第一話
桜の下には死体が埋まっている、などというがその死体は桜の横、バスケットゴールに吊るされていた。
平凡な日常は当たり前でなく、一瞬にして終わる。そんな当たり前の事実をオレたちはその瞬間になるまで忘れていた。
オレの通う中学校は所謂離島にある。全校生徒はたった三十一人。ほとんど全員小学校からの幼馴染。海に囲まれたこの島では大人たちは漁業や農業で生計を立てている。みんな大体貧乏で流行りのゲームも最新型のアイフォンも買ってはもらえない。それでも海は綺麗で魚も美味い。じいちゃんばあちゃんたちは優しくて友達は良い奴らばかり。この島の日常を、オレは本気で愛していた。
*****
「タイヨウ、なんだ、あれ」
放課後の海岸で同級生のコウタが水平線を指さす。目をやると一隻の船がこちらに向かって進んでくる。「なんだろう?漁船にしてはでかいし……自衛隊さんじゃね?」
オレは答えながら目を凝らした。黒い大型の船はハイスピードでこちらに向かって進んできた。
「なんか……自衛隊にしては変じゃねーか?」
コウタが不安そうな顔をする。
ドドドドドドドドドッ。
船は瞬く間にオレたちの近くまでたどり着き、そして止まった。
「うわぁ……なんだこれ……」
オレは目を見開いた。
それは漁船よりはだいぶ大きく、客船よりは少し小さいサイズ。塗装はすべて黒一色で、文字も模様もない。窓も真っ黒。船尾に立てられた旗は日本の国旗ではなく、剣に蛇が巻かれたようなマークが描かれている。
「やばくね?不審船かも。オレ駐在さん呼んでくるよ」
コウタが駆けだそうとしたその時だ。
「◎▽■▼◎!」
聞いたことのない言葉の怒鳴り声と共に、迷彩服に覆面姿の男たちが船から降りてきた。
何故男だと思ったのか?それはよくわからない言葉の叫び声が明らかに男の声だったから。
「あれ?銃……?本物……?」
オレは現実感がなく茫然としていた。降りてきた男たちは手ぶらではなく、手には猟銃のようなものを持っている。前にヤマダのじいちゃんが見せてくれた猟銃より、それはずっとでかくてごつかった。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
コウタは叫び声をあげて駆け出した。
「◎×▼!」
バァン!バァン!バァン!
轟音が響く。一人の男が叫び、別の男が銃をコウタに向けて引き金を引いたのだ。
「コウタァあぁぁ!」
世界がスローモーションになった。
煙が上がり、コウタの体がトビウオのように撥ねる。ゆっくりと地面に転がり、じわじわと血が染み出てくる。オレは体に力が入らなくなり、砂浜に尻もちをついた。制服ズボンの前の方から、じわじわと暖かい液体が染み出てくる。それが自分の小便であると気が付いたのは、あの男が出てきてからだった。
「逃げないでください。逃げたら撃ち殺しますよ」
遅れて船から降りてきたのは、半そでの白いワイシャツに黒いスラックス姿の男。ワイシャツの胸ポケットには、小さな蛇の刺繍が入っている。身長は百八十センチくらいだろうか。灼けた肌にサングラス、肩までの長髪を後ろにまとめている。サングラスと日焼けで国籍は分からないが、話す言葉は訛りがない純粋な日本語だ。
「驚かせてしまって悪かったですね。大丈夫。いうことを聞いてくれれば痛い思いはしなくて済みますよ」
ひらりと男は船から降りると、ざっざっと革靴で砂浜を踏みしめながらこちらに近づいてくる。
「た……助けて……」
ようやくオレの口から絞り出された声は、情けないくらい弱いものだった。
「案内してくれませんか?」
男は口の端を上げながら囁く。
「案内って何を……」
声が震えているのが自分でもわかる。
――いやだ!死にたくない!誰か助けてくれ!――
頭の中で叫び声がする。
「なるべくこの島の中心部で、広場か学校のような場所はありませんか?」
「広場か……学校……?」
震える声でおうむ返しに呟くと、男は目を細めた。
「我々はね、キャンプをしたいんですよ。案内してください」
口の端は笑っているし声も優しい。それなのに、圧倒的なプレッシャー。オレはただ黙って首を縦に振った。
