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第3話 夏が終わって見上げる空に

 私は学生寮に帰ってから、本に挟まれていた王子からの手紙を読むことにした。

 きっと本に関する感想が書いてあるのだろう。そう思って読み始めた。


 すると。


「え?」

 クライス王子の手紙には、また話がしたいということと、招待状が入っていた。


 招待状。


 何かのパーティーだろうか? 

 イベント名が書いておらず、集合日時と場所、それが王宮であるということだけが書かれている。


 そんなのに呼ばれても、正直困るんだけど。


 それに。

「これ、どういう意味……?」

「あなたのことを紹介したい」って、誰に、何を?

 まさか……、いや、そこまで王子が私を気に入っているとは思えない。

 ただの本好き仲間として、声をかけているだけだと思うんだけど……オタクイベントでも開催するのかな?


「そんなわけないじゃない! 紹介するって言うんだから、きっとご両親によ!」

 デザロットにこれまでのことを話したら、そう力説された。

「行ったらオタク向けのイベントだった、ということは?」

「だったら他にも招待されている人がいるでしょう? イベント名が無いのもおかしいって」

 確かにそうなんだろうけど……。

「とりあえずご実家に連絡を入れて、ドレスを取り寄せないと」

「うわぁ、荷が重い……」

「ちゃんとヘアセットできるスタッフも呼ぶのよ?」

 身内のようにてきぱきと段取りをしてくれるデザロットに甘えていると。


「でも妙ね」


 デザロットがふとそんなことを言う。

「全部が妙だよ」

「聞いた話では、オリヴィアのところのサラカン家と、婚約の話が進んでいるって聞いていたけど」

「そうだとしたら、やっぱりオタク向けイベントじゃない?」

「もしセレディナが理由で婚約の話をやめる、なんてなったら、サラカン家を敵に回すことになるよ」

 デザロットはそんな恐ろしいことを言う。

「それは困る。王子にどういうつもりなのか、イベントまでに聞いてみるよ」


 そういうわけで翌日。


 クライス王子に「手紙のことで話がしたい」と言うと、彼は周囲を振り切って一緒に移動してくれた。


 他の学生のいない連絡通路まで来たところで、私は切り出す。


「お手紙をいただきましたが、それにあったイベントとは何でしょうか?」


 そう尋ねると、王子は私をじっと見つめた。


「確かに事前に説明しておいた方が良いですね」

 そう言うと、王子はすっと目線をそらした。


「婚約者を決めるよう言われていたのですが、こういうことは誰でもいいわけではありませんから、ずっと悩んでいたのです。私が選ぶ相手によっては、この国の均衡を崩しかねません。そこで、あなたが適任だと思いました」


 立場上適任だから、私を選んだということか。いや、ちょっと待って、何でまた。


「すみません。大事なことを言い忘れました」


 王子はもう一度私を見つめ直した。


「あなたのことが好きです。誰かが話す言葉で、こんなにも心躍ったことはありません。あなたの感性が好きです。あなたの言葉、声、姿、すべてが好きです。急にこんなことを言われても困るかもしれませんが、この話を受けてはくれませんか」


 そうはっきりと言われて。


 私はどう答えていいか戸惑っていた。


 そんなに風に、自分を気にいるなんて思っていなかったから。


 だけど多分、心のどこかでわかっていた。

 私も王子も、同じものが好きで。好きなものを、同じ熱量で愛せる人を探していた。同じものを、自分にない目線で楽しむことができる相手を、何より求めていた。それが王子にとっては私で、私にとっても王子だったのだ。


 だとしたらそれは、意外なことでもなく。


「わかりました」

 私は王子のスカイブルーの瞳を見てはっきりと答えた。

「一つ聞いても良いですか?」

 私は王子に尋ねる。

「何ですか?」

「殿下との婚約を希望する女性は大勢いると思うのですが、その方たちへの対応はどうされるのでしょうか」


「論文試験でもします?」


「え?」


「冗談ですよ。あなたへの風当たりが強くならないよう最善を尽くします」

 私が不安そうな顔をしたからだろう。王子は一歩近づいて言う。


「あなたのことを絶対にお守りします」


 そう言うと王子は、私の両手を握り締めた。

「私からも一つ聞いても良いですか?」

 王子は手を優しく握りしめたまま言う。


「私のことをどう思っていますか?」


 今度は王子が不安そうな顔をした。


 私は思っている気持ちを素直に話すことにした。

「最初はちょっと変わった方だと思っていました。イベントに来たときは不審者かと思ったぐらいです。ですが話をして、本に対する感性や熱い思いを聞いて、素敵な方なのだと思いました。もっと話をしたいと思っています。そのために、立場上婚約が必要なら、それもお受けします」

 私は王子の両手を握り返した。

「私も、あなたが好きです。多分」

「多分?」

 私の言葉に、王子は驚いた声を出す。

「まだあなたのことをよく知らないので。これからもっと好きにさせてくれるんですよね?」

 その言葉に、王子は苦笑する。

「もちろんです」

 王子はそう言うと、ふと空を見上げた。


 窓の外、美しい青空が広がっていた。


「まずは私の書庫にご案内しますよ。あなたと話したい素敵な物語が、たくさんあります」

「それは楽しみです」


 私はこの、どこまでも広がる青空のように、開けた未来に思いを馳せた。


 そうして私たちは婚約し、たくさんの時間を一緒に過ごすようになった。

 好きなことの話をした。好きな物語の話をした。嫌いなことの話もした。相手の言葉に驚くこともあったけれど、その視点が変わらず好きだった。


 話すほどに好きになった。


「あなたと話がしたくて、今日も早めに切り上げてきました」

 王子はそう言って笑顔を浮かべる。


 好きな物語を、一緒に話すことができる時間が、今日も愛おしい。

 

 多くの物語では、愛が覚めていく様子が描かれている。

 あるいは悲劇が起こることもある。

 何が起こるかわからない。

 だからこそ、今この一瞬を、大切にしたい。


 この素晴らしい瞬間、あなたといられる喜びを、永遠のように抱きしめて。

 


<END>



最後までご覧いただきありがとうございました!


夏課題に取り組み中の方々への、エールになれば幸いです。


もしよろしければ、ブックマーク、評価(☆マーク)等、よろしくお願いいたします!


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