ラブレター編⑧
そして次の日。今日の放課後が、いよいよ作戦決行の時だ。
今日の作戦の順序をおさらいしよう。
まずは、本田さん一人でいつも通り佐野先輩と接触してもらう。そしてそこで話す内容を録音してもらう。もちろん、最初からスマホで録音アプリをセットしておく。正直これだけでも十分な証拠となりうると思うが、念には念を。ある程度の証拠となりうる会話を録音できたら、そのタイミングで伏見さんと桂さんが突入。
こちらも『録音内容』を餌に、佐野先輩と交渉する。できれば殴り合いには発展させたくないからね。
この交渉がうまくいけば、お互い平和に終わるのだが、その可能性は限りなく低い。佐野先輩が何も対策をしていない訳がないからね。この事がバレたら、自分の人生が狂ってしまう事くらい、自分でも分かっているだろうから。
ではどうするかって?
そこで僕の出番さ。
僕の役目としては、伏見さんたちにやり取りをしてもらっているところを動画で撮る。
ただそれだけだが、これがこちらの最大の武器になる。
この対立は、正義と悪がはっきり分かれているはず。
伏見さん側は、本田さんを救おうとする立場。いわば正義の立場さ。佐野先輩側は、自分がしてきた犯罪を必死に隠そうとする立場。いわば悪の立場。
そのやり取りの動画はどうするか。
それは交渉が決裂し、こちら側が危なくなった時に、僕のスマホでその動画を拡散する。
僕はこれでもネットには友達が多いのさ。すぐさまネットの海に流されていくだろう。そうなればすぐに佐野先輩の住所が特定され、佐野先輩は社会的に抹殺される。
伏見さんや桂さんのスマホで拡散するわけにはいかない。
そんな事をしたら、あの二人のイメージが悪くなってしまう。対して僕は別にイメージが悪くなるどころか元々この学校では認知されてないからね。悲しいことに……。
ここまでうまく行けば、一気に形勢逆転だ。上手くいけばの話だけど……。
ホントはあちらが負けを認めて、自分からこの学校から去ってくれればいいんだけどね……。
三年生の女子生徒を取りまとめていると言っているし、恐らくプライドも高い。そんな簡単に認めてはくれないだろう。
最悪、物理的に制圧することになるかもしれないが、それはできるだけ避けたい。
その一部始終をあちら側の誰かに動画でも撮られたら、たまったもんじゃない。
只今の時刻は、昼の十二時。お昼休みの時間だ。
僕は今日の作戦の最終確認で、本田さんたちと会議を行う。
「それで最終確認だけど、昨日決めた順序で大丈夫かな?」
「ウチはそれでさんせーい」
「私もー」
伏見さんと桂さんは何も問題ないみたいだ。
「……本田さんは?」
「……私は……、やっぱり不安です……。もし失敗して、お三人方がひどい目にあったなんてしたら……」
どうやら自分の心配より、僕たちの事が心配らしい。
いい子だなー。
「それはない。大丈夫。安心して」
絶対に無いと言い切る伏見さん。
「……なんで言い切れるんですか……?……」
「ん~。特にこれと言った理由はないけど、もし仮にそうなった場合でも、太田君が助けてくれるから」
「ええ!? ぼ、僕!? 僕は何もできないと思うけど……」
「そんなことないよ。今回の作戦だって、考えてくれたのは太田君じゃん」
「それは考えただけで、前線に立って戦うのは伏見さんと桂さんの二人だし……」
……僕が前線に立ったって何もできやしない。桂さんみたいに武道を習っていたわけじゃないし、伏見さんみたいに人脈が広いわけじゃない。
ただ作戦の内容を思い付きで考えただけで、あとは安全な所からスマホで動画を撮るだけ。
ただのビビりな臆病者さ。
「自分はただのビビりだとか思ってるでしょ?」
……なんと。心を読まれた。さすがエスパー伏見。
「ただのビビりだったら、美智子ちゃんに手を差し伸べることもできなかっただろうし、宇崎の時だって、ウチらの事守ろうとしてくれた。喧嘩が強くなくたって、太田君には人一倍勇気がある」
「……伏見さん……」
「その勇気だけで救われる人もいるんだよ」
「……ありがとうございます……」
………伏見さんの言葉はまるで魔法だ。人の心を軽くする魔法。
時には残酷な凶器となりうる『言葉』だが、伏見さんはどんな人でも、『言葉』で勇気付ける。
「……ちょっとー。何いい雰囲気だしてんのさー。私らもいること忘れてんじゃない?」
「………むぅ……」
不満そうな桂さんと、頬を膨らまして、いかにも怒ってますという顔をしている本田さん。
かわいい……。
「……なっ……! な、なにもいい雰囲気とか出してないし……。ただ感謝の気持ちを……」
「それがいい雰囲気だって言ってんの……。……なんかいつもより気に食わない……」
「……むぅ……」
まだ膨らませている本田さん。
「じゃあ、今日の放課後に決行だね。集合場所は確か本田さんの部室だったね」
