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第5話 父親

 2年生になり、唯音はそれなりに充実した日々を過ごす。そして突然、幼少期に別れたきりの父親から、連絡が来る。

 一年が終わるころ、僕たちのバンドは何度も貸スタジオで練習を続け、ついに寶井君らと同じステージに立つことになった。小田君を通じてスタジオ側とお近付きになり、お金を払って演奏をさせてもらう。お金を払うというのは、演奏をするに当たって課せられるチケットノルマに対し、回収できなかった分を払うものであるが、普通は客が入らないので実質は箱の使用料である。

 メンバーの親類や小田君が観にきてくれた。初めはそんなものだろうと思っていたけど、やっぱり、自分はスターではないんだって思い知らされた。同時に、負けたくないと思った。こうして演りつづければ、いつか、いつか、いつかはメンバーや母親にとって、そして僕自身にとって僕がヒーローになれると信じることにした。

 僕の欠点は、同じギターヴォーカルの寶井君と比べて、明確であった。僕は、音域が狭い。流行りの面と技術の面から言えば、ヴォーカルにはミドルから高音域の間で歌う必要がある。しかし僕はどちらかと言えば、バス、バリトン寄りであり、よく言えば男らしく、悪く言えば流行りとは逆光した声域で歌唱していた。現状であれば、まだ楽曲クオリティを下げる要因にはならない。

 だがこれは、改善しなくてはいけない課題だ。頭では分かっている。分かっているが、こうして楽しみながら時間をかけ形作られていくバンドの環境を崩したくないという思いが、血反吐を吐くほどの努力を推奨し、メンバーらも共にバンドのクオリティを上げていくことを望む一人の自分に、待ったをかけてしまっていた。僕は、次のステップへ進む為の自分に、脱皮できないままだったのだ。


 二年になって、クラスも変わった。それでも、毎日は変わらなかった。それは良くも悪くもである。

 この定時制高校というのは、夢追い人だけではなく、ただ自堕落な生徒が落ちこぼれてたどり着くこともある。いや寧ろそういう人の方が多いだろう。

 そういう生徒の中には、僕たちみたいなバンドマンが好きな人もいる。バンギャの女の子がいた。名前は綾乃ちゃん。一言で言ってしまえば、ビッチである。金髪ギャルのような風貌だが、決して陽キャではなく、内向的で自我が強いタイプだった。個人的にはこういう子は苦手だが、それでもバンドに興味を持ってくれたことが嬉しかった。

 綾乃ちゃんはかなり小さな女の子だった。ちゃんと聞いたことはないけど、150cmもないだろうと思う。ちょっとだけ出っ歯で、乾くのかときどき舐めているのが個人的には少し愛らしかった。

 僕が初めてデートをしたのはこの綾乃ちゃんだった。そのころにはもう、八月になっていた。普段はホットパンツを履くようなギャルが、着物姿と、慣れない下駄のせいでオロオロと歩いてくる。今思えば最高に青春をしていたと思うけど、この時の僕は、毎日バンドのことで頭がいっぱいで、これもファンサのつもりだった。

「唯音君の声って良いよね。なんか、子宮に響くっていうか」

「あっ、えーそうなん? えーありがとう」

 僕は苦笑いした。

 ランタンに彩られる石造りの街。これが綾乃ちゃんと過ごした最初で最後の夏だった。


 僕はその後、人伝いに少しづつファンができた。同級生やその友達、その兄弟姉妹というふうに、数珠繋ぎであった。

 そのファンの中に、「歌詞がいい」と評価してくれる人がいた。誰かの弟か妹、小学生の意見だった。

 マセガキめと愛おしく思わないこともない。

 だが後で知ったのだが、この子はネグレクトらしかった。愛情を貰えず苦しむことを上手く言葉にできない子供に、僕の拙くて実直な「見て欲しい」という歌詞が刺さったのだ。

 ドラムの泰造君が書いた歌詞も一部の人に刺さっていた。心の中にずっとある鬱憤や、中学にOB気取りで現れてはちょっかいを出してくるクズに対する怒りを、爆発させる歌詞だった。尾崎豊のように犯罪自慢に受け取られかねない歌詞だが、自分の代わりに馬鹿な真似をして鬱屈した環境、社会に対するアンチテーゼを表明していて、それが良かったのだ。


 冬になると、突然、母がこんなことを言いだした。

「お父さんにね、唯音が音楽を始めたことを教えたんよ。そしたら、唯音が演奏してる姿を観てみたいって」

「観せたと?」

「ごめんね、勝手に見せちゃった。中三の文化祭ん時んとと、こん前のステージんとをね、観せたったい。初めて、唯音に興味を持ってくれて、それがお母さん嬉しかったんよ」

 父は母や僕に、興味を抱いてなかった。僕の幼少期に離婚して以降、養育費以外に接点はなかった。母が父をどう思っていたか詳細は知らないけど、寂しさを抱いている印象はあった。

 父と母の話を、昔、少しだけ聞いたことがある。出会いはライブハウスで、父がナンパしたことにあったらしい。

 僕は父のことを困った変な人だと思っていた。だが数日後、父が僕の歌や選曲、自作曲についてあれこれ感想をくれて、それが的を射てる内容だった。だから僕は、違和感を抱いた。今までずっと無関心だったのに、急に好意的に受け入れてくれた父。

 父とはなんだろう。人生を形作るひとつの柱───である気がする。

 その瞬間、心の中にポッカリとした穴があることに気づいた。それは今、形作られた穴だ。今まではなかった。だが、その穴はできるべくしてできたのだ。不思議な気分だった。

 父は僕に会いたがるようになり、僕はそれを了承した。この不思議な気分を、ほじくり回したくなったのだ。

 父は聞いていたよりも、普通の人だった。母は父に歪んだ愛を持っていたようだ。情熱的で冷たく、優しくて怖い人。そんなのは、母の目から見た極端な一面を、撞着させた表現に過ぎないのだと悟った。

「今さら、父親として扱ってほしいなどと無理は言わん。それでも俺は唯音にとって、お父さんでしかないぞね」

「いつも通りでいいですよ。僕もいつも通りでいますから」

「あいがとね。唯音、お前と会えて、十数年ぶりに俺の人生が動きだしたように思う。頼ってくれとは言わん。でも、頼られたなら、可能な限り手を貸すけん」

 父との出会いで、少し自分が変わったような気がした。根っこに足りなかった部品が入れられて、思うように前に進めるようになった機械の様な感覚だ。不思議な気分は、ずっとほわほわと続いていた。

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