隊列は、すぐに作られた。迷彩服の男達は全部で十二人。それにワイシャツの男を加えた合計十三人にオレとコウタ。コウタは、まだ生きていた。
「うう……」
「大丈夫か、痛むか、コウタ」
呻くコウタにオレは声をかける。
「げふっ」
コウタは乗せられたキャンプ用キャリーの中で時々血を吐き、青白い顔ではぁはぁと息をしていた。
「早くお医者さんに診せないと……コウタが死んじゃう」
「うちの兵は優秀だからもうすぐそいつ死ぬよ。むしろ生きてるのが不思議なくらいだね」
長髪の男――出発前にジョウジと名乗ったその男はこともなげに言う。
「そんな……!」
「仕方ないね。銃を持った奴が現れたら勝算がない限り手を上げて投降。これ、一般常識。テストに出るよ」
オレは返す言葉がなくて、ただコウタの方を見ながら黙々と歩いた。人気のない道には、はぁはぁというコウタの息遣いと、迷彩服の男たちの草を踏む音だけが響き渡る。
ようやく、道が開け中学の校庭に着いた。
「ここです……」
「ほう、なかなか良いじゃないか。そういえばボーイ、名前は」
「タイヨウです」
「タイヨウ君ね、ここまで連れてきてくれたお礼に一ついいことを教えてあげよう。長生きをしたければ、決してワタシタチの邪魔をしちゃいけないよ」
サングラスを直す仕草をしながら口の端をあげるジョウジさん。
「えっ何?これ?タイヨウ君どうしたの?」
担任のショウコ先生が慌てて駆け寄ってくる。
「先生……」
オレは思わず駆け寄りそうになる。
「■◎▼△●!」
迷彩服の男たちが先生に一斉に銃を向ける。
「!?」
後ずさるケイコ先生。
「我らに触らないでくださいね、女性と言えども目的のためには容赦しませんよ」
サングラスをくいっと動かしながら、ジョウジさんは一歩前に進んだ。
「これより、この場所は我が軍が占拠します。あなたはこの敷地内の人間をこの場所に集めてください。くれぐれも、外部に連絡しようなんて愚かな考えはやめてくださいね。
犠牲者が増えますよ」
ジョウジさんが合図をすると、キャンプ用キャリーを引いていた迷彩服の男がおもむろにキャリーごと前に進み出た。恐る恐る中を覗き込むショウコ先生。
「ひぃぃ!?コウタ君!?」
のけぞり尻もちをつく先生。
「分かりましたか、我々の意志が」
「ひぃぃぃぃ!はいいぃぃぃ!」
四つん這いになりながら校舎の方に走っていくショウコ先生。その後姿を、オレたちは黙って見守っていた。
「さて、私たちは準備でもしましょうか……」
ジョウジさんは校庭を見渡す。
「うーん、ちょっと弱そうですがあれがいいでしょう」
そう言って指したのは、バスケットゴール。
「×●△!」
「◎△■!」
迷彩服の男たちは口々に何か叫びながら、コウタをキャリーの中から引っぱり出す。
信じられない光景だった。血だらけのコウタを、男たちはバスケットゴールに括り付けだしたのだ。首から上はネットの部分に入れられ、胴体は支柱にくくりつけられる。それをコウタは抵抗することなくされるがまま。
「あああああ……」
オレはたまらず跪いて、その場に胃の内容物を吐き出した。
「繊細ですねボーイ。美しいじゃありませんか」
ジョウジさんの声がする。
恐る恐る顔を上げると、風が舞った。巻き上がる桜の花びら。差し込む西日。そして血だらけのコウタ。
「なんで……こんなことに」
「ゴルゴダの丘を知っていますか?異教徒のボーイ」
訳が分からずオレは首を横に振る。口の端を上げるジョウジさん。
「大きな目標の為には尊い犠牲は仕方がない、ということですよ。我々に撃たれた異教徒のボーイも、こうすれば死後はパラダイスに迎えられます」
――わからない、わからない、ワカラナイ――
いつもの校庭で
風は暖かくて
花弁は巻き上がり
血の匂いがして
いつものバスケットゴールには
磔にされたコウタ
どうしたって現実感がなかった。視界がぐらぐらとする。足元がふらつく。
「きゃあああああ!!!」
女の悲鳴が空気を切り裂いた。
