「わかってるわよ」
彩夏は面倒くさそうに答えながらフラッシュバンを腰に取り付けた。
夜城『ところで飛鳥さん、先程話していた白い粉の件についてなのですが、アレの解析がつい先程終わりました』
深夜「夜城さん、結局何だったんだ? あの薬は?」
深夜の質問に夜城は答える。
夜城『それがどうやらこの世界中を探しても一致するものは見当たりませんでした。 ですが、幾つか類似している物はありました。』
深夜「それは? 一体、何?」
夜城『それは、しま……っ……で、んぱ…………が…しん、やさ…とに…か、く気を……ていってく………………い………きのか…は見、す…値で……………』
そして携帯の通話が切れた。 案の定、通信が悪かったようだった。
深夜「切れた」
そう言った後、携帯を彩夏に返した。
彩夏「一致するものはない。 つまり、この世界には存在しないものなのかしら……… 一体飛鳥ちゃんは、何を飲まされたの?」
深夜「わからないが、飛鳥何か体に異常とかは無かったか?」
深夜の質問に飛鳥はしばらく無言でいたがやがてこう答えた。
飛鳥「………………、いいや特にないと思うよ」
飛鳥自身なぜそう答えたのかわからなかった。 ただ単純に口が動いてしまったのであった。
深夜「そうか、なら良かった」
深夜は、ほっと安堵の息をついた。
彩夏「二人とも、話の最中悪いんだけど見えてきたわ」
車の目の前には、かなり荒廃した建物が見えていた。 そして、その建物は山の丘の上に位置していた。
彩夏「こっからは、気を付けて行くわよ」
深夜「了解」
飛鳥「わかったよ」
彩夏の言葉に深夜、飛鳥の順で受け答えた。 そして、時は始めの場面に戻る………
深夜と彩夏は、車から下り廃墟に向かおうとするが、ふと彩夏が提案した。
彩夏「ねえ、深夜さん一応念のため飛鳥ちゃんも一緒に連れていった方が良いんじゃないと思うんだけど………」
深夜「確かにそうかもしれませんね。 一応、被害者ですし一人のところを狙われるって可能性も無きにしろあらずですし………」
そう答えた深夜は、飛鳥に手招きをした。 すぐそれに気づいた飛鳥は車を下りて深夜のもとへ走ってきた。
飛鳥「どしたの深夜?」
深夜「念のため、俺たちから離れないようにと言われたんだ。 だから、いざとなったらお前一人でも逃げろよ」
深夜の真剣な表情に飛鳥は、黙って頷いた。
彩夏「それじゃあ、行きましょう」
彩夏の言葉に二人は頷き廃墟の中へ入っていった。
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廃墟の中は外見ほど荒廃しておらず、つい最近、人が使っていた形跡もあった。
飛鳥「思ったよりも中はキレイだね」
深夜「油断するなよ、いつどこで敵が待ち構えているのかわからないからな」
飛鳥「あっ、何か特撮とかでそんな台詞聞いたことがあるかも」
呑気なことを言ってる飛鳥に深夜が警告する。 辺りをよく見て調べてはいるが、人一人として見当たらない。
深夜 (全員一ヶ所で待ち伏せしているのか? それとも単に気づいていないだけなのか?)
