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団欒はある家

作者: 唐揚げ

 仕事帰りの事だった。

 安月給のサラリーマンとして日々こき使われる俺は、疲れ切った身体を引きずるようにして帰路についていた。サービス残業こそしないが、ほぼ終電のギリギリに滑り込むように電車に乗り、揺られてという毎日は確実に自らの身体にダメージを蓄積させてくれていた。

 駅前のコンビニで買った弁当と缶ビールが入ったビニール袋を提げて歩く。


「どうしてこうなっちまったんだろう」


 子供の頃はこんな風になるなんて微塵も思ってもみなかった。

 そもそも、もう少しばかりまともな生活が送れると思っていた。結婚もしたり、子供がいたりと思っていた。しかし、今の自分はどうか。40代にもなって独身である。社会的にも晩婚化とは言われてはいても、実際にそういう立場に立ってみるととてもではないが、こう、くるものがある。

 そんな風に考えながら俯き加減に歩いていたからか。

 道の途中に立てかけられている看板に蹴躓いてしまった。もんどりうって冷たいアスファルトの上に転がる。


「なにやってんだ。俺」


 泣きそうになるのを堪えながら、塀に寄りかかるように座り、ビニール袋の中から缶ビールを取り出して開ける。ぷしゅっという音と共に麦芽とホップの匂いが私の鼻に入り、たまらず、口をつける。

 喉の奥へとビールを流し込むといくらか痛みがマシになる。

 酒臭い息で一息つくと、目の前の家が目に入った。

 生垣の向こうには、大きな窓があり、そこから明るい光がこちらを照らしている。大きな窓はカーテンを引いておらず、中が丸見えだった。リビングだろうか。大きなテーブルの上には、食事がぞろりと並んでいた。

 そして、それを囲む家族。

 俺と同じくらいの年齢をした父親、そして、少し若そうな母親、小学生低学年くらいの子供たちが二人。

 美味しそうに食事を食べて、笑っている。

 いかにも絵にかいたような家族団欒。

 それがあった。

 俺の手元にはない。それがあった。

 

「羨ましい」


 こぼれるようにそう言葉が出た。

 大きな窓の向こうには欲しい物があった。

 そして、そのまま、滑るように視線が動き、停まる。


 家の玄関が開いているのだ。明るい光を煌々と照らしている。

 あの光の中に行きたい。


 ふらふらと、ヨレヨレという風に頼りなく立ちあがり、一歩踏み出す。

 確かで確実な一歩一歩が扉へと進めさせてくれて、土地に一歩踏み込み、歩みを続ける。

 玄関扉まで、ちょうどあと一歩という時、はたと足が止まる。


 玄関扉から見える家の中、廊下から違和感があった。

 違う。

 静かすぎるのだ。

 家族が団欒をしている家、その家としては静かすぎる。生垣から見た光景の時も、音がしなかった。遮音性がいくら高い窓とは言えども、子供のはしゃぐ声ぐらいするものである。というよりも、今は、終電もなくなった夜中だ。

 夜中に子供がはしゃぐのも、食事を食べるのも、団欒を囲むのも変じゃ、

 その時、ぱっと目の前の家、廊下から灯りが消えた。

 廊下の奥には真っ暗闇が残っている。


 震える足で踵を返し、走り出す。

 振り返る事はしなかった。

 それ以降、仕事も変えて、その家の近くを通ることもしなくなった。もしも、その近くを通り、また、その家を見たらどうなるか。それよりも、何よりも、その家が本当にあるのか。確かめる気がないからだ。

 もし、家がなかったら、そう考えてしまうのだった。

 

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