声のした方を見ると、同級生のマリヤが真っ青な顔をして立っていた。他にも校長先生、教頭先生、用務員さんに一年から三年までの生徒がミズホのほかに合わせて七人。みんな青い顔をして茫然とバスケットゴールを――否、磔にされたコウタを見ていた。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
ジョウジさんが前に出て挨拶した。
――ガシャリ――
迷彩服の男たちが一斉に銃をみんなに向けた。
空気が凍り付く。
「痛い思いをしたくなければ、我らに協力してくださいね」
「何が望みなんだ」
両手を上げた校長先生が口を開く。その声は震えていた。
「まず、キャンプに協力してください。水と必要な物資の提供をお願いしますよ」
ジョウジさんは落ち着いた口調で校長先生に語り掛ける。
「わかった。用意する。その前にその子を下ろしてくれ。うちの生徒だ」
バスケットゴールに目を向ける校長先生。
「できませんねぇ」
顎に手を当てるジョウジさん
「ゴルゴダの丘に犠牲は付き物ですよ?それともあなたが代わりになりますか?」
――ガチャリ――
銃が一斉に向けられ手を上げて俯く校長先生。
「こちらの指示に従っていただければ手荒なことはしませんよ。あなた方にも、神の祝福があらんことを」
「げふっ」
ジョウジさんの言葉が終わると同時に、コウタが血を吐く。
「み……みず……」
蚊の鳴くような声だが、オレの耳にははっきり届いた。
「ジョウジさんお願いです。コウタに水を飲ませてやってください」
「彼を下ろすことはできませんよ」
サングラスの奥の表情は分からない。
「ハンカチに水を着けて彼の口元まで届けます。それならいいでしょう!?」
今まで黙っていたマリヤが絞り出すような声をあげた。
「ほう」
サングラスで表情はわからない、が何か雰囲気が変わった感じがする。
「いいでしょう、許可します。聡明なお嬢さん」
マリヤは迷彩服の男に見張られながら用具室からモップを持ってきた。ハンカチを濡らし、柄の先端に取り付ける。
「はい、コウタ君、飲んで」
柄につけられた濡れたハンカチを懸命に差し出すマリヤ。ネットに阻まれてなかなかコウタの口元には届かない。それでも、懸命に差し出し続ける。
「コウタ君、飲んでよ、ねぇ」
泣きそうな顔をするミズホ。コウタの唇から血が滴っている。
「コウタ君!」
「うう……」
やっとハンカチがコウタの口元に届き、唇を湿らせた。
「ありがとう……」
蚊の鳴くような声がし、コウタはがっくりと首を垂れた。
「コウタ!」
「コウタ君!」
みんなが口々に悲鳴を上げる。隣を見ると、マリヤはぶるぶると震えながら首元のネックレスを握りしめぶつぶつと言葉を紡いでいた。
「我が神、我が神よ。どうしてコウタ君をお見捨てになられたのですか」
最後の方の言葉だけ妙にはっきりと聞き取れた。
(そうだ、マリヤのうちは教会だったっけ……)
どうでもいい情報が脳裏をよぎっていた。
西日に照らされ磔になったコウタの死体。血がしたたり落ちて、舌は飛び出し、排泄物は垂れ流されている。それでもどこか神々しいと思ってしまうのは一体何故なんだろう。
*****
先生達と用務員さん、オレらは全員体育館に集められた。声をかけられるまで外にでるな、というのがジョウジさんからの指示だった。体育館には運動用のマット、非常用の毛布がありそこで皆肌を寄せ合っていた。トイレと水は使える。食べ物はないが空腹を訴える者は一人もいない。窓からはコウタの死体が見え、思い出したくない現実を突きつけられる。沈黙の流れるなか、毛布にくるまって震えていたマリヤが突然歌い出した。
――いつくしみふかき、ともなるイエスは
つみとがうれいを、とりさりたもう
こころのなげきを、つつまずのべて
などかはおろさぬ、おえるおもにを
いつくしみふかき、ともなるイエスは
我らのよわきを、しりてあわれむ
なやみかなしみにしずめるときも
いのりにこたえて、なぐさめたまわん
いつくしみふかき、ともなるイエスは
かわらぬあいもて、みちびきたもう
よのともわれらを、すてさるときも
