海岸の二人
その女性はとても綺麗だった。季節外れの海辺に座り潮騒を聞いて寄せては返す波をずっと眺めていた。白いワンピースはその女性が純粋な心の持ち主だと言う事を証明している気がした。不思議なことに生活感が全く感じられないというか妖精の様な佇まいだ。はかなく消えてしまいそうな妖精の様な……。
僕は思い切って声をかけた。
「あの、こんにちわ。隣いいですか? 」
返事も待たずに僕は彼女の隣りに腰を下ろした。彼女は僕の方を振り返ると微笑んで頷いた。
振り返った彼女の瞳を見た時、僕は彼女が深い悲しみを抱えている事を悟った。
僕達は一言も会話をすることなく、ただ海を眺めていた。
何時間座っていただろう。辺りは暗くなり海と空の境も曖昧になってきた時だった。
「私の彼、死んじゃったんだ。」
彼女は呟いた。それは僕に言ったのか、彼女自身に言ったのか、はたまた両方なのか、それとも独り言なのか分からなかった。それほど小さな声で波の起こす風のように自然に口から出たという感じだった。
「何か暖かい物でも食べに行きましょう。」
僕は彼女の手を取り立たせると海の見えるレストランに連れて行った。彼女は黙って僕に手を引かれるままついて来てくれた。
僕はメニューの中からクリームシチューを二人前頼み、二人で食べた。食事中、会話は交わさなかったけれど気まずい空気になることはなく、本当に自然な空気だった。
「いいお店ね。」
彼女が食後のコーヒーを飲みながら言う。
「そうですね。僕もはじめてきたんです。」
僕自身もこの海に来たのははじめてだった。当然、ここのお店の事も知らない。
「あら、そうなの? 」
そう言った彼女ははじめて楽しそうに笑った。ああ、彼女は笑顔の似合う女性なんだなと思った。
「でも、ありがとう。暖まったわ、体も心も。」
消えてしまいそうな妖精の様な彼女が人間の世界に戻ってきたように見えた。
「私ね。彼が死んで、私も死のうと思ってここに来たの。」
やっぱりそうだったんだ。不思議に僕には分かっていた。もちろんそれを止める権利は僕にはない。僕にも止めようという気はなかった。それでも一緒の空間にいたいと思った。僕は彼女に魅せられていた。
「実は僕もなんですよ。僕は失恋して、仕事も上手くいかずに逃げてきたんです。死のうと思ってここに……。」
僕も正直に話した。彼女は何も言わず優しい頬笑みを見せてくれた。
「来年、夏になったら二人でここに来ようよ。」
「はい。来ましょう。」
僕らはお互いの傷を癒すようにお互いを必要としている気がした。
僕らの静かな恋はこうしてはじまった。
END