ラブレター編④
昼休みが終わり、五限目、六限目と淡々と授業を受け、ついに放課後を迎える。
僕は指定された場所へと向かう。
「確か、体育館裏だよね……。少し肌寒い……」
緊張と寒さが相まってか、身体がブルブル震える。
心臓の鼓動の音がいつもより大きく聞こえる。リズムも早い。
でも大丈夫。
あの二人のアドバイス通りにやればいいだけ。
断る時はきっぱり断る。
ただそれだけ。
「体育館裏と言えばここだと思うんだけど……。……もしかしてあの子か……?」
落葉も始まりつつあり、綺麗な夕焼けにさらされ、風で葉っぱが舞い落ちている中に、一人の女の子が立っていた。
現在この場所には、僕とあの子しかいないから、この手紙の差出人はあの子とみて間違いないだろう。
僕はできるだけ驚かせないよう静かに近づき、そっと声をかける。
「え、あ、あの……。どうも……。こんにちわ……」
「……え、あ、こ、こんにちわ……」
「……」
「……」
すごい小さい子だな……。
髪型は三つ編みでおさげ。髪色は綺麗な黒髪だ。
そして丸眼鏡。制服も校則通りに着ている。
ピアスなどのアクセサリーなどは一切身に着けていない。
いかにも真面目な図書委員って感じ。
しかもこの子……。後輩じゃないか……。
僕らの高校は、上履きの色で学年が分かるようになっている。
一年生は青。二年生は緑。三年生は赤。
僕は二年なので緑色の上履きを履いている。
そしてこの子が履いているのは、青色の上履き。つまり一年生である。
いやまあそれにしても……。
なぜ無言!?
この無言の時間が一番気まずいって前言わなかったかな!?
しょうがない。ずっと黙ってても始まらない。
僕から喋りかけるとしよう。
「あ、あの……。この手紙、読ましてもらったんだけど………。差出人は君でよかったのかな……?」
「……あ、はい……。わ、私です……」
「……そ、そうなんだ……。そ、それで、その、この手紙に書いている内容なんだけど……。僕の事が、その……。す、好きって書いてあるんだけど……」
「……」
…………いや黙らないでー!!?
僕も今最高に緊張してるんだから!!
「……その手紙に書いてある通りです……」
か、書いてある通りって……。
つ、つまり……。
「……つまり、僕のことを恋愛的な意味で好き、ということ……?」
「……はい……」
「……そ、そうなんだ……」
……な、なるほど……。
でも、さっきから気になっていることがある。この子の表情がものすごく暗いのです。
普通好きな人に告白するときって、もっとこう、恥じらいを持ちながらというかなんというか……。
この子は、その恥じらいの雰囲気がない。
それよりも、なんだろう……。何かに怯えているような……。
少なくとも、暗い雰囲気でするものではないような気がするんですけど……。
「……そっか……。でもごめん。君の事はよく知らないし、僕も恋愛的な事はよくわからないんだ。だからごめん。君の恋人にはなれないよ」
僕は言い終わった後に、軽く頭を下げる。
……ど、どうかな!?
桂さんに言われた通り、きっぱり断れたかな!?
相手の表情は見えないが、まだ返事は返ってこない。
「……」
まだ返事がない……。
一応、返事が返ってくるまで頭はあげない方がいいのかな……。
しばらく頭を下げて返事を待っていると、目の前からスルスルと服と服がこすれるような音が聞こえる。
なんの音だ……?
気になった僕は、ちらりと、目だけこの子に向ける。
僕の目に映ったのは、なんと制服を脱いでいる後輩生徒ではないか。
「ちょいちょいちょい!! なにしてるのさ!?」
とっさに目の前を手で隠した。
ちらっと見えたが、かなり大きかった……。ワイシャツ越しだけど……。なにがとは言わないが……。
ってそうじゃなくて!!
「きゅ、急になにしてるんだよ!? 服着てよ!?」
「……」
僕が服を着るように言っても、止まる気配がない。
ついには、下のスカートまで脱ごうとしている。
ど、どうすれば……!
