第7話 才能、相愛する
みかさが抜けたあとの生き残りを賭けるクアトロ。新たな才能を迎え入れるも、唯音は無性に不安に駆られる。
高校三年、春。
みかささんが抜けた後のクアトロは、瀕死に陥るか変異し生き残るかの瀬戸際であった。
そしてクアトロは、健一君という作曲センスの固まりを手に入れ、見事に生き残った。
健一君の楽曲の雰囲気は、みかささんとはまるで異なる。みかささん作曲の楽曲には、パンクっぽさや、J-rockらしい簡単そうに見えて難しい、軽い音ばかりで構成された聴きごたえあるグルーヴ感が演出されていた。それが僕たちから溢れ出る若くてエネルギッシュな雰囲気とよく合致し、これまでのクアトロは人気を獲得していた。
しかし健一君は、とにかく個性が売りであった。心の琴線を鳴らすメロディラインと、キャッチーさとダークさが融合する独特なサウンド。
クアトロの実力はそれを的確に演奏することで、ライブパフォーマンスできるレベルではあった。
実際、ファンアンケートでは、演奏のレベルの高さを賞賛する声が、ちらほら聞こえ出していた。しかしそれは、主に泰造や健一君といったリズム隊に対する評価であった。次点は僕で、魅力的なベースに負けないだけの深い声質が、バンドをイロモノにさせない屋台骨といった絶賛もあれば、音域が狭く表現力に欠けるという批判もあった。
確かに僕は音域が狭い。特に評判があるベースの美しさをさらに際立たせるならば、やはり僕は音域を広げなくてはいけない。もう悠長にはしない。
僕はボイトレを始めた。月謝1万8000円はけっして安くはないが、僕にできることはやらなくてはいけない。成果はすぐに出るものではない。上手くいかない度に脳裏をよぎるのは、もっと早くに始めていればという後悔。だが僕は選択したのだ。やると決めたからには、やり続ける。後悔は次の選択の糧にするしかないと、人類最強の兵長も言われていたじゃないか。それはもはやアニメ作品のセリフではない。僕の人生哲学にもなりうる金言であった。
「必要ない後悔はしねぇ。今できること、やるべきことをやるだけだ」
そんな僕の姿勢を、健一君はよく見てくれていた。そして、期待の言葉をかけてくれた。
「松本君が努力してるのは知ってるし、このバンドはきっといいバンドになるよ。まぁ俺はクズで、できることをやるだけ。努力はあんまり好きじゃないからさ。だから、リーダーが率先して頑張る姿を見せてくれるのは、いい刺激になるよ」
できる人の余裕を僕は思い知った。健一君はなにより、楽しむことを重要視している人だ。だから、同じく楽しむことを率先して欲望に忠実になる永と、上手く付き合えているんだ。僕は永は好きだが、最近はどこか、遠ざかっている気がしている。同じバンドで同じ音楽をやっているはずなのに、それがどうしてなのか、僕には分からない。
永にはもう少し、レベルを上げるように努力をしてほしい。ファンアンケートでも、ギターの音が半音ズレていたり、音質が軽すぎて曲と合っていないとか、フレーズがちゃちいとか、批判が多かった。バンドのレベルが上がるにつれて、その演奏力の弱さが悪目立ちし始めているのだ。
だが強要はいけない。独りよがりになって押し付ければ、人は離れていくだけだ。僕は、健一君が永に良い影響を与えてくれるだろうと、楽観的になることにした。それがいいことなのかは、結果が出るまで分からない。今は自分の決断、というか優柔不断な自分を肯定した現状維持という曖昧な態度を、維持することにした。
なにより永の楽しそうなプレイは、人気だ。口下手ならば僕にはこなせようもないMCや客煽りは、永あってこそであった。
それから、みかささんが抜けたあとのクアトロには、華がなかった。
健一君は僕の容姿を褒めてくれた。
「松本君は可愛げのある顔やし、小柄な所も寶井君に似てるよね。寶井君みたいに、中性的な方向性で磨いていったら、フロントマンとして花が咲きそう」
あの寶井君に準えてくれたことが嬉しかった。僕はやはり、寶井君を意識している。無論それは、ヴォーカルとして、そしてフロントマンとしてだ。
寶井君もまたMCでステージを沸かせるのが得意だが、それは永のようなノリと勢いといったコメディ的な要素頼りだはない。一言一言、声を発する度に女性の黄色い声が聞こえるような、セクシーさがある。そしてちょっとしたジョークも、情熱もあり、彼がそのステージを完全に支配する存在となるのだ。
その存在を思い浮かべれば浮かべるほど、僕は不安になった。健一君も、寶井君ないしHiydeというキャラクターの魅力にやられている。
何か一つ間違えば、健一君もまた遠くへ行ってしまうような、そうしてバンドがまた空中分解の瀬戸際に立たされてしまうような、強烈な不安に苛まれてならなかった。




