第11話 在るべき形
プルプルちゃんを正規メンバーに加える条件として、唯音は永に脱退を迫る。
バンドがクリスマスのライブに向けて練習に励む中、永は練習をサボることが増えた。彼はずっと、楽しそうではなく、苦痛を感じているように見受けられた。
プルプルちゃんが「苦痛を音楽にするとやろうが!」と喚いても、もはや永には響かなかった。
ジーパン姿に、金髪ショートヘア。まるでDQNの風貌だ。言動も、音楽への熱意も、姿形も、何もかもが僕たちとは馴染まなかった。
秋になるころ、プルプルちゃんは僕に迫った。
「ワタシを正規メンバーにして永を追い出すか、永を残してワタシが出ていくか。選びなさいよ。クリスマスのライブを最高のものにしたいから、うやむやにはしないでね」
僕には分かっていた。もう決断の時が来ているのだ。自分で決めたその時まで、環境が待ってくれるとは限らない。
それでも、僕にはできなかった。この頃の永はおかしな彼女とは別れたようだが、健一君もドン引きするほどの女遊びを繰り返していて、手に負えなくなっていた。
それが永という人間なのだと、思い知った。
プルプルちゃんは、「きっとそのうちギャンブルを初めて金をせびるようになるわよ」言って、遠回しに縁を切れと迫っていた。泰造に相談をしても、彼は明言を避けた。つまり、プルプルちゃんと同意見なのだと、態度で示していたのだ。
だから僕は、腹を括った。永と二人きりで会って、話をするしかなかった。
「永、もうお前バンドやめろ」
「おん……そうなるよな」
永は泣きだした。寂しいのか、悲しいのか。だとしたら誰のせいだ。その姿は女々しかった。卑しかった。僕は殴り倒したい気持ちでいっぱいだった。いつからこんな、欲望に歯止めの効かない男に成り下がってしまったのだろうか。
軌道修正をしてあげるチャンスは何度もあった。文化祭の終わり。卒業式。全日制高校への進学に、ファン食いに健一君の真似事。僕は全て無視した。面白がって、彼の人生にも、そして何よりバンドに対して真剣になりきれていなかったんだ。
いや違う。僕はずっと自分勝手だったんだ。永を放置したのも、それが僕なりの彼との正しい友人関係のあり方などと言い訳したからだ。そしてそもそも、この期に及んでそんなことを考えていることこそ、自分勝手極まりない。彼は初めから、バンドマンじゃなかったんだ。ずっと女性との接点や、そこで振る舞うための衣装として、ギタリストという華やかさが欲しかっただけなんだ。そんな男に、バンドマンとしての振る舞いや熱意を求めること、そのために彼の女癖の悪さを軌道修正してやろうなどというのは、お門違いだったんだ。
永は友人であり、仲間ではなかった。そんなことに気付かなかった僕は、リーダー失格だと思った。
「すまん……僕がもっと、リーダーやれてたら……。永にも、みんなにも、自分にも、こんな辛い思いはさせずにすんだんだ……!」
僕は泣いた。悪いのは僕だけなんだ。僕はリーダー失格なんだ。目の前の永に、そして心の中のみんなに、謝ることしかできない自分が、情けなくて仕方がなかった。
「なんでお前が泣いてんだよ……唯音!」
驚いて顔を上げてみれば、永は真っ赤な目をまっすぐ僕に向け、睨みつけていた。
呆然とする僕に腹を立てたのか、眉間のシワは更に深くなり、永は遂に僕の胸ぐらを掴んだ。そして眼前で怒鳴った。
「お前はバンドマンなんだぞ! メソメソしてんじゃねぇ!」
「だから……だから……はぁ……!?」
一瞬の逡巡。そして僕は気づいた。そうだ。彼にも自責の念はあったのだ。さっきの涙は捨てられた悲しさや寂しさではない。迷いに迷う優柔不断の僕が、バンドのために決断したことが、彼の心をも動かしたのだ。
「いいか唯音……俺、ずっと辛かったんだよ。でも逃げたって認めたくなくて、辞めたいって言葉だけが、どうしても言えなかったんだ。ありがとう……」
「だから泣いてんのかよ」
「皆の時間を無駄にさせて、怒らせて、バンドをギクシャクさせちまった。ずっと申し訳なかった。でも中途半端に逃げつづけて……ありがとう。助けてくれて。俺をクビにしてくれてありがとう」
永は涙を拭いていた。情けないのは僕だけじゃないのだと、気づいた。僕はようやく、リーダーとしての役割を果たして、永を助けてあげられたんだ。
きっと、こういうものなんだ。何がそうなのか、僕は具体的な言葉は浮かばなかったが、色々なものが在るべき形に治まるような気がして、こういうものなんだと思った。
涙を拭った僕に、永は片腕を回した。僕もまた片腕を回し、少しのあいだ、そうして過ごした。




