最終話
歪さが増したクアトロはクリスマスライブにてAlcobarenoとの対バンを勝ち取るため奔走する。
プルプルちゃんがクアトロに正式加入し、迎えた12月。僕たちは、クリスマスライブで寶井君らArcobalenoとの対バンの席を勝ちとるべく、箱でのライブを重ねた。オーナーから課せられた「12月中にチケット100枚売ったら、クリスマスに対バンさせてやる」というノルマは明確な目標となった。
特に精を出していたのはプルプルちゃんだった。練習のあいだは喫煙すらしなくなり、少し痩せたようにも見えた。全身全霊で取りくむ姿は、みかささんを想起させる。こうやって、みかささんの前でも練習し、出来損ないだった彼女を最高のシンガーに育てあげたんだ。歳もそんなに離れてはいないのに、姉御のようにバンドを支えてくれている。
努力を続けるのはプルプルちゃんだけではない。泰造は最近、洋楽のドラマーから影響を受けたらしく、安定感と高クオリティな即興性を手に入れていた。なんでも、チャドなんとかという、アメリカのドラマーらしい。彼のグループ感は凄まじいものがあると力説していたが、洋楽に疎い僕にはよく分からなかった。だが彼のドラムプレイがアマチュアの下手なそれとは異なり、本物であることは僕の耳でもわかる。
サポートギターとして新たに参加してくれた高島慎太郎君は、アイドルのような顔立ちの子だ。演奏もそれなりに上手く、永の抜けた穴を容易に埋めてくれた。
しかし僕たちは、チケットノルマを達成できなかった。あと7枚、手が届かなかった。
僕たちは対バンこそできなかったが、93枚のチケットを売り切り、クリスマスイブに、ほとんどArcobalenoの前座のような形でライブを行った。
盛り上がりは悪くはない。演奏、3つの楽曲の選曲、パフォーマンス。その全てが僕たちの今持ちうる全力であり、嘘偽りない本気のステージだった。
新曲の【暁】は激しいサウンドと祈るような歌詞がバンドの自己紹介となり、2曲目の【ダーティクリスマス】は、みかささんが書き上げみんなで演りつづけてきた、バンドの定番曲だ。
僕は盛り上がる客席を眺め、少しづつ前に進んでいる実感を覚えながらも、どこか満たされない気持ちになった。
プルプルちゃんへ目をやる。楽しそうだ。だが、どうしてそんなに楽しそうに演れるのか分からない。
泰造は、真顔で黙々と正確なドラミングを続ける。どうしてそんなに集中できるんだ。
僕は何故だかずっと冷静だった。理由は分からない。
2曲を終え、いつもなら永がMCで客の盛り上がりを最高潮にさせるタイミングで、静かになった。慎太郎君はアルペジオで、しんみりとイントロを始める。
そして僕は何故だかスタンドマイクを握りしめ、客席を眺めた。
「失った痛みはまだ消えないけれど、その痛みがいつか、自分を前へ進めてくれる力だったって、そう思える日が来ると、そう信じているから……この曲を、この言葉を、ここにいる皆へ送ります。Peacelesnes」
そうしてラスト、3曲目には代表曲が始まる。
さっきの言葉が、どういう意味なのか、僕はまだ気づいてはいなかった。なぜ泣いているファンがいるのかさえ分からない。そして2番のBメロを歌い出したとき、なぜだが僕の頬を一縷の涙が伝った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
泣かないで これで良かったろう?
独りでも 旅は続くものだよ
いつか光り輝く それまでは
涙ながすなんて もうしない
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
意味は分からないが、それが感動ではないことは、うすうす気づいていた。
これは暗いAパートと対比して、未来は希望に変わることを描いただけの歌詞だったはずだ。だが今は、このライブで抱いたメンバーとの違和感を解消する選択への、宣言のように感じられた。
ライブが終わり、一足先に僕たちのクリスマスは終わった。灯りと熱気が消えたステージを独り眺める。文化祭の頃となにも変わらない手作りのステージに、このままでいいのかという思いが浮かんだ。
寶井君はきっと、何もかもが桁違いのステージを作り上げる。どうすれば追いつける、どうすればライバルになれる、どうすれば───。
「あれ、まだ居たの唯音君」
「プルプルちゃんもまだ帰らないの?」
「うん。余韻に浸ってたくて。心地いいじゃない? もしかして唯音君も?」
「心地いいかは……わかりません。でもまだ、終わりたくなくて」
「詩的ね、君」
プルプルちゃんはヤニ臭かった。その臭いがたまに傷だと思いながらも、そういうことは口に出すべきではない。
プルプルちゃんは僕にハグをして、「先帰るね、バーイ」と言って去っていった。
それから僕はまたステージを眺め、しばらくそうしていた。
あとで聞いたが、Arcobalenoは200枚のチケットを余裕で売り切り、箱を満席にさせていた。そればかりか、外に出待ちファンまでできていたらしい。
寶井君は、高みを目指すために、Jesus'sclineを切った。僕だって、永を切ったじゃないか。もはや───。
僕は寶井君に勝ちたいという思いで、視野狭窄を起こしていた。
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