ざまぁ編 ~完~
汚物親父とお兄さんがベンチにちょこんと座って落ち込んでるシュールな絵面を横目に、僕たちは、宇崎グループと相対していた。
とはいえ、この人達にはもう敵意はないだろうけど。
完全に怖気づいて生まれたての鹿みたいにプルプル震えている。
僕たちが黙って今だに正座をしている先輩を見下ろしていると、リーダーらしき人が口を開いた。
「す、すいませんでした……。お、俺たちはただ宇崎の野郎に頼まれただけで……。もう敵意はありませんから……。どうか見逃してくれませんか……?」
「……どうする? 太田君」
伏見さんは僕に判断を委ねるようだ。
まあ、この人たちは直接的には何もされていないですからね……。
ただ……。
「……あなたたちの事は正直どうでもいいんですが、ただ一つだけ」
「な、なんでしょうか……」
「桂さんに謝ってください」
そう。この人達には何もされていないが、桂さんを舐め回すような目で見ていたから。
だけど僕も男だ。
汚物もついてるし、女性を性的な目で見てしまうのは仕方がないと思う。
だけど、あんな堂々と表に出されると、さすがにな……、と思うので、一言謝ってもらいましょう。
「ん? 私? ああ。別にいいのに。私美人だから、そういうの慣れてるし」
……自分で言ってしまうのか。
いや事実なんだけども。
「とりあえず、謝ってください。謝ったらもう帰っていいです。こちらとしてもこれ以上、状況をややこしくしたくないので」
「わ、わかりました!」
そう言って、先輩たちは一人ずつ僕たちに詫びの言葉を言いながら、帰っていった。
さて……。残るは……。
「じゃ、じゃあ俺も帰っていいー--」
「「「ふざけんな」」」
何が帰るだこの野郎。お前が一番の元凶だろう。
「これで分かった? あたしらに手を出したらこうなんの。特に乃愛に手を出したら、ね。言っとくけど、学校の中でも、もう今後一切私らに絡んでくんなよ。特に太田君に。まあ、この一件があってまだ懲りてないんだったら、本気で相手してやるよ。次はホントにその汚物がなくなると思った方がいい」
うーん。汚物を引っ張らないでくれませんかねー……。
宇崎君も股間を抑えちゃってるので……。
というか、あんたのその綺麗な顔でそんな事を言われると、宇崎君が新たな扉を開いてしまいそうな気が……。
「す、すいませんでした……」
「……ねえ、和樹君。もうこんな事はやめて欲しいな……。前までは仲良く遊んでたじゃん……。ほんとはウチも和樹君の事……」
「の、乃愛ちゃん……! そ、そうだね……! もうこれからは反省して、まっとうな生活を送るよ! だから、これからも俺と一緒にー--」
……おっと。これはこれは、意外な展開に……。
まさかあの伏見さんが、宇崎君の事を……。
「なーんてな。何期待してんのこのカス」
「……え……」
ですよねー。
グッバイ。カズキ ウザキ。
「は、なに期待してんの。キモ。キモキモキモ。あんた、トイレでウチにしようとした事、太田君に今までしてきた事、忘れたの? あれだけの事をしておいて、今だに許されようとする魂胆が理解できないわ。許されると思ったわけ? しまいには変な奴らまで連れてきてさ。バカなの?死ぬの?いや死ねよ。この際だから言っとくけど、あんたの事、前から気に食わなかったんだよね。なんかしょうもない先輩たちを盾に使ってイキり散らかしてさ。キモい目でいっつもウチの事見てくるしさ。気付いてないとでも思った? あんたウチの足とかしょっちゅう見てたよね。キッモ。ウチの事そういう目で見ていい男はこの世でただ一人だけだから。分かったら、今後一切喋りかけてくんな。ウチの事見んな。というかもう存在すんな」
……元気かい。僕のファン第一号、宇崎和樹君。
分かっているさ。君のライフはもうゼロだって事は。
だってもう真っ白になってるじゃないか。
でもまだくたばるのは早いよ。
真っ白になっていいのは、リングの上だけだ。
「……ねえ、宇崎君。もう色々言われたと思うから、僕からのお願いはただ一つだけ」
「………な、なん……だよ……」
「三万円。返してくれる? それはばーちゃんに嘘をついてもらったお金なんだ。君が持っていていいお金じゃない」
「……あ、ああ……。ほら……」
「ありがとう。あ、ごめん最後にひとつだけ」
僕はずっと、宇崎君にやってみたいことがあったんだ。
それは……。
「最後に、足を開いてみてよ」
「……あ、足……?」
「そうそう。そんな感じ」
「……太田君。まさか………」
「いけー。やれやれー」
二人はもう気付いたらしい。
さて、全身の力を、脚力に全て注ぎ込め……!
そしてサッカー選手のように足を振りかざすんだ!
