ラブレター編③
「乃愛―。落ち着いたかー?」
桂さんは暴走した伏見さんを、めんどくさそうに宥める。
「ふぅ……! ふぅ……!」
伏見さんはだいぶ息が上がっているが、何がそんなに気に食わなかったんだ……?
まったく見当がつかない………。
「……あ、あの……。なにか気に障る事言いましたか……?」
「……ハッ! う、ううん! ごめんごめん! 太田君はなにも悪くないよ! 心配させてごめんね……。ただ……。そうだね……。ウチもその女の子、気になるなー、なんて……」
「そうですよね。今回お二人に相談したかったのは、こういう時、どうすればいいかを聞きたくて。正直、僕自身こういうのは初めてで……」
「……は、初めて……!?」
「? ええ。もちろん」
「……なんて奴……! ……太田君の初めて奪っといてタダで済むと思うなよ……!」
「……伏見さん……?」
……なんだろう。今日の伏見さんは情緒不安定なのかな……?
「このアホは放っといて、太田君はどうしたいの?」
「アホとはなんだ! アホとは! この差出人不明の女よりマシじゃー!」
「はいはい」
「そうですね……。ちょっと迷ってるんですが、このまま無視するのは、やはり失礼だと思うので、放課後に指定された場所には行こうと思います」
「……え!? 行くの!? こんな名前も書かない非常識人の所に!?」
「え、ええ……、まあ……」
さっきから言い方に棘があるのは気のせいでしょうか……。
「やめときなって! こんな得たいの知れない奴のところに行くのは! なにされるか分かんないよ!?」
やっぱ棘ありますね。今日の伏見さんはバラを咥えながら喋っているみたいです。
それにさっきから、指定された場所に行ってほしくないように聞こえるのですが……。
「……伏見さん。さっきから僕に行ってほしくないみたいな言い方をされてるんですけど、なにか理由があるんですか?」
「……へっ!? い、いや……、その……。ほ、ほら! あ、あれだよ!」
「……? なんですか?」
「……あの、知らない人の所に行ってはダメだってママが言ってた……」
………………おっふ。
「……そ、そうですよね!! そうですよね!! し、知らない人に付いていっちゃダメですよね!」
……危ない。
あまりの可愛さに昇天しそうでした。
急にしおらしくなるの、やめてもらってもいいですかね。心臓に悪いので。
「……アッハッハッハ!! きゅ、急に何を言い出すかと思えば……! いきなり子供みたいな事言いやがって……! あー、腹痛い……!」
か、桂さーん!? やめてあげてー!
伏見さんの顔が、熟し尽くしたトマトみたいになってるから!
今にもトマトスープにされそうになってるから!
「うぅー……」
「ご、ごめんごめん。笑い過ぎた」
「ま、まあいいじゃないですか。伏見さんの言ってることはその通りだと思うので。それで、放課後行くのは行くんですけど、もし仮に、こ、告白されるとして、その、相手をできるだけ傷付けない断り方ってあるんでしょうか……?」
「……え!? 断るの!?」
「え、ええ……。まあ……。僕、相手の事知らないので……。もしかして断らない方がいいんですかね…?」
「え!? あ、いやいや全然断って!! もう再起不能にするくらいに断っちゃって!! 一刀両断!!」
「いや、一刀両断はまずいですよ……」
伏見さんが刀で相手を切る真似をしている横で、桂さんは神妙な顔で僕に話かけてくる。
「……太田君。結論から言うと、相手を傷つけない断り方なんてないのよ。告白してくる子は多少の傷を負う事くらい、承知のうえで告白してくるからね。出来るだけ傷つけまいと変にフォローしようとすると逆に傷つけることになるの。女が聞きたい返事は、イエスかノーの二択だけ。強いて言えば、断る時はきっぱり断る。それが一番傷つけない断り方だと思うよ」
「……桂さん。ありがとうございます。そうなんですね……。多少の傷は承知のうえ……。分かりました。きっぱり断ってこようと思います」
やっぱりこの二人に相談してよかった。
このまま相談せずに行っていたら、変に相手を傷つけて後味が悪い終わり方になっていたでしょう。
「……やっぱり、お二人に相談してよかったです」
「いやこいつは何も言ってないけどね」
桂さんは横でいまだにで相手を切る真似をしている伏見さんに横目に言う。
「いえ。伏見さんも、ご協力ありがとうございます」
「あ、終わった? じゃ、この女ぶっ殺しにいくよ」
「あんた話聞いてた?」
……全く話を聞いていなかったようだ。
今日の伏見さんは何かと物騒なのだが、何かあったのだろうか?
