第6話 出会いと別れ
みかさに呼び出された唯音は、2人だけで話をする。
父との出会いがあってすぐ、僕はみかささんに呼びだされた。
冬の公園は寒いが、スタバはサイゼではうるさくて仕方がない。みかささんがそういう理由で公園を選んだとき、僕は直感的に、大事な話なのだと思った。
バンドを抜けたいとの申し出があった。
「クアトロは成長してるし、みんなは大切な友達だよ。みんな大好きだ。でも、私のやりたか音楽のレベルに達していなくて、もう足枷のように感じてしまっとるんよ。……ごめん」
どこか遠い人になったように感じた。本当はずっと、実力も経験も人気も、遠い人のはずなのに。寧ろ一緒にバンドをやってくれていた2年間が、貴重な時間だったんだ。
ショートヘアに切れ目なクールビューティは、どこか冷たく大人びいた印象を与えるものだが、僕はそれでもその奥にある少女らしさという本性と上手く付き合えている気がしていた。でも違うのだ。みかささんはずっと、大人だった。未来を見ていた。今の充実や楽しさより、現実を見て妥協を許さなかったんだ。
「みかささんってさ、片親なんやっけ」
「うん、母子家庭」
「僕最近、お父さんに会ったんよ。初めて」
「どがんやった」
「不思議な気分やった。ずっと続いてる。今も」
「それで?」
「それで……いや、それだけ」
「私もお父さんと会ったことがあるけど、嫌な人やった。まだ小学生の頃やったけど、私よりもバカで幼稚なクズって感じがした。自分にもこの人の血が混じってて、いつかは顔も似て、脳みそも似てくるのかなって思うとキモかった」
「ごめんね、嫌なこと思い出させて」
「ううん、ありがとね」
「なにが?」
「私を引き止めようとしてくれて」
「寒いね」
「ちょっと歩かん? 途中まで帰り一緒やん」
そう言って僕たちはベンチから立ち上がり、歩きだした。みかささんは珍しくブーツを履いていないし、防寒第一な格好で、等身大だった。色気もかっこよさもなく、普通の人に見えた。
「うちお母さんが真面目でさ、学校も小学校まではちゃんと行っとったんよ。でも、私やっぱズレてて、周りの同級生らがガキに見えて、チープな道徳とか倫理観とか、そんなことばっか教える教師も嫌いやった」
「教師って専門卒か大卒で、そのまま学校に就職するから世間知らず多かもんね」
「そう、だからこんなバカどもの言葉を真に受けて育ったら、お母さんみたいな真面目な人になって、いつかはお父さんみたいなクズに騙されて私みたいな……お荷物をこさえちゃうって思っちゃったんだ」
「そうなん……? お荷物なん……?」
「私はそう思う。将来の心配は、私のためじゃなくて、私なんかを育ててしまったお母さんへのせめてもの贖罪だった。意味も知らずに歌った歌を、上手だって褒めてくれた。だから……子供だったから、いつかはプロになってお母さんを助けてあげられるって、バンドを始めた。でも周りより下手で、リコにもプルプルちゃんにも、いっぱい怒られたなぁ」
「みかささんにも、そげな時代があったったいね」
「当たり前やかね、誰もが通る道やん。私は他より早かっただけ。だから他よりもチャンスがある。だから……」
みかささんは足を止め、そして僕を見詰めた。その目からは覚悟が滲みでていた。
「だからあんた達とはサヨナラなんだ。一人で、都会へ行く。そしてプロになる」
僕はなぜだか嬉しかった。ずっと、みかささんにとって、僕は必要がない存在だったと思っていた。以前みかささんは、音楽を好んだのは父親由来の遺伝だと、ネガティブなことを語っていた。だから、みかささんにとって音楽は呪いなのではないかと、僕は邪推してしまっていた。僕たちとの時間も、中学の思い出を作った今、もはややめ時を見失った関係なのではないかと感じて、辛かった。
だがこのみかささんの目は、全てを肯定している目だった。出会いと別れ、これからの音楽の道の全てを肯定し、自己を確立した自信溢れる目だった。
「音楽やってて、良かったと思う?」
「あったりまえやん。古参を名乗ること許可するから、自慢にして。いつかまた会うことが会ったら、君を笑ってやる」
「そこは是非、お前も連れていくぞって言って欲しいなぁ」
僕が好きなアニメのセリフを引用している。ガンダムシリーズだ。他の誰が好んでいる訳でもない80年代の古い作品なのに、わざわざ見てくれたということは、僕がみかささんにとってやめ時を失った邪魔者ではないことの、何よりの証左だった。
それから僕たちは、高三になった。みかささんは単身で福岡へ行っていた。僕も後を追いたいと思った。そのためにも僕は、日々の練習やライブ経験を積むことに青春を捧げていった。
このころのライブは、小田君の紹介で迎えたサポートベース、西畑建一君がみかささんの穴埋めをしてくれた。ひょうきんで、陽キャだ。線が細い長身なのもあって、モテる人だった。
モテ男は僕たちの敵だが、女好きという点で、永と特に仲良くなっていた。永は徐々に性格が陽気になり、少し危険な気配がしていたが、本人が楽しそうだから僕は放置していた。
健一君の書く曲は良い。どこか幻想的で叙情的な雰囲気に、直接的ではないエロスを感じさせるメロディが特徴的であった。
だがなぜだろうか、この艶めかしさはどこか、寶井君に似合うようなそんな気がしてならなかった。




