第十五話:空白の時間
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夕日が沈もうとしている最中、二台の黒い車が町外れの車道に停まっていた。
その車の中から目隠しをされた翠雨が出された。 翠雨はヤクザ達に乱暴にもう一台の車の中へ入れられようとしていたが、抵抗する気はないのか全体重をヤクザに委ねていた。
数時間前にようやく出会えた『希望』も消え去ってしまい、彼女の精神はもはや恐怖以外の何者も残っていなかった。
~数時間前~
翠雨 「け、警察はダメです!!」
深夜 「な、何でだ?」
今までとは比べ物にならないほどの声量で叫んだ翠雨を見て深夜は質問をした。 翠雨は声を震わせて口をパクパクさせながらも何とか訳を説明しようとした。
翠雨 「そ、それは___」
翠雨は説明しようとした目の前の青年がとてつもない間違いを犯そうとしていることを……、しかしそれは突然の乱入者達によって阻まれた。
バンッ!!
突如、店の中に黒い服を纏った男達が荒々しく入ってきたのだ。 その集団を見た瞬間、翠雨の中で3日間の恐怖が蘇った。
翠雨 「あ………、あぁぁぁ……」
翠雨は必死に深夜の服の袖を掴んだ。 深夜は何がなんだかさっぱりだったが翠雨の様子を見て、一瞬で理解した。
深夜 (コイツら、さっきの奴等の……!)
先程の怒りを抑えようとグッと椅子に座り込んだが、それでも表情と怒りによる震えは止まらなかった。 男達が店内を見渡し、深夜と翠雨の姿を捉えると真っ直ぐに歩み寄った。
ヤクザA 「ちょいといいか? お兄さん方?」
深夜は鬼のような形相をヤクザの部下に向けたが、相手方の方も殺伐としたオーラを出していた。
深夜 「何だ? 俺達はとっても忙しいんだ。 用ならまた今度にしろ」
気を緩めてしまったのか最後の方はあからさまに殺気を向けていた。 それを感じ取ったのかそのヤクザは銃を抜き深夜の頭に押し付けた。
ヤクザA 「ガタガタ抜かすな、クソヤロウ。 テメェはまだ何をしたのか分かっていないようだな__」
その言葉の途中で深夜の中の何かが切れた。 深夜はすぐさま銃を突きつけている手を思いっきり掴んだ。 とてつもない力なのかヤクザの手はミシッと骨の軋む音がして銃から手を離した。
深夜はそれを見逃さなかった。 すぐさま掴んでいる手を思いっきり振り上げ、テーブルに叩きつけた。
そして、拳銃を手に取り、他のヤクザ達に向けた。
深夜 「分かっていないのはお前らだ。 お前ら寄って集ってこんな子を追いかけ回し……それでもテメェら大の大人名乗ってんのか!!」
その言葉に部下達は怯んで一歩後ずさりした。 何も反撃しては来なかったが深夜はヤクザ達に吼えた。
深夜 「園崎組の連中がどんな奴等かは大体分かった! そんなクズ共の集まりなら俺が全てブッ壊してやるよ!!」
直後、深夜はテーブルの足を掴みヤクザ達に投げつけた。 あまりに突然の出来事に反応が一歩遅れて、部下達は投げられたテーブルと共に店の壁へと吹っ飛ばされた。
だが、それだけでは深夜は止まらなかった。 今度は別の集団に接近して一人の腕をまた掴んだ。
そして、声を荒げながら掴んだ腕をブン回した。 掴まれた男の体格は深夜と同じくらいのはずなのにそれでもいとも簡単に持ち上げていた。
___元々、深夜は大人しい性格で争いを何よりも嫌っていた。 だが、5年前の《あの事件》から変わってしまったのだ、あらゆる《悪》を憎む狂気の鬼へと………
彼が何故そのようになってしまったのか、それはまた別の機会に語られるだろう。 何故なら___
猛攻を奮う深夜の腕をヤクザの一人が掴んだからだ。 しかもその力は深夜以上のもので腕どころか身体全体を押さえ付けた。