そう考えている深夜の前で彩夏が腕を横に出して深夜と飛鳥を止めた。
彩夏「静かにして………… 何か聞こえない?」
彩夏の言葉に二人は耳を済ませた。 すると、奥の方から男の怒鳴り声が聞こえてきた。
飛鳥「ここじゃ、聞こえずらいからもう少し行ってみようよ。」
飛鳥の提案に深夜と彩夏は頷きゆっくりと歩を進めた。 深夜は歩いているときも周囲の警戒を怠ることはなかった。
そして、声のもとはあるドアの前から聞こえてきていた。 彩夏は、ドアの隙間から中を覗きこんだ。
部屋には二人の男がいた。 一人は携帯電話で誰かと口論していて、もう一人はその隣で落ち着きなく聞いていた。
彩夏「アイツはあの電話している男、昨日の警備員じゃない………」
飛鳥「隣にいるのは飛鳥を見つけようとしていた人の内の一人だよ」
飛鳥は彩夏の体の合間から顔を出した。
飛鳥「あれ? でもおかしいな?」
深夜「なにがだ?」
深夜が問い掛ける。
飛鳥「昨日見たときは確かさ………………」
警備員「だからこうなったのもアンタの責任でもあるでしょう! 鬼原さん!」
したっぱA「とりあえず落ち着けって、いくら人がいなくてもまずいっつーの!」
飛鳥の言葉は警備員の怒鳴り声によってかき消された。
彩夏「鬼原? 今鬼原っていったわよね?!」
彩夏の声に深夜が答える。
深夜「ああ、つまりアイツはここにはいないというわけか。 これは好都合だ。 夜城さんを一瞬で半殺しにした謎がわかっていない今、かなり危険だと思っていたところだったんだ」
彩夏「ええ、そうね。 まずは相手に奇襲をかけましょう。 そうすれば…………」
彩夏がそう言いかけた瞬間___
ガシャァン!! と何処からか物が壊される音が聞こえてきてきた。
警備員「?! 誰だ!!」
彩夏「げっ………ヤバい」
二人の男が彩夏たちのもとへ向かってきた。 彩夏は拳銃を構え、深夜は飛鳥に呼び掛けた。
深夜「飛鳥! 逃げろ!」
飛鳥「え?」
飛鳥は突然の出来事に足を動かすことができなかった。 そうしているうちに男たちは、銃を構えて一方を彩夏、もう一方を飛鳥に向けていた。
深夜「うおぉぉぉ!!」
深夜は飛鳥から気を自分に移すため、飛鳥を狙っている男の腰に組み付いた。 男はその拍子に銃を落とした。
したっぱA「てめえっ、離れやがれ!」
彩夏を狙っていた男は深夜の方に降り向こうとした。しかし彩夏はその隙を見逃さず銃を構えた男の手首を狙い発砲した。
飛鳥は彩夏の撃った発砲音で我に帰り、廃墟の外へと続く道を駆けていった。
飛鳥が行ったのを確認した深夜はほっと息をついた後、男たちを目にも止まらぬ速さで『一本背負い』をかました。
二人は、一方は頭部を強く打ち付け、もう一方は痛みによって気絶した。
彩夏「やっぱり深夜さん強いんだね。 まっ、私にかかればダースでも来ない限り負けないんだけどねっ」
彩夏は右手の人差し指で拳銃をくるくる回しながら得意そうに言った。
「彩夏さんそれはフラ………」
深夜が言いかける前に、部屋の奥から十数人程の黒服の男達が現れた。 しかも全員拳銃を構えていた。
彩夏「………ダース?」
彩夏はポツリと呟いたまま黒服の集団を見いってしまった。
深夜「彩夏さん、見事な回収です。 んで、どうしますこの状況………」
彩夏「そりゃあ勿論___」
彩夏は腰からフラッシュバンを取りだし地面に叩きつけて叫んだ。
彩夏「三十六計逃げるにしかずってやつよ!!」
深夜「やっぱそうですよね~~!!」
膨大な音と光が部屋を満たし、彩夏と深夜は建物の奥の方へ逃げ出した。
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飛鳥「はぁはぁはぁはぁ………………!」
飛鳥 (は、早くここから出て助けを呼ばないと!)
飛鳥は全速力で来た道を戻っていた。 休む間もなく走り続けているため、肺が悲鳴をあげていたがそれでも急がねばならない理由があったのだ。
飛鳥 (昨日見た人たちは全部で三人だった。 でもあの場には二人だけ………それにさっきの音は___)
飛鳥の脳内に昨日の出来事が鮮明に蘇る。 鬼原義純と恐るべき推理力を持つ探偵、夜城霊とその相方である水樹彩夏、そして__
そう考えている内につい先程飛鳥たちが入ってきた入り口が見えてきた。
飛鳥 (よしっ、見えてきた!)