「オラァ!!」
「……カ、カハ……!」
「「うーわ……。痛そう……」」
「ふー。スッキリしたー。これでもう僕をいじめてくる事はないでしょう」
ありゃ。宇崎君は完全に気を失ったようだ。
でも自分が悪いよね。自業自得だよ。
そんな汚物を股にぶら下げていては、完全に蹴ってくださいと言っているようなものだよ。
「いやー。見事な蹴りだったよ」
「太田君……! かっこよかった……!」
「え、そうですか? なんか照れるなー」
「さて。こいつどうする?」
「このまま放っておけばいいんじゃない? 目が覚めたら勝手に家に帰るでしょ。ウチらが面倒みる義理なんてないし」
「ま、それもそうか」
宇崎君をここに放っておく事が今確定しました。
でも、なぜだろう。まったく罪悪感が全く湧かない。
「じゃ、この一件の全てを先生達に話して、全て終わりだね」
桂さんはそう言ってくれるけど、少し不安が残る……。
「でも、先生達は、僕の言う事を信じてくれるんでしょうか……? 宇崎君はいつもあの調子なので、割と先生からの信頼は厚いと思うんです……。反対に僕は友達もいなくて、いつもボッチだったので……」
そう。宇崎君は僕なんかより遥かにコミュニケーション能力は高いので、先生達とは仲が良かったはず。
「それは心配しなくていいよ。しょせん、こいつの信頼関係なんて偽物だからね」
「そうだよ! 今はウチらがついてるじゃん! これでも、ウチらも割と先生達と仲良いしね! 女の先生とか一緒にスタバいく仲だし。写真もあるよ」
伏見さんが『ほら見て』と僕にスマホを見せてきた。
そこには、学校で一番美人と噂されている保健の先生と、伏見さんと桂さんが一緒に写っていた。
……学校のトップカースト怖い……。
あまり聞いたことないよ……。
生徒と先生が一緒にスタバに行くなんて……。
しかも写真を見るに、学校の帰りじゃないか……。制服だし……。
「た、確かに、いらぬ心配だったね……。ハハ……。ところで、あのお二人はいいのでしょうか……?」
ずっと気になってたんですが、さっきから向こうのベンチから、どんよりした空気がこっちにまで来てるんですよね……。
「ああ。忘れてた。おーい。もう終わったよー」
「…………終わったのか?」
「うん。ありがとねー」
「乃愛よ……。オムライスはまだか……」
「今日はもう疲れたから、また今度作ってあげる。今日はもう先に帰っていいよー」
「「……今度っていつ……?」」
「今度は今度! じゃ、ウチらこれから学校にいくから」
「「……はーい……」」
そうやって、先ほどのようにトボトボとバイクの方に向かって歩いていく伏見家の男たち。
そうだ! まだちゃんとお礼を言ってない!
「あ、あの! 今日はホントにありがとうございました! それと……。妹さんを巻き込んでしまってごめんなさい……。妹さんを危険な目に合わせてしまってごめんなさい………。ほんとは僕が全部やらないといけなかったのに……」
「……小僧。そんなに自分を責めちゃいかん。少なくとも、乃愛は危険と分かっている所に、自分から首は突っ込まん子じゃ。その乃愛が自分の身を投げうってでも手を差し伸べた。それだけお前を大事に思っている証拠じゃ。それだけ心に刻んどけばいい」
「……ふん。もっと鍛えろ」
「は、はい! ありがとうございました!」
そうだったんだ……。伏見さんはいつも誰にでも手を差し伸べてる人だと思ってたけど、そうではなかったんだ……。
なんか、特別感があって嬉しい……。
「ただし!! これだけは言っておくがな小僧! お前に乃愛を嫁がせる気は全く無いからな!」
「ちょっ! 何言ってんのパパ! そ、そんなんじゃないから!」
「そ、そうですよ! 僕なんかが釣り合うわけがないので! そこは心配しないでください!」
変な勘違いをされる前に、ちゃんと誤解を解かなければ。
次は僕の汚物がなくなってしまう……。
「……むぅ。そこは否定しないでほしかったな……」
「……?」
伏見さんがむくれてる。
か、可愛い……。
そして親父さんとお兄さんはバイクに乗って爆音を鳴らしながら帰っていった。
「さーて。じゃ学校に行きますか」
「はい。あの……。何から何までありがとうございます……。なんとお礼を言ったらいいか……」
「いいって言ってんじゃん。ね、乃愛」
「そうだよ! ウ、ウチは太田君の為なら、な、なんでも……」
「はいはい。発情女は放っといて学校いくよー」
「だ、誰が発情女だし! は、発情なんてしてないし……」
「え~? どうだが」
「し、してないし!!」
「……ふふっ」
これが、友達ってやつなのかな。
暖かい。
それから僕たちは学校に行き、先生たちに事の全てを話した。
最初はやっぱり疑われたけど、そこも桂さんと伏見さんが解決してくれた。
どうも、トイレの一件を動画に収めてたらしい。
これが決定的な証拠になり、先生達も信用してくれた。
まあ、僕を、というより伏見さんと桂さんを信用したみたいな雰囲気だったけど……。
先生達に嫌われる要素は皆無のはずなんだけどな……。
学校での先生達にする報告は終わり、今はその帰り道。
「……あ、そういえば、学校に忘れ物あるんだったー。二人は先帰っていいよー」
桂さんは学校に忘れ物をしたらしい。
なんかやたらニヤニヤしてるのは気のせいでしょうか……。
「なに忘れ物? じゃあ待っとー-」
「ダメダメ!! 今日は一気に距離を縮められるチャンスじゃん! 二人きりで夜の帰り道なんて、今日だけかもしんないよ?」
「ちょっ! 恭子!?」
……何やら内緒話していますが………。
これが疎外感というものですか………。
「じゃ、また学校でー。」
「あ、はい! ありがとうございました!」
「えー……! ど、どうしよ……。なに喋ったらいいの~?」
桂さんには、今度ちゃんとお礼を言わないと。
こういう時って、なにか手土産を渡したほうがいいのだろうか。
「じゃあ、伏見さん、僕らも帰りましょうか」
「ひ、ひゃい……! あ、そ、そうだね………。か、帰ろっか……」
「……? はい、帰りましょう」
あ、もちろん宇崎君は、放って帰りますよ。
だって、自分が悪いよね。
自業自得ですよ。
これにて宇崎に対するざまぁ編は終わりです。
次は、浩二郎の新しくなった学校生活を書きたいと思ってます。




