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第2話 夏と本とサングラス


 イベント会場で見かけた不審者と、好きな本のことで話をしようとしていたその時。

 サングラスを外したその瞳を見て、私はすぐに気づいた。


 こ、この人、クライス王子じゃない……!


 夏休み明けに転入してくるという話は聞いていたけれど、すでにこちらに戻って来ていたみたい。

 いや、単に似ているだけかも。


「あの、失礼ですが、クライス殿下、ですよね……?」


 私はおそるおそる尋ねる。


「私が来ていると知れると厄介なので、このことは内密に」


 少し離れたところに、警備らしき人もいる。

 やはりクライス王子のようだ。


「わかりました」

 私としても、話を大事にはしたくないので、静かにことを進めることにしました。


「あの、ここでは目立つので、関係者室にいらっしゃいませんか? 作家先生もお呼びしますので」

「目立ってますか?」

「十分目立ってます」


 不審者として。


 そんなクライス王子を連れて、私たちは関係者室に向かった。

 関係者室は当然、他に人の姿もないので、そこでクライス王子は変装を解いた。


 金色の髪にスカイブルーのはっきりとした瞳。聞いていた通り、絵姿で見た通りの美しい王子は、少し不満そうに椅子に座っていた。


「イベントに参加したかったのですが」

「変装しても、そのまま来ても目立ち過ぎます」

「では、本の交換会をしたいので、あなたのおすすめを教えてください」

 クライス王子は本を片手に、私にそう言ってきた。

「私のおすすめですか?」

「そういうイベントでしょう?」

「私のおすすめ……そうですね」

 イベントを運営する立場で考えていたので、自分が参加者になって話すことは頭になかったのだけど、私は持って来た鞄に入っている本を取り出し、王子に説明し始めた。


「私のおすすめは、この本です」

 本の表紙を見せると、王子は興味深そうにその本を見つめた。

「読んだことのない作家さんですね」

「あの作者の本がお好きであれば、きっとこの本も気に入ると思いますよ」

 私は本の概要を、ネタバレにならない程度に話しつつ、どういうところが心に響いたかを、熱く力説する。


「そういうわけで、ぜひ読んでみてください!」

 あ、王子相手に普通に布教しちゃったよ。


 するとクライス王子は、嬉々とした目で嬉しそうに本を受け取った。

「面白そうな本ですね」

 クライス王子は早速本を読み始めた。

 その頃には、他のブースから作家先生もやって来てくれて、王子は楽しそうに話をし始めていた。とても嬉しそう。本にサインまでもらっているし。ちゃんと交換用とサイン用の二冊持って来ていたのね。


 子どもたちへの本の無料配布も終わり、イベントは盛況の中無事終了、アンケートにも好意的な感想が目立った。あとは片付けて、イベントのレポートを書けば、夏課題終了!


 それから数日後。


他の夏課題(ほとんどが勉強に関するもの)も終わったし、やっと夏休みをのんびり満喫できると思っていたところに、一通の手紙が届いた。


「何かやたらと分厚いような」


 その手紙は、クライス王子からだった。


 おすすめした本の感想を、丁寧に、読書感想文のごとく書いて送って来てくれたのだ。イベントのお礼から始まるその手紙の内容は、まるで一冊の本を読んだかのような清々しい読後感をもたらしてくれた。


 文才もある方なのだろう。


 私が読んだよりも、ずっと深い観点で、その本を掘り下げて読んでいるにも関わらず、謙虚に冷静に物事を見つめている。けれどその本への愛や情熱も感じられて、暑苦しくもないその流れるような文章は、絶妙なバランス感覚からなるものだと思った。


 王子ともっと話をしてみたい。


 そう思うような、素敵な手紙だった。


「返事を書いてみようかな」

 私は珍しく手紙の返事を書くことにした。クライス王子ほど素晴らしい文章は到底書けないけれど、書かないのも失礼になるし、一応書いてみよう。

 私はしばらくの間、王子への返事を考えていた。

 丁寧に手紙をくださったことへのお礼、イベント参加者から面白い感想が聞けたこと、最近読んだ興味深い本のことなど、王子の分量に合わせたそこそこの量を、面白おかしくでも丁寧に書いた。

 

 手紙を出した数日後。


 本体が来た。

 あ、ちょっと動揺し過ぎた。

クライス王子が、我が家に来たのだ。どういうわけか。

「博学のセレディナ嬢と文学について話をしたい」的な建前で。

いや、いつ私が博学で文学論を語る人になったの? ライトで陽気な文学しか読んでないよ?