いのりにこたえて、いたわりたまわん――
「それ、賛美歌だっけ。聞いたことある」
オレはマリヤに話しかけた。
「うん、賛美歌の中でワタシが一番好きな歌。賛美歌第三百十二番の『いつくしみ深き』」
「よくわからないけどいい曲だな。なんか励まされるっていうか」
オレは正直、賛美歌なんてよくわからない。でもこの重苦しい空気感を少しでも和らげたくて、一生懸命言葉を吐き出した。
「うん、心の嘆きを全てイエス様に知ってもらって祈りで神様に委ねる。そんな曲なの」
マリヤは俯きがちに言葉を紡いだ。
「まあなあ、こんな時には神様にでもなんでも縋りたいよな」
三年生のタケル先輩が口を開いた。
「なぁタイヨウ」
「なんですか?」
ふいに呼ばれてビクッとする。タケル先輩は歳が一つしか変わらないとは思えないほどガタイがでかくいかつい。柔道が得意で、卒業後は島外の学校にスポーツ推薦で行くことが決まっていた。
「なんであいつら、コウタをあんな風に磔にしたんだと思う?」
「なんでって……みせしめ、とかじゃないんですか?逆らったらこうなるぞ的な」
それ以外に何か理由があるんだろうか。頭の中に浜辺で笑っていたそばかすだらけのきらきらした笑顔と、舌が飛び出した死体の顔が交互に錯綜する。
「みせしめ、もあると思うけど……それだけじゃないと思う」
マリヤが口を開いた。
「あのワイシャツの男の人……ゴルゴダの丘、って言ってた」
記憶を遡る。そういえばそんなことを言っていたような……
「ゴルゴダの丘ってなんだよ」
「キリストが処刑された場所のことだよ」
タケル先輩がいう。
「オレんち母ちゃんがマリヤんちの教会通ってるからさ、話聞いたことあるんだ」
マリヤは黙って頷いた。
「キリストが処刑された場所?それがコウタになんか関係あるんですか」
語気が荒くなったのが自分でもわかる。
「コウタは、奴らに殺されて磔にされたんだ。それと神様となにか関係があるのかよ。神様がいるならとっくに助けてくれるだろうこんな状況!」
「落ち着けってタイヨウ!」
タケル先輩に肩を掴まれる。
「落ち着いていられますか!人が一人殺されているんですよ!訳の分からない男たちに!しかもこんなところに閉じ込められて!どうして落ち着いていられるんですか!」
「タイヨウ!」
「どうせオレたちもあいつらに殺されるんだ!神も仏もいないんだ!うわぁぁぁぁぁ」
涙が溢れて体育館の床を濡らした。嗚咽と鼻水が滴り視界が歪む。
「タイヨウ君!」
柔らかな肉が覆いかぶさってきた。甘いにおいがする。ショウコ先生だ。
「タイヨウ君!怖かったよね!友達がいなくなって悲しいよね!家に帰れるか不安だよね!分かるよ!ここにいる全員がキミと同じ気持ちだよ!」
「うわぁぁぁぁぁぁん!」
ショウコ先生の腕の中で、オレは声を上げて慟哭した。ショウコ先生は力強くオレの背中を抱きしめてくれていた。
「ウッウッ……」
「グスッ……」
「お母さん……」
「帰りたい……」
ふと気が付くと、すすり泣きがさざ波のように広がっていた。大人も、子供もただひたすら俯いて涙を流している。
「すみません……泣いたりして」
オレはようやくショウコ先生の腕から離れた。
「ううん、大丈夫。タイヨウ君、泣きたいときは泣いてもいいんだよ」
そういうショウコ先生の目にも涙が光っていた。
「さて、落ち着いたところでさっきの続きだが」
タケル先輩が口を開く。タケル先輩はこの中で唯一、泣いていなかった。
「ゴルゴダの丘って言うのはキリストの処刑地。そして磔られているコウタ。要は、奴らがやっていることは聖書の再現なんじゃないかってことだ」
「聖書の……再現?」
意味が分からない
「私も……そう思った」
小さく、でもきっぱりと頷くマリヤ。
「覚えてる?ワタシがコウタ君に水を飲ませようとしたときのこと」
「ああ……」
あの時はオレが水を飲ませたいと言って……、下ろすのを断られて……そうしたらマリヤがモップとハンカチを使ってコウタに水を飲ませた……
「あれ、聖書と同じ方法なの」
じっとこちらの目を見つめるマリヤ。タケル先輩もうんうんと頷いている。