原因は僕ではないと、先ほど言っていたし。
少し気になった僕は、桂さんになぜ伏見さんがこうなってしまったのか、訳を聞いてみた。
「今日の伏見さん、なにかと物騒ですよね。なにかあったんでしょうか」
「……それは私が教える事はできないかな。でも、そうだね……。しっかり目の前の女の子を見てあげて。目をそらさずに。そうしたらいつか分かる日が来ると思う」
目の前の女の子……。
桂さんをよく見るって事でしょうか。
「………」
「……なによ?」
「あ、いえ、目の前の女の子をよく見たら原因が分かると言われましたので」
「……はぁー……。私じゃなくてあっち」
なぜかシャドウボクシングをしている伏見さんに、桂さんが顎でさす。
「ああ、すいません。伏見さんの事でしたか。勘違いしていました」
「……あんたって、悪い意味で純粋だよね……。それに、外を見ろって言ってんじゃなくて、中身を見ろって言ってんの。分かった?」
「中身、ですか……? 分かりました」
……内面をよく見ろという事でしょうか。
「でも、内面を見るのは伏見さんだけではなく、桂さんの事も見てますよ。たまに人の心を根こそぎ抉るような発言をされますが、ほんとはすごい友達想いなの、僕でも分かります。そして常に誰かのために行動してる。その行動に僕も助けられましたし。……まあ、こんな付き合いが短い奴が何言ってんだって話ですけどね」
……何かすごい恥ずかしい事を口走ってしまったような気が……。
「そう? そう言ってくれたら私もありがたいけど」
桂さんはいつもと変わらず、クールに返事をする。
「……なーんか、すごいピンクな雰囲気なんですけどー? ウチがトレーニングしてる間に何があったのかなー……?」
「な、何もありませんよ……。それにトレーニングって……。なにも喧嘩しに行くわけではないので……」
「ウチにとったらこれは戦争なの!! 向こうからの宣戦布告よ! こっちも色々準備していかなくちゃ!」
「せ、戦争て……」
告白ってそんな恐ろしい事だったのか……。
僕が身を震わして恐怖していると、予鈴のチャイムが学校中に鳴り響く。
「あ、予鈴ですね。すいません。次移動授業なので、早めに教室に戻ります。お二人とも、相談に乗ってもらってありがとうございました」
「分かったー!」
「……おつー」
浩二郎は桂に言われた事を頭の中で整理しながら、教室に戻っていった。
そして、残された二人はというと……。
「さーて。もちろん放課後は尾行しなくちゃね。相手の顔を拝んどかないと。めちゃくちゃ美人とかだったら、強敵にもなりうるしね……! ……恭子? どうしたの? なんか顔真っ赤だよ?」
「……別に。ちょっと暑かっただけ。さ、私らも戻ろ」
「そうだね。待ってろよ……! 泥棒猫……!」
パタパタと、自分の手で顔を仰ぐ恭子。
もう十月の後半だというのに、顔が真っ赤になるほど顔が火照るのは、今日がたまたま快晴で日差しが強いからなのか。
それとも……。
「……ったく。ああいうのは乃愛に言えっての……。私に言ってどうすんのよ……。浩二郎……」