? 「あんまりウチの組をナメないで貰いたいな……」
身体をガッチリ固定されながらも深夜は目付きだけは変えなかった。 その表情を見てか男は軽く笑いだした。
? 「良い表情だ。 お前はやっぱりそうでないとな、《放浪者》」
深夜 「?! お前何故その言葉を?!」
深夜の顔に初めて怒り以外の表情が浮かび上がる。 だが、男は笑みを止めずに言った。
? 「何のことだか、さっぱりだな。 それよ__」
その言葉をかき消し、深夜は更に詰め寄った。
深夜 「惚けるな! 何故それを知っているのかと聞いてい__」
それ以後、深夜は何も喋れなかった。 否、何も出来なかったのだ。
深夜の身体は先程のヤクザの部下と同じように宙に舞い、床に叩きつけられたからだ。
? 「失せぇんだよ、お前ごときの三下風情が俺と同じ立場にいるんじゃねぇよ」
その男は倒れている深夜の背中を踏みつけた。
深夜 「があぁぁっ!」
それほど力を入れられていないはずなのに背中は悲鳴を上げることを止めなかった。
翠雨 「おっ、お兄さん!」
翠雨の悲鳴に近い声が店に響く、だが深夜は翠雨の声を気にも留めずに自分の目の前に立っている男の姿を捉えた。
外見は深夜よりも身長が僅かだが高く、服装は他のヤクザ達と同じで目元はサングラスによって隠れている。
更に激情を放っている深夜とは対照に至極冷静で他のヤクザ達や深夜と比べ、何枚上手の存在にある気がした。
深夜 (な、何なんだコイツっ! 雰囲気が明らかに他の奴等と違う! それに俺以上の力、技術そして何よりも……)
なんとかして深夜は顔を上げ、男の冷徹な目を見た。
深夜 (俺を道端の虫けら同然に見ているその目ッ__! まさか……まさかコイツが! )
そこまで考えが至った時、首筋に衝撃が走り、深夜の意識は途絶えた___
意識を失った深夜を男は軽く足で蹴飛ばし、翠雨の方に視線を向けた。
翠雨 「あ、ぁぁ……ぁぁぁ」
翠雨はただ男を見つめることしか出来なかった。 男は部下達に何かを命じ、静かに店の外へと向かった。 それと反対に何かを命じられた部下達はゆっくりと翠雨に近づいていった。
翠雨 「い、嫌………、来ないで……来ないでよぉ!」
壁に背を張り付かせながら必死に翠雨は哀願した。 だが、その願いは決してヤクザ達に通ることはなかった。
両手を乱暴に捕まれ、細い布切れで目と口を塞がれる。 そして、ハンカチで口を覆われ、何かを強引に飲まさせられる。
それを飲んだ瞬間、翠雨の視界が急激に暗転する。 次第に闇に包まれる世界の中、翠雨は必死に叫んだ。
父親よりもずっと愛していた、一人の人物の名を___
翠雨 「助けて!! ケンィ___!」
しかし、その言葉を言い終わる前に翠雨の意識も同じく途絶えた__
その後、深夜と翠雨の2人は黒塗りのバンの中に運び込まれた。 その作業の中、一人の部下が先程深夜を圧倒した男の元へ駆け寄った。
ヤクザB 「これで本当によかったのでしょうか? 旦那……」
男はタバコを吹かしながら静かに答えた。
男 「あぁ……別に構わないさ。 組織に頼まれたことなら仕方がない…… だが、俺の用件の方も頼むぞ」
男の頼みにヤクザは不敵な表情で答えた。
ヤクザB 「当たり前じゃないですか! あなたと頭領の為なら俺達はいつでも命は捨てられますよ!」
ヤクザの返答に男は軽く笑い、彼に背を向けて歩き出そうとした。
ヤクザB 「そう言えば、さっきのあの男のこと旦那、知っていそうな雰囲気がしましたけど知り合いか何かですか?」
その問いに男は顔だけ振り向き、少しだけ笑顔を作り、こう言い捨てた。
男 「さぁ? 知らねぇな、あんな奴」