「はい。その日は先生も誰もいないので大丈夫だと思います」
「分かった。ではみなさん。また放課後で」
僕の号令で、昼休みの会議は解散となった。
教室に帰った僕は放課後の事を頭の中で整理していた。
まだ懸念していることがいくつかある。
その中で特に気になっていることは、もし今回の作戦がうまくいったとしても、それでも本田さんの心は完全に救われるのか? 今まで男の人に恐怖心を抱きながらも、周りの人に悟られないよう必死に辛い気持ちを抑えていたんだ。今でも、少しはマシになったとはいえ、まだ本田さんの中では不安な気持ちはあるはず。この作戦が終わった後の事を考えていなかった。これは僕のミスだな……。
でもネガティブのままじゃ、作戦に影響がでる。今は佐野友里だ。
そしてついに放課後になった。
僕たち四人は、本田さんの部室に集まっている。
「そういえば、美智子ちゃんてなんの部活やってんの? この部屋を見たところ、文芸っぽいけど」
「あ、わたし、今は一人で漫研の部活をやっているんです……」
「マン……ケン……?」
なんの略か分かっていない伏見さん。
これはオタク代表として、僕が説明してあげよう。
「漫研は、漫画研究会の略だよ。主に漫画の事について勉強するみたいな感じかな。でも、驚いたな。この学校にそんな部活があったなんて」
「はい。でも今は私一人なんです。一緒にやっていた子がもう一人いたんですけど、私がこうなってから、やめちゃって……。今は顧問の先生と私一人だけです」
「「……なんか、ごめん……」」
「あ、いえ! 今はもう何も気にしてないので。むしろ一人でいた方が、気が楽ですし。結果オーライってやつですよ」
……やはりまだ心の底から笑えてない。
でもそれも今日まで。明日からは何も気にせずに笑えるようにするから。
「それじゃ、そろそろ行こうよ。ちゃっちゃと済ませちゃお。それでまたご飯食べに行こうよ」
「……桂さん。そうですね。行きましょう」
桂さんはもう戦闘態勢に入っている。
「よーし。ウチも久しぶりにはっちゃけちゃうぞー」
伏見さんも同様。ヤル気満々のようだ。
というかこの二人、ただ暴れたいだけじゃ……。
「……本田さん。準備はいい? 佐野先輩がいつも来る時間まで、もう少しだけど」
「……はい。もう逃げません」
「……分かった。それじゃあ僕たちは廊下で隠れておくよ」
「はい。よろしくお願いします」
本田さんの目は、昨日会った時の目とは違い、強い意思が感じられる目をしていた。
「それじゃあ、然るべきタイミングで二人に突入してもらうよ」
「じゃ、またあとでね。なにか危ないと思ったらすぐに悲鳴を上げるんだよ」
「そうなったら、ウチがあいつらボコボコにしてあげるから!」
そう言って僕たちは廊下に出て、身を潜める。
そしてしばらくすると、佐野友里とその他数名の三年生の女子生徒が来た。
「……あの真ん中の人が佐野先輩?」
僕は声量を最小限に抑え、二人に問いかける。
「そ。いかにもボスって感じでしょ」
僕の問いかけに答える桂さん。
確かに、他の一緒に居る人とは雰囲気が違う。
パッと見はいかにも不良って感じだ。
腰くらいまである長い髪を薄く赤に染めて両耳にピアス。制服も胸元をびっちり開けて、スカートも短い。
ちょっとエッチだ……。
ゲフンゲフン……。ま、まあそれは置いといて……。
そしてついに佐野が教室に入ろうとする。
「はー。今日もあいつ来てるかなー。美智子の奴、ちゃんと稼いできたんだろうな」
「まあ、今回もちゃんとお金はもってきたでしょ。あいつ、地味だけど、胸だけはでかいから」
「ぎゃははは!! ほんとそれ! あの無駄にデカいの、何とかしてほしいわ。牛かよ」
……なかなかにゲスい話をするもんだな。
でもそうやって笑ってられるのも今のうちだ。
「……もう我慢できそうにないんだけど。もうイッていい? ヤッチャッテイイ?」
「ダメだよ伏見さん。今掴みかかったら全部が台無しだよ。だからその木刀を下して? それいつの間に持ってきてたの? さっきまで持ってなかったよね? それにその木刀血のりが付いてるんだけど? え、誰の血? もうここまで来るのに誰か殺っちゃった?」
「………よいっしょっと」
「……桂さん? なんで急に靴を脱いでるんですか?」
「え? ああ、安全靴に履き替えようと思って」
「いや履き替えないで? 履き替えようとするのをやめて? ここを工事現場か何かと勘違いしてない?
あんたの足に鉄板が入っちゃったら、もうそれは暴力ではなくなるから。もはや殺人現場になっちゃうから。それにその靴にも血のりが付いてるんだけど? え、君たちもうヤッちゃった? 牢屋に行く準備できちゃった?」
……いつからこの学校はク〇-ズの舞台になったの?
不安だよ。僕不安で胃がちぎれそうだよ。
誰かセメダインでも持ってきてくれない?




