第8話 亀裂と歪つ
女遊びが酷くなる永と、バンドに入った亀裂。バンドの歪さが、徐々に増していく。
高三になった。やるべき事をしていれば、時間の流れは無為ではない。でも、全てが順風満帆だったかと言えば、そうとは言えない。
永のギターはまるで上達しない。上辺だけ陽キャの真似をするキョロ充になり、滑稽である。おかしなファンもライブハウスに連れこむようになり、泰造はおろか、健一君さえも思うところがあるようである。僕は永に、問わなければならない。バンドと女遊び、どちらを優先するのか、そして答えによっては永を切らなくてはならないのだ。
僕たちは成長している。クアトロは健一君という新たなサポートメンバーを上手く使いこなせる程には、実力と個性を持ち始めている。一体、永は何をやっているんだ。僕の中にも怒りが湧き上がっていた。でも、肝心な時にひよって結局何も問うことができなのだ。僕は友達が遠くに行くことが、とてつもなく辛く、そして寂しかったのだ。
この優柔不断で、また誰かを遠ざけてしまうかもしれない。僕は、優れた人たちが自分の傍に居てくれる奇跡を、また蔑ろにしてしまうのか。
助け舟を出してくれたのは、プルプルちゃんだった。みかささんが抜けたあとのバンドは宙ぶらりんで、プルプルちゃんはフラストレーションが溜まっていたらしい。だから、永に八つ当たりをした。
「恥を知りなさいバカヤロー! 今仲間を失ったら残るのは空虚さだけなんだよ! 一瞬一瞬に魂込めて演るのが芸術なんだよ! 下らねぇことに費やす時間なんか、下手くそなテメェにはないだろうが!」
その圧倒的高火力な罵倒は、永の目を覚ますには十分だった。そう信じたい。罵倒され、目に輝きが灯り、音楽に再び向き合うようになったのが、プルプルちゃんにまた叱られたくないからだと、そう信じる。俺は信じる。決して罵られて元気になったのではないと信じる。だがこんなことで解決するのか? すると信じる。
プルプルちゃんは、健一君とは異なる才能を持っていた。それは、みかささんとも異なるが、3人にはどこか共通するセンスがあった。それは【痛み】だ。そしてプルプルちゃんには、他の2人にはない【禍々しさ】があった。プルプルちゃんはいつも、物足りないような、どこかつまらなそうな顔をしている。そんな彼女が充足した目をするのは、高速スラップ奏法で攻撃的で最高にメタルな空間を創り出すとき。それが僕には、だれよりも強く逞しく、そして破滅的な姿に思えた。
僕は、そんなサウンドが単純に好きだった。心の中に広がる晴れない霧を振り払うその勢いが、心地よかった。それは永も同じだったようだ。それは良い。だが永は、暴走した。
「健一君、次のライブのサポメンは、プルプルちゃんにしたいんだが」
「プルプルちゃん? あのメンヘラっぽい子?」
「まぁ、あの色々と紫色の」
「やっぱその子よね。名前なんて言うの?」
「知らんけど、とにかく話した通りのことで」
「リーダーの見解を聞かないと、納得いかないな」
2人はギスギスしていた。永は本当に、頭が弱い。おちんちんで考えているとしか思えない。そもそもプルプルちゃんの意向を聞きもせず、なぜバンドに亀裂を入れてしまうのか。
僕はなだめることしかできなかった。だがどんな言葉で修復を図ろうとも、健一君の中に芽生えたバンドへの猜疑心を解消することは不可能であると、そんな気がした。
俺はやはり永に向き合わなくてはならないと思った。音楽をやる仲間としてではなく、友としてだ。この頃の永は、もう中学の頃の、好きなアニメについて語り合う友達ではなくなっている。
スタバでコーヒーを飲んで、ガンプラを見に行く。カラオケや楽器屋など、今日という日に音楽は必要はない。そして、少しづつ元に戻すように───。
「なんか懐かしかな、唯音。なんか久しぶりに唯音と遊んだ気がする」
「僕もそんな気がする。ずっと違う日常にいたから。自分らしくないことをしてるような、そがん気もしとるっさね」
「考えすぎやない? 全部日常よ」
そうだ。僕は忘れていた。人生の全てに意味がある訳ではないのだ。
「たまにはこういう息抜きも楽しかね、唯音。そういや俺、彼女できたんよ」
「マジかよ。JK? バンギャ? ファン?」
「ファンのバンギャのJK。最近ずっと、その子に振りまわされとって、嫌になっとった。でもここで別れたら、俺の憎むヤリチンゴミカス陽キャと同じんなるけん、それは嫌で、また振り回されとるって感じ」
永はさりげなく僕を置いていってしまっていた。だが今はそんなことどうでもいい。いや気になる。腹立つ。でも祝福の思いもある。そして今はどうでもいいからと、話を先に進めようとする。
だが、進める先とはなんだったろうか。永の最近の異変の正体は、その彼女だ。僕がまだ知らない恋人の悩みに何かを言ってやることはできないし、それが正解にも思えない。
「まぁ……まずはおめでとう」
「あざます」
「お前そんな状況なのに、プルプルちゃんをサポメンにしようなんぞ思ってたのかよこの女好きめ」
「あれはマジですまんかった。泰造にも悪いことしたと思う。健一君にも。でも……健一君は眩しすぎた」
「まぁ……分かる」
みかささんの時みたいに、重たい結末にはならなかった。男の友情とはなんたるか、再確認した気分であった。
ゴールデンウィークの頃には、健一君はサポメンを断るようになり、梅雨の頃には、幼なじみの酒本哲也君と、バンドを解散させていた寶井君によって結成されていた新バンドArcobalenoのベースとして正式加入していた。小野君は就職のためにバンド活動を辞めていた。
プルプルちゃんは当面のあいだ、バンドのサポメンになってくれるそうだった。
クアトロは少しだけ、歪さが増したような気がした。




