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第1話 夏と課題と空かないホール


「夏休み明けに、クライス王子がやって来るって本当なの!?」


 夏休みを前に、クラス中が湧いていた。

 ここは王立第一魔法学園。魔力の高い貴族が通う、有名校である。一応私、セレディナ・アリアランもこの学園に通う貴族令嬢ではある。

 クラスのほとんどが王子の話題に沸く中、私は夏休みのことを考えていた。

 私は夏休みと聞いたら、イコール読書時間と思うぐらいの読書好きで、今ももっぱら何を読むか考えていたところだ。


「クライス王子って、隣国に留学されているって話じゃなかった?」

「それが、夏休み明けからうちに通い始めるらしいのよ」


 クラスメイトのそんな会話が、あちこちで聞こえる。

 誰が入手したのか、その噂はあっという間にクラス中に広がった。

 そして、夏課題の説明にやって来た担任の先生を、クラスのリーダー格の女子、オリヴィアが問い詰めるように尋ねる。


「先生、クライス殿下が夏休み明けにうちのクラスに転入されるというのは、本当ですか?」

「ええ。もうその話が伝わっているんですね」

 その言葉に、クラス中が湧いた。


 美しく、魔力の腕も確かで、剣術武術にも長け、頭脳明晰、その評判は留学先の他国からも絶賛されるほど。そんなクライス第1王子が、このクラスに転入してくるらしい。


「これから夏課題のリストを渡します。その課題の成績が秋学期の席を決めますから、皆さん心して取り組んでください」

 はっきりとは言わずとも、夏課題の成績がクライス王子の隣の席を決めることを意味していた。

 ざわめく学生たちの中、先生は夏課題について淡々と説明していく。

 私はぼんやりと、夏休みの読書三昧に思いを馳せていた。まだ読めていないあの本も、買いたかったあの本も、全部読める。楽しみ。


「では、夏課題に関する説明は以上です。皆さん、充実した夏休みをお過ごしください」


 説明も終わり、私は帰る準備を始めていた。すると。


「セレディナは夏課題どうするの? 大丈夫?」

 友人のデザロットが尋ねる。幼馴染で仲の良いデザロットは、器用で何をするのも要領が良い。すでに荷物をまとめ終えていて、帰る気十分だ。

「うーん、どうしよう? まだ何も考えていないけど」

 夏は始まったばかり。これからのんびり考えていこうと思っていた私は、デザロットの言葉に呑気に答える。

「やっぱり! 私はぎりぎりホールを押さえられたけど、その調子じゃ、セレディナは押さえてなさそうね」

「え、どういうこと?」

「みんな、王子の転入の話があるからって、早くからホールを押さえているのよ。ほら、社会貢献活動はホールで開催するじゃない?」


 そう言えばそうだった。


 社会貢献活動というのは、夏課題の中でもっとも高い配点を占める課題だ。その名の通り、社会に貢献する活動を行い、そのレポートをまとめるというもの。活動は何でも良いが、できるだけ大規模で、できるだけ社会価値があるものが良いとされている。

 多くの学生は王都にある唯一の大ホールを借りて、イベントを行う。

 演劇や演奏会、講演会などを行うことがほとんどで、その収益を慈善団体に寄付したり、無料で市民に開放したりする。貴族たちが自身の名声を高めるチャンスの場でもあるため、親がかりで行う大規模イベントだ。