 それでもわざわざクライス王子がいらっしゃったので、応接間で待つ王子の元に、複数の本を持って訪れた。


「これが手紙に書いていた本ですね!」


 王子は楽しそうに本を受け取り、早速ぱらぱらとページをめくる。

「確かに面白そう」

「それと、この本もよろしければ」

 私は、得意気に一冊の本を見せる。

 これは、王子を同士と見なしての一冊だ。

「これって……!」

 さすが王子、この価値がわかるようですね。

「読んでみたいと思っていたのですが、初期作品ということで物が見つからず、諦めていたのです」

 クライス王子は興奮した様子で言う。

「読書仲間が特別に譲ってくださったレアなものなんです。内容もとっても面白かったですよ」

 私は少し得意になって言う。

「読んでもいいんですか?」

「読んだら返してくださいよ?」

「もちろんです」

 王子は嬉しそうに本を握り締めて言う。

「セレディナ嬢。この本は読んだことありますか?」

 クライス王子が見せてくれた本は、読んだことのない本だった。

「留学先で勧められた本なのですが、とても面白くて。訳本が見つかったので、ぜひ読んでみてください」

「ありがとうございます」

 私は見慣れない、けれど綺麗な装丁の本を受け取り、読んでみたくてわくわくした。

 私たちはお茶を飲みながら、本の話ばかりした。


「ではまた」

 王子はそう言うと、本を片手に去っていった。


 王子が帰ってからが大変だった。

 どうして王子が急に訪ねて来たのか、王子とどういう関係なのか。両親から根掘り葉掘り聞かれたからだ。

 私は事実をそのまま話した。イベントに参加していた不審者が実は王子で、そこで知り合って本のことで意気投合したこと。それで今日尋ねて来て、今日も本の話をしたこと。それだけ。

 王子について詳しく聞かれるかと思ったけど、両親はそれ以上特に聞いては来なかった。

 その代わり、小さくため息をつかれたけど。


 王子おすすめの本は、確かにとても面白く、私は3日で読み切った。そればかり読んでも、分厚かったのもあってなかなか読みごたえがあった。

 王子からの連絡は特になかったので、私から何か言うことはなく、そのままにしていた。


 そうして夏休みが明け、秋学期が始まった。


 まだ夏の暑さが残る今日この頃、校門のところでオリヴィア一味と遭遇した。オリヴィアは私を見て言う。

「同じ日にイベントを開催したわね」

 そう言えば、オリヴィアのイベントはどうだったのだろう。

「私のイベントはおかげさまで大盛況、複数日開催したけれど連日満員だったわ」

「そう」

「あなたの方は、会議室を借りてこじんまり行ったそうじゃない。私に遠慮しなくて良かったのに」

 私は朝からテンションの高めなオリヴィアを適当に受け流し、教室へと向かった。


 教室は到着早々ざわついていた。


 課題は夏休み中に、終わり次第提出している。そのため、すでに席は決まっているはずだ。

「やっぱりね」


 王子の隣は、オリヴィアになっていた。


 王子はまだ到着していないが、オリヴィアは早速その席に座り、取巻きたちと王子が来るのを楽しみに待っているようだった。


 そうして教師とともに、王子がやって来た。


 教室に入った途端、場の空気が変わった。それだけ王子の存在感は圧倒的だった。

 担任教師が丁寧に説明をし、王子も挨拶をする。

 美しい容姿、よく通る声、放つ高貴なオーラは、場の空気を圧倒した。


 私と話した時の、あのオタクな王子は何処へ?


「よろしくお願いします」

 最後にそう言って、王子は席に着く。


「王子が教室にいるなんて」「絵姿通り素敵」そんな声が漏れ聞こえた。


「私、オリヴィア・サラカンと申します。隣の席ですので、何かありましたらいつでもおっしゃってください」

 オリヴィアがそう自己紹介する。

 その頃私は、今日のお昼ご飯に何を食べるか考えていた。


 休憩時間。

 王子はクラスメイトに囲まれていた。


 しかしすぐに王子は立ち上がると、デザロットと話をしていた私のもとにやって来た。

「この本、ありがとうございました。とても素晴らしい作品で、感動しました」

 王子はそう言って、貸していた本を私に手渡した。

「そうですか」

 クラスメイトの視線が一気に集まり、私はできるだけ淡々と答える。

「また話を聞かせてください」

 そう言うと、王子は教室を出ていった。


「ちょっとどういうこと?」

 デザロットが驚いた様子で尋ねる。

「夏休み中に、本を貸す機会があって」

「詳しく!」

「話すけど、ここではちょっと」

 オリヴィアたちの視線が痛い。

 私は本を楽しく読めればそれで良い。それだけなのに。


 そう思って気づいた。


 本に挟まれている、手紙の存在に。

 何だか不穏な気配がする。



<次の話へ続く>




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