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第4話 サングラスの奥

 唯音は永や小田がイチオシする男、寶井栄に会うべく、そのライブへと足を運ぶ。

 ライブハウスに乗りこんだ。まだまだ慣れていないから、暗く、人が感性むき出しで立ちこめるこの狭い部屋に、まだまだ怖いという気持ちがある。

 この頃からだと思う。僕は、自分を認めて欲しいという思いが芽生えていた。多くの人に「ファンです」とか「応援してます」とか言われたいと思うようになったのは多分、この日の寶井君の姿を見たからだと思う。

 声がガラガラにさせながらシャウトし、艶めかしく歌う。女性でも男性でもない。そこにいたのは性別を超越したセクシーな人であった。歌唱力も楽曲の魅力も相まって、それは寶井君という一人のスターを演出する要素に昇華し、全てが溶けあって、混ざりあって、最高のステージになっていた。

 あの日の文化祭で【I'm gonna be a Hero】を演奏した自分と、あのTVで観た【Dominator】を演奏するAlmelo。その差の正体を教えられた気がした。

 つまり彼らには、プロと肩を並べられる圧倒的な実力がある。そして、素人の僕にも分かるほどの、圧倒的なセンスとカリスマ性が、そこにはあった。

 ステージを終えた寶井君と、楽屋で挨拶することになった。彼は、サングラスをしていた。夜にサングラスとはなんとも洒落れていやがる。しかし似合っているから、冗談でいじることもできない。

「あ、寶井栄です。松本君やんね。思ってたよりえっちぃ顔してるね」

「え、えっちぃ? 男食いする方なの?」

「違うよ〜そっちの方はまだ童貞よ」

 しれっと、そっちの方はと付け加えられたことに、ドキッとしてしまった。10代中盤で、僕はみかささんと手を繋ぐだけで全身に電気が走るほどの衝撃があったのに、彼はもはやその先を行っているのである。でも、悔しいと思えないほどの色気と個性、そしてそれと相反する親しみやすさが、彼にはあった。

 つまりは彼は、この上なく魅力的な人間なのである。

「あんまりジロジロみないで〜松本君。男の子が好きなの?」

「いえ! 綺麗なお姉さんがすきです!」

「敬語要らんよ〜もう友達だよ?」 

 寶井君には、ノンケノーマルな僕をもゾクゾクさせるエロさがあった。

 でも寶井君は、そんな自分にどこか疲れているらしかった。

 小田君曰く、寶井君の本性はもっと繊細で、引っ込み思案な内向型。内弁慶の様な人らしい。しかし持ち前のルックスやセンスから、彼はステージの上のHiydeヒイデで居るしかないのである。

 本当は、自分のままでいたい。しかしステージの上で生きていくなら、求められる自分を演じるしかないのである。

「栄は美術科の生徒なんよ、唯音君。絵を書いて生きていたかったんよ。でも栄はね、色弱なの。黄色と緑を見分けられないくらいに、色が分からない」

「高校に入ってから分かったことなの?」

「いやちごう。ずっと絵が好きやったっちゃん。小学校の先生がね、優しかったから、好きなように描いた絵を認めてくれたんよ。上手い下手じゃなくて、一番楽しそうな絵だからって」

「素敵やんねその先生」

「他の先生は、良くも悪くも職業教師やったから、良いとも悪いとも言わんかった。栄は自分の絵が通用すると思っとったけど、入ってそうそう、実力がある人達と比べてしまったんよ」

 彼は好きな絵ではなく、音楽の才能に恵まれていた。いやその表現も違う気がした。その違和感を、小田くんが明確に説明してくれた。

「栄はアーティストなんよな。あるいはクリエーター。絵師でも、ミュージシャンでもないんよな」

 歴史好きだからか、足利義政あしかがよしまさを思いだした。室町将軍となる血筋に生まれながら、政治にはとことん才能がなく、一方で芸術センスに優れ銀閣寺を設計するなどした人物だ。

 人の『好き』と『得意』は必ずしも一致しない。僕は一致してるといいななんて、願うことしかできない。


 それから僕は度々、寶井君、小田君のバンド、Jesusジーザス's Clineクラインのライブへ足を運んだ。

 このバンドはとにかくカッコイイ。とにかく名前が良い。寶井君が名付けたらしいのだが、その意味は「神イエスの変化」。イエスの言葉や存在の価値でさえ、場所が変われば変化していく。自分たちも所詮、必要とされる場所でしか存在できない───いやカッコよすぎるやろがい。

 必要とされる場所にも程度の差があって、ファンの熱意にも差がある。それでも、必要としてくれる人がいるから、応えるように自分たちの表現を続けていくのだろう。僕には、そんな思いも含まれているように思えた。

 つまりは、やり続ければ、誰かのヒーローになれる。僕の音楽のスタンスを、寶井君の中にも感じた。僕にも、ああ成れるのかもしれないと、何故だかそう確信できてしまうような感覚があった。

 このバンドのカッコ良さはそれだけではない。やはり曲だ。曲がいいのだ。それから演出、そしてキャラクターがいいのだ。それもそのはず、その全てを寶井君が行っているらしい。作詞作曲から、舞台衣装のファッション、そして小道具などのバンドプロデュースに至るまで、統一され完成されているその美しさは、全てが寶井君の才能によって描かれている絵の世界であった。

 僕は憧れに、身を焦がされる思いであった。

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