走るスピードを緩め、扉の前で止まった。 肩で息をしていたがすぐに息を整え扉を開けようとした。 が___
次の瞬間、飛鳥の右肩に鋭い痛みが走った。
飛鳥「?! ああぁぁぁっ!!」
あまりの激痛にその場でうずくまった。 すると前方の方から、足音と共に声が聞こえてきた。
したっぱC「あれ? 頭の方を狙ったはずだけど、外しちゃったか~」
彩夏「あ、あなたは………、あの時の……」
その人物は、昨日見た鬼原の仲間のうちの一人だった。 飛鳥の言葉に男は意外そうに答えた。
したっぱC「君が、時雨飛鳥くんか~ 俺の顔を知ってるなんてどっかで会ったっけ?」
飛鳥「………………」
男の後ろには七、八人ほどの集団がいた。 おそらく全員鬼原の手先であろう。
したっぱC「まぁ、どーでもいっか。 それにしても君達不用心過ぎない? こんな狼の巣窟にか弱い子犬ちゃんが三匹ノコノコと」
男は少しずつ飛鳥との距離を縮めてきていた。 一方で飛鳥は痛みのあまりか動くことができなかった。 すると突然足を止めて何かを思い出したような仕草をした。
したっぱC「あっ、それと鬼原さん曰く君もう用済みらしいからここで殺してもいいってさ。 いきなりだけどゴメンネー。 後、さっきの二人組も」
その言葉に飛鳥の中に戦慄が走った。
飛鳥「し、深夜たちは関係ないでしょう………」
飛鳥の言葉に男は面倒くさそうに答えた。
したっぱC「別にただ邪魔になりそうだったから。 でも、それよりも人の心配してる暇あんの?」
そう言いながら、飛鳥のこめかみに拳銃を突きつけた。 飛鳥は頭から銃をどかそうと男の腕を掴んだが、小柄な少女の筋力でどうにかなるはずなく、ピクリとも動かなかった。
男は怯える飛鳥を見ながらニヤニヤと愉快そうに笑っていた。 その後方には同じような顔をした奴や、興味がないと言わんばかりに別のことをしている者もいた。
そして飛鳥は今自分を殺そうとしている男と目がぴったりと合ってしまった。 それは人を殺すことに何の躊躇いもない人間の目であった。 そしてそこから、恐怖の渦がうねり、飛鳥を飲み込んでいった。
その時、飛鳥の体を強烈な痛みが襲いかかった。 銃で撃たれたわけではなかった。 昨日の夜と、病院を出発しようとしていた時に起きた痛みに近かった。 だが、今はその痛みの何十倍もあった。
「あっ___がぁぁっ!!!」
飛鳥の様子に不審を感じた男は飛鳥の前髪を引っ張りその顔を見た。 その表情に男は絶句した。
彼女の顔は、とてつもないほどの痛みにより歪みに歪んでいた。 そしてまるで絶望に染まった瞳は血よりもドス黒い紅になっていた。
そして、男はもうひとつの異変に気がついた。 飛鳥に握られていた腕がいびつな形に曲がりかかっていた。
したっぱC「ぐあっ! な、何だこれは?!」
男はどうにかして銃口を飛鳥に向け、引き金を引こうとしていた。 が、銃口を額に狙いを定めるだけでもかなりの難易度があった。
飛鳥「いやっっ、何……なのま……あす…………何かがおかし___く」
そう呻く飛鳥を見ながら男は、とてつもない力で握られた腕を震わせながら、引き金を引いた。
飛鳥「も、う………! お…えら…な………」
バンッッッッッ!!!
銃声の音と共に飛鳥の全身から痛みが消えた___