そんな時、少し離れた草むらから叫び声が聞こえた。
「こらー!! そこまでー!! これ以上はもう見てられない!!」
「ふ、伏見さん……!?」
僕らの所まで全力で走ってくる伏見さん。後ろには桂さんもいる。
「ハァ……ハァ……。あ、あんた何してんの!? いいから服着なさい!!」
伏見さんは、息を切らしながらも服を着させようと説得する。
それでも止まる気配がない。
「いやなんでまだ脱ぐのよ!? あんた痴女かなんかなの!? こんなところ先生に見られたらどうなるか分かってんの!? 停学じゃすまないよ!?」
停学じゃすまないと言われた瞬間、ピタリと動きが止まり、いそいそと制服を着直す。
この子……。一体どういうつもりなんだ……。
「……あっ! 太田君はあっち向いてて!!」
「は、はい!!」
僕は言われるがままに、後ろを向く。
その間にも、伏見さんの問いは止まらない。
「ねえちょっとアンタ! なんで急に脱ぎだしたわけ? もしかして、既成事実でも作ろうとしたわけ!?」
「……」
伏見さんの問いには答えない後輩。
「……なに? 無視すんの? 上等じゃん」
「まぁまぁ。多分なにか事情があるんでしょ。見た感じこんな事する子に見えないし」
声だけでしか判断できないが、無視された伏見さんが後輩に怒り、それを見かねた桂さんが止めに入った、というところだろうか。
「……太田君。もういいよ」
桂さんからのOKサインが聞こえた。
僕は恐る恐る振り返る。
そこには、顔をフグみたいに膨らましている伏見さんと、その横で腕を組んで後輩の様子を見る桂さん。
そして今だに暗い表情をする後輩生徒。
……これはなにか訳ありだな。
明らかに好きな人に告白をしに来た人のする顔じゃない。
「……ごめん。僕も色々起こってまだ頭の中を整理できてないんだけど、とりあえず名前を聞いてもいいかい?」
「……」
こちらに目も向けず、下を向く後輩さん。
……僕の話にも応えてくれないか。
「……大丈夫。さっきの事は何も気にしてないよ。それに誰にも言わない。これだけは約束する。もしこれを誰かに言ったら、僕が責任を持ってこの学校をやめるよ」
「ちょっ! 太田君!?」
伏見さんは驚いたような声を上げる。
でもこれくらいしないと、何も話してくれないような気がする。
「………変わらないね」
「……? 桂さん? なにか言いしました?」
「……いんや? なんにも言ってないよ。それで? 君は話す気になった?」
なにかはぐらかされたような気がするが、今は置いておいて、目の前の子に集中しよう。
「……話しくれないか? この手紙をわざわざ僕に送ってきたんだ。僕もなにかしら関係があるんだろう?」
「……」
応えてはくれなかったが、目は僕の方に向いた。
あともう少し……。
「……話したくなかったら、話さなくても大丈夫さ。でも君はきっと、心のどこかで、誰かに聞いてもらいたい、そんな想いが心の中の、端の方にあるんじゃないか?」
「……っ!」
僕の今の問いかけに対し、少しだが、目を見開いた。
……僕はこれでも人間観察は得意なんだ。今の瞬間を見逃すほど、落ちぶれちゃいない。
桂さんや伏見さんには鈍感と言われるけど……。
「……そして、こうも思ってるんじゃないか? 『誰かに話を聞いてほしいけど、無関係の人を巻き込んで、迷惑をかけたくない』とか……」
「……っ!?」
今回は誰が見ても分かるくらい、大きく目を見開いた。
……そろそろかな。
「太田君……。なんか詐欺師みたいでカッコイイ……。……ウ、ウチの気持ちにも早く気付いてほしいんだけどな……」
「……太田君って、意外に鋭いよね……。まあ、乙女心はまったく分かってないけど……」
「……君は、どこか僕と似てる気がするんだよ。僕も前まで、クラスの中でいじめられててさ。誰にも相談できないでいたんだけど、それでも心のどっかでは、やっぱり誰かに話を聞いてほしいって思ってた。そこで色々あって、この二人に話を聞いてもらったんだ。そしたら、信じられないくらい心が軽くなったよ。それで結局この二人が解決してくれたんだ。今はもういじめられなくなったよ。……まあ、僕は何もできなかったんだけどね」
「……」
僕はできるだけ笑顔で話しかけたつもりだが、どうだろう……?
「だからその笑顔はダメだって言ったのに……!」
伏見さんはなにかブツブツ言っているが、今は無視しよう。
ごめんなさい伏見さん。話はあとでいくらでも聞くから……。
僕は心の中で伏見さんにフォローを入れる。
桂さんは腕を組みながらも、顔は真剣な顔をしている。
そしてついに後輩さんが口を開いた。
「……い、いいんですか……? は、話、聞いてもらっても……」
「……!! ああ! もちろん! 誰にも話さないと約束しよう!!」
そこから後輩さんの話を聞く僕たち三人。
後輩さんは途中泣き出してしまったが、それでも言葉を止めず、嗚咽を漏らしながらでも言葉を吐きだす。
その様子を見て、敵対心をもっていた伏見さんも、真剣に話を聞く気になったようだ。
後輩さんの話に、一字一句聞き逃すまいと耳を傾ける僕たち。
そして、後輩さんから聞いた話の内容は、僕たちの想像を遥かに超えていった。
想像を絶するというのは、こういう事を言うのだろう。
聞いている僕も、吐き気を催すくらいに……。
この章は少し内容が重いです……。
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