 それに今年は、王子の隣の席争奪戦までプラスされているわけで。


 戦いはすでに始まっているようだ。


「困ったなあ……適当に演奏会でもして、無難にまとめようと思っていたのに」

「確かオリヴィア嬢が、複数枠押さえているって聞いたけど……」

 デザロットはそう言ったものの、首を横に振った。

「彼女はあなたのことを敵視しているから、多分無理ね」

「そうかな? 一応聞いてみるよ」


 私はクラスの真ん中で話をしている集団へと向かう。


「ホールのことなんだけど」

 私は取巻きに囲まれたオリヴィアに尋ねた。枠があったら分けてもらえないかという主旨で。


「確かに複数枠を所有しているけど、あなたにあげるわけないじゃない」

 オリヴィアが高らかに言う。

「いつも成績上位のあなたにあげたら、王子の隣を奪われかねないわ。王子の隣は、私がいただく」


 そういうわけで、ホールを借りることが出来そうにないので、他の方法を考えなければいけないみたい。


 夏休みということで、学生寮ではなく久々に自宅に帰って来た私は、さてどうしたものかと考える。

 こんなことで、忙しい両親の手を煩わせるわけにもいかないし。とりあえず課題さえこなせればいいわけだから、何か無難なもので終わらせよう。

 私は企画書を考え始めた。

 イベント会社に丸投げしようにも、すでに他の人たちに押さえられている可能性が高い。予算もあるし、時間のこともあるし……もうこうなったら、とにかく自分が楽しい企画にしよう。そうでなければ、割に合わない!


 本好きの私は、本の交換イベントを行うことに決めた。みんなに自分の好きな本を持ち寄ってもらい、その本の良いところを説明してもらって、交換し合うというシンプルなイベントだ。作家や芸能人など、有名人にも参加してもらう。

 あと、子どもには本の無料配布も行い読書啓発活動。これが社会貢献活動。以上。

 そんな企画書をもとに、うちの家のスタッフに頼んで、広い会議室を確保した。ホールと違って会議室は確保できたみたい。これで何とかなりそうかな。

 イベント用の印刷物を作る会社はどこも手いっぱいのようなので、ビラは最低限作るだけで、あとは定期放送(この世界のラジオのようなもの)で告知してもらうことにした。

 とにかくみんなが動いているせいで、イベント関連の会社はどこも忙しそう。


 そしてビラを作った後に気づいたのだけど、私の開催するイベントと、オリヴィアの楽団コンサートの日付が被ってる。今更日付を変えるわけにもいかないし、まあいいか。


 そうして迎えた、本の交換イベント当日。


 会場は本好きが大勢集まってくれて賑やかだった。有名作家や芸能人にも参加してもらっていることもあり、それ目当ての人が多そうではあるけど。

 私は運営スタッフに状況を聞いていた。トラブルが起こればすぐに対応しなければならない。無事終わってくれると良いけど。


 そんなことを思っていると。


「あの人、ちょっと変じゃないですか?」

 報告に来たスタッフが指さす人物は、確かにちょっと変だった。

 帽子を深くかぶり、サングラスにマスクまでしている。髪はウイッグとしか思えないてかてかの黒。顔もわからないし、明らかに不審者だ。

 有名人も参加しているし、警戒するに越したことはない。


 私はスタッフとともに、その不審者に声をかけた。


「あの、ちょっとよろしいでしょうか」

 その不審者はゆっくりとこちらを向いた。


「私、このイベントを主催しておりますセレディナと申します」

 そう言って丁寧に礼をする。

 大抵の人は、帽子をとって挨拶を返すところだけれど。

「何か御用ですか?」

 不審者は早く切り上げたいという様子で、こちらを見ている。

「どのような本を今日はお持ちに?」

「今日は、この本を持ってきました。この本の作者の方もいらっしゃっているようなので、その話が出来たらと」


 不審者は本を取り出して見せた。

 それを見て、私は思わず言う。


「私もその本、大好きです。その本を読んで、先生にオファーしたんですよ。ぜひ本の感想を教えてください」


 本好きの私は、相手が不審者というのも忘れ、思わずそう尋ねた。

 それを聞いて彼は、本を広げてページの説明をしようとする。

 本が読みづらいのか、サングラスをすっと外した、次の瞬間。


「え……?」


 その顔に、私は思わず驚きを隠せなかった。



<次の話へ続く>




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