ヤクザは男の意味深な言葉に首を傾げていたが、立ち去る男の背を見ながらそっと呟いた。
ヤクザB 「アナタはずっと戦っている。 だから今のほんの少しの時間だけでも休んでください………」
「ヘイズの旦那……」
2
日が完全に沈み、夜が訪れた町中で夜城は一人待ち合わせ場所の廃墟へと足を急がせていた。
占い師 (そこで真実をお話しましょう)
例のあの男からのメッセージを思い出し、小さな笑みを浮かべた。
夜城 (『真実』ですか、それを知ったところで今回の事件にどう影響するかは分かりませんが面白くなってくることには変わりありませんよね……)
人通りが少なくなってくると同時に、辺りの雰囲気も薄暗くなり、一層夜城の心中を燻らせた。
高まる感情を抑えながら、夜城は擦れた文字で書かれている『かもめ』という事務所、否、廃ビルに入っていった。
古く今にも壊れてしまうのではと思ってしまう階段を登りながら、例の占い師を探した。
探す中、夜城はこの建物の共通の特徴に気がついた。 それは、どの部屋も必ず個室があり、しかも窓ガラスは全て外側からは中の様子が見えなくて、内側からは外の様子が見えるというマジックミラーになっていた。
夜城 (まるで、密談するためだけの為に作られてるのではと疑ってしまう場所ですね)
そう思いながら、歩き回っていると何処からか風が吹いてきた。
夜城 (すきま風でも吹いているのでしょうか?)
そう思いながら、風が吹いて来ている場所へ向おうとした時___
突然、目の前を横切る何者かの姿が夜城の目に入った。
夜城 「待ってください!!」
必死に追いかけようとするものの、その人物を追うことは出来なかった。 諦めがついたのか夜城はため息をつき、まだ見ていないフロア、屋上へと続く階段を上った。
屋上に続く扉は半開きになっていて、恐らくここから先程の風が吹いてきたのだろう。
夜城 (恐らく彼はここにいるでしょう。 そこで事件の全貌が………)
扉の前で夜城は少しだけ立っていた。 何故自分がこんなところで立ち止まっているのかは分からなかった。
夜城 (怖いから? まさか、ただの好奇心でこの事件を調査している私がそんな感情を持っているはずがありませんよね)
自分の中から沸き立つ《何か》を自ら嘲りながら抑えた。 そして意を決して扉を開けた。
外は完全に闇に包まれ、夜空には幾つもの星が煌めいていた。 まだ夏だというのに辺りは肌寒く感じた。
夜城は身を震わせながら、屋上のフェンスに腰かけている人影を捉えた。
夜城 (さて、それでは聞かせて貰いましょうか、シンソウを)
笑いながらそっと占い師の所へと近づいている時、夜城はある異変に気がついた。
例の占い師は確かにそこにいるだが、その隣にもう1つ人影が存在した。
夜城 (あれは誰でしょう? さっき見たときは確かいなかったはずだった気が………)
顔は辺りが暗いせいかよく見えなかったが、それでも夜城は近づいていった。 その時、月が雲の隙間から姿を表し、辺りを照らした。
それによって謎の人影の姿も徐々に照らされていった。 おおよそ20メートルだろうか占い師達とそのくらいの距離があった時、夜城は始めてその男の顔を見た。
その瞬間__、夜城の脳内で稲妻が走った。 そして身体中から一気に汗が吹き出す。 動機が早くなり、目が見開かれる。 そして夜の寒さとは違う震えが夜城に降りかかった。
夜城 「真実を知るって、そういうことですか……… 確かにホントに《よく知っていそうな人》ですね、これは……!」
夜城の見る先、そこには___
鬼原 「やっと来ましたか、遅刻ですよ。 探偵さん」
この事件の主犯である男が夜城の前に立っていた。
to be continued the NEXT episode……