「オレも、そう思った」
「水すら与えたくないなら、断られるとおもった。でも私があの方法を提案したとき、ワイシャツの人の空気感が変わったの。ああ、この人はキリストの処刑を再現したいんだなぁって思った」
一息にそういうと、マリヤは胸元のネックレスをきつく握りしめる。ネックレスの先端に小さな十字架が付いていることにオレは今気がついた。
「なんで……やつらはそんなことを……」
「オレに聞かれたってわかんねーよ」
タケル先輩は苦笑いする。
「ただ、何らかの宗教的目的とその集団なんだろうな……ワイシャツの男以外、何言ってるかわかんねーし」
「同感。そもそも、ワイシャツの人も日本語喋ってるけど日本人かどうかも怪しいと思う」
マリヤが同調する。
「だからってオレたちにはどうにもできないが……」
タケル先輩は伸びかけた顎下のひげをざらざらと撫でながら続ける。
「まあ、警察か自衛隊か。助けが来るのを待つしかないだろうな。さすがにこの状況は政府が黙っていないだろう」
――助けは、来るんだろうか。それはいつなんだろうか。政府は、外部の人間はこの状況をどこまで把握しているんだろうか――
不安が口をつきそうになったが止めた。どちらにせよ、助けが来ることを信じるしかない。
神様でも、政府でも、自衛隊でも。
「みなさん、ご歓談中のところを失礼しますよ」
空気を裂いて、ジョウジさんの声が響いた。体育館にいる全員の意識が張り詰める。
「まずは、校庭に出ましょうか。今後のスケジュールを説明させていただきます」
夜風吹く
舞い散る血液
飛び出た臓物
花ざかりの君は
ゴルゴダの丘に
誰かが物騒な短歌を呟いている。女の声だ。それが誰かは分からない。
ジョウジさん言葉で、全員がまた校庭のバスケットゴール前に集合していた。
コウタの死体は、昼間より一層ひどくなり、血の匂いと排泄物の臭い、何かが腐ったような臭いが混ざり合い空っぽの胃袋から吐き気をこみ上げさせた。ゴールネットに入れられた頭は力なくうなだれ、舌も目も飛び出している。髪は乱れ、吐いた血がこびりついて固まってそこに虫がたかっていた。首から下は支柱固定され、ロープでぐるぐる巻きにされている。力なくだらりと伸びた手。足からは排泄物が流れ、そろそろ乾きかけている。蝿が絶え間なく飛び回っている。
――クサイ、キタナイ、コワイ、ミタクナイ――
頭の中で悲鳴のような言葉がぐるぐると渦巻く。口の中がカラカラになり、みぞおちの下がきゅうっと引き締まる。
「おぇぇぇ」
自分の声かと思った。違う。吐いたのは一年のユウダイだ。ショウコ先生がすかさずかけより、ユウダイの背中をさすった。
「美しいでしょう、この光景」
ジョウジさんはうっとりしたように語る。後ろには、また三人の迷彩服が控えていた。
「再生の印ですよ。異教徒のボーイは我々の新しい平和の礎となり、その魂は永遠にパラダイスで生き続けます」
「我々をどうする気だ。君たちの目的は」
校長先生が叫んだ。
「新しい平和の創造です。世界の再生」
ジョウジさんは言葉を切る。
「ここをゴルゴダの丘とし、世界を一から作り直すんです。まずはニッポン。この島から」
「テロリスト……ということか」
校長先生の声が震えている。
「テロリストなんて低俗なものではありませんよ。我々が仕掛けるのは聖戦と聖書の再現。異教徒のボーイは本当に運が良かった。対して苦労もせずに生贄としてパラダイスに迎えられるのだから」
「そんなことが許されると思うのか!ここは日本だ!」
「△■◎!」
――バアン――
轟音がして、校長先生が吹っ飛ぶ。控えていた迷彩服が発砲したのだと気が付いたのはその一瞬のあとだった。
「意見は聞いていませんよ。今のは、開会宣言です。我々の聖戦のね」
サングラスの奥の表情は分からない。
横を見ると、マリヤは目を閉じて十字架を握り、タケル先輩は唇を固く結んでいる。
校庭の全員を見守るように、コウタの死体がただオレたちを見守っていた。地獄のはじまりを悲しむように、力なく首をもたげて。
―了―




