第1話 進学先
文化祭を終えた唯音たちは、進学先について考える必要に迫られる。
中学の文化祭は熱狂の内に終わり、僕は舞台で音を奏でるその高揚感を、余すことなく全身で楽しんだ。こんなにも感動という言葉が似合う瞬間を、人生で体験したことはない。楽しいはずなのに、まるで悲しいときのように、内側からとめどない衝撃が押しよせてきて、その一瞬が永遠のように胸に刻まれた。
それから数日のあいだ僕は、常に心ここに在らずといった感じで、ずっとあの日の舞台の上に居た。
「どうした唯音、最近ずっと楽しそうやかね」
「当たり前やかね永。まだあの日から進んどらんけん」
「囚われとうねぇ。早う高校生活に向けて気持ちを切り替えんばいかんぞ」
「あぁ受験ねぇ……やる気なかばい」
中学三年生の後半ともなれば、避けても通れないのが受験である。人生はいい学校を卒業していい会社に入ることが目的であると、世間は言う。その意味も、それがまったくの嘘ではないということも、理解できていた。だが、いささか、不安を煽りすぎであるとも思っていた。もはや洗脳ではないかと、そう思っていたのである。
「そもそも俺ら、受験勉強なんてするタチじゃなかったやん永。鳴海高校行かん?」
「そうねぇ。鳴海か瓊浦やろうなぁ」
市立鳴海高校は、偏差値が低いことでお馴染みの学校であり、不良や夢追い人、中卒で社会に出た成人が通う高校であった。そして瓊浦高校は私立で偏差値が低いことだけが取り柄の学校であった。
「瓊浦高いし全日制やん。鳴海で良くね?」
「分かっとらんねえ唯音。鳴海はおっさんとか、話の通じん不良ばっかりたい。瓊浦はJKがおる!」
「お前らしいよ本当」
どんな学校でも良いと僕は思っていた。例え進学先が異なろうとも、永とは友達で居つづけることは分かっている。それはなぜかと言われれば、ずっと音楽を続けるという夢は同じだったからだ。
帰宅してから僕は、母親へ「鳴海に行ってバンド活動をしたい」と告げた。断る母ではなかった。
「ヨッシーと一緒に地元のスターとして名を轟かせるつもりね。孝行息子たい」
「孝行息子になれるかは分からんけど、いや、なってみせるけん」
「生きとるだけで孝行息子やけん、好きに生きんね。お母さんも好きに生きてきたけん、生きとるだけで良かよ。何があっても、お母さんは唯音の味方やけんね」
夢を追うワクワク感だけでなく、不安も感じていた。そんな僕にとって、それは心強い言葉だった。どんな結末になろうとも、帰る場所があるというのは、恵まれている自覚があった。
僕はアニメ好きだったこともあり、安定した普通の家庭環境というものは、特別なものだということを知っていた。それに、バンドマンというのは、総じて辛い過去を持っているものだ。普通に生きられないからこそ、売れるか死ぬかという気持ちで熾烈な競争を勝ちぬき、天下を取るのである。僕は自分が普通を捨ててでも、好きに生きることを認めてくれる母の存在がありがたかった。
僕が気になっていたのは、みかささんの進学先だった。全日制で、同じ制服を着て朝から学校に集まる瓊浦も、定時制で夜に私服で学校に集まる鳴海も、みかささんには難易度が高いように思えた。中学生活を送らなかった彼女にとって、学生生活そのものもが馴染めるものではないように思えたのだ。
だから、LINEで聞いてみた。みかささんは中卒で音楽を続けるのか、いやそもそも音楽を続けるのか。疑問を解消するには本人に直接聞くしかない。
【みかささんって進学はどこにすると?】【僕は鳴海っていう定時制のとこ行くつもりけど、みかささんどうするん?】
【夜遅くに進学の話なんてすんじゃないわよー】
濁された。たしかに日をまたいですぐに連絡するなんて、非常識なことをしてしまった。反省。
【ごめんなさいー】【ていうか音楽続けるとよね?】
【そうねーその為にも中卒で都会に行くべきか迷っとる】【まぁ現実的なところは通信行って、都会で活動もしつつここに残るかなぁ。一人で都会に行っても、バイト漬けで活動できんごとなりそうやん?】
みかささんは自分よりも真剣なんだと思った。夢を追うというのは、ステージに立つ自分と現実をリンクさせて、地続きにするということだ。つまりはお金や生活というものが、嫌というほどまとわりついてくる。
みかささんの家も決して裕福ではない。僕と同じくらいの貧困層だ。それだけ近しい家庭環境に在りながら、そのリンク作業を怠らない彼女に対して、尊敬にも近い念が芽生えた。
【真面目だよねみかささんって。俺も同じ夢追い人として通信も視野に入れて考えてみようかな】
【真面目に考えるより、さっさと決めて音楽のこと考えたら??】【高校なんてどうでもいいじゃん】
【確かに……(ヨダレを垂らして横たわる坂本龍馬のスタンプ)】
【きも】
【ごめん】【(ヨダレを垂らして横たわる坂本龍馬のスタンプ)】【それはそうと一緒に音楽続けてくれるん?】
【まぁ良いけど、それはアンタら次第。ついてこれるなら】
【頑張る】【血走った目でうぉぉぉと叫ぶ坂本龍馬のスタンプ】
スタンプに既読はつかなかった。これがウザ絡みであると気づくほど、当時の僕は大人ではなかった。




