ラブレター編⑦
公園に移動してから、約二時間が経過していた。
時計の針は二十一時を指している。
この二時間の間に、僕らはある作戦を立てた。
内容はこうだ。
まず最終的な目的は、佐野友里が持っている『動画』を手に入れて、学校に直談判。そして警察へ。でもその動画だけでは証拠としては少し物足りないので、佐野友里が本田さんに命令している内容を録音し、それも証拠として挙げる。これだけ揃っていたら証拠としては十分なはず。これだけの証拠があれば学校側だけでは対処できないはず。必然的に警察に連絡するはずです。
そして今回は、できるだけ目立たず、できるだけ静かにやりたい。
前回の宇崎の一件は、ただ僕がいじめられ無くなったらミッションクリアだったけど、今回は目立てば目立つほどこちらが不利になる。向こうは三年の女子を取りまとめているらしいからね。
さすがに数で来られたら分が悪い。それに今やネット社会。SNSで攻撃されたらまずい。一番まずいのはその『動画』が拡散されることだ。あんな動画、ネット民が見たらすぐに拡散するに決まってる。彼らの大好物だからね。
それに今は編集という技術がある。佐野友里にそんな知識があるか分からないが、ちょっとパソコンに詳しかったら、自分の有利になるように編集するなんてたやすいことだ。
例えば、本田さんからその教育実習生に迫ったように見せる、とかね……。
一番簡単なのは、映像では本田さんが襲われているようにみえるが、音声は、本田さんがむしろ求めているように声を上げているように編集する、とか。
クズみたいな考えだが、今の時代はスマホ一つでなんでもできてしまう時代なんだ。
あるゆる最悪のケースを常にイメージしておかないと、いざという時に対応できない。
とまあ色々考えたわけですが、僕の勝手な予想ですが結局は物理的に制圧してしまいそうな気がする……。
この二人、相当ブチ切れてるからなー……。
「恭子。いつ乗り込む? 向こうはなんか三年の女まとめてるみたいだけど」
「そんなん関係ないわ。群れるしか能がない輩なんか、私の相手じゃないし。全員蹴り飛ばしてやる」
「賛成~。ウチも兄貴の木刀借りてくる。全員血まみれにしてやるわ……」
「……あのー……。二人とも僕の話聞いてましたか……?」
「ん? ちゃんと聞いてたよ? 全員の頭木刀でカチ割ったらいいんでしょ? 大丈夫! 太田君はウチが守るから!」
「……いえ、あの……」
「そうそう。いろいろ作戦立てたからって、全部がうまくいく事なんてないからね。絶対どっかで歯車が狂う。そのときに必要とされるのが、どれだけ臨機応変に対応できるか、だよ。わかった?」
「……はい、まあ……。……つまりどうしたいのですか……?」
「三年全員ぶっ潰す」
「いやダメだからね!? どこのク〇ーズかな!? もしかして、三年生全員坊主だったりする!? それはそれで怖いな!!」
……だめだ。この二人、物理的に制圧する気満々だ……。
「……ふふ」
「……本田さん?」
「……あ、いえ……。先輩方のやり取りが面白くて……」
「……なんだ、あんた笑えるじゃん」
桂さんはそう言うが、ここ最近は笑う事なんてできなかったんだろう。
「……美智子ちゃん。もうこれからは笑っていいんだよ? これからはずっと笑顔になれる生活が始まるから!」
「……伏見先輩。すいません……」
「こらっ。こういう時は、『ありがとう』でしょ?」
「……はい。ありがとうございます。伏見先輩!」
本田さんはどこか吹っ切れたように、伏見さんに礼を返す。
「さーて。明日からやる事はもう決まったし、なにか食べない? 私もう腹ペコでさー」
「さんせーい。サイゼいこ。サイゼ」
伏見さんと桂さんは腹の減りがもう限界らしい。
僕も、色々とあってさすがにお腹が減ってきた。
そういえば、ばーちゃんに連絡するの忘れてた……。仕方ない。自分で作るか。
「美智子ちゃんも! いこ?」
「……え? わ、わたしも、いいんですか……?」
「何言ってんの? この流れは普通に一緒に行く流れでしょ」
「……桂先輩。で、でも私、お金が……」
「いいよそんなの。ウチらがだしてあげる。これでも稼いでるからね!」
「……で、でも……」
この陽キャ二人の誘いを受け、まだ渋る本田さん。
……残念だね本田さん。こうなったらこの二人は意地でも君をサイゼへと連れて行くつもりだよ。
でも、君もまんざらではないんだろう?
誘われて嬉しくなったはずだ。
僕もそうだったからね。
分かるよ。
行きたいけど、会話に入れるか心配。全然喋れなくて、それで失望させてしまうかも。変に気を遣わせて変な雰囲気になったらどうしよう。
色んな事を考えるよね。
でもこの二人は大丈夫。この二人の中では君はもう『友達』だよ。
なので、僕が助け舟を出してあげよう。
「本田さん。いっておいでよ。きっと楽しいさ。せっかくおごってくれるって言ってるし、そこは甘えてみてもいいんじゃないか?」
「……太田先輩……。じゃ、じゃあ、私も、ご一緒さしてもらってもいいですか……?」
「そうこなくっちゃ!」
……決まりのようだ。
フッ……。今のなんか先輩ぽい。やってみたかったんだ。こういうの。
「それじゃあ、レッツゴー」
桂さんの号令で歩き出す三人。
それじゃあ、僕はこれでお暇させてもらおう。
「では、三人とも。また明日」
「「………??」」
……え? なにその、『こいつ何言ってんの』みたいな顔。
僕なんか変な事言った?
「……太田君も行くんだよ?」
「……このまま帰れると思ってんの?」
「……え、あ、いや僕は……」
僕はちらっと本田さんの方に目を向ける。
そう。本田さんは今でも、軽い男性恐怖症である。その為、僕は当然不参加と思っていたんだけど……。
「……わ、私も……、太田先輩に来てほしいです……」
「……え、でも、本田さんは今でも……」
「……太田先輩は大丈夫なんです……。むしろ、一緒に居てくれた方が安心できるんです……」
「……え、あ、あー……。そ、そう……なん……だ……。じゃ、じゃあ、一緒に行こうかなー……」
……エッ? 可愛すぎん? というか、よく見たら僕の好きなキャラと属性が丸被りしてるんだが。
ついつい行くって言っちゃったよ。どうしよう。僕もお金ないのに。
「……おやおや~? これはこれは……」
「……ふーん? そう来るのね。いいよ。受けて立つ」
「太田君もモテモテだねー。こりゃあ、乃愛もうかうかしてらんないね」
「ふん。ウチから太田君を寝取ろうなんて百年早いわ」
「まだあんたの彼氏じゃないって……。……? なんか胸のあたりがチクッときたような……。まあいいや」
胸の辺りをを手で押さえる桂。
『まあいいか』と、どうでもいいように流しているが、本人はまだ気付いていない。
本人は無意識だろう。眉間を寄せ、なにかが気に食わないのか、不満そうな顔をしている。
まるで嫉妬しているような……。
それは何かに対する不満か。それとも誰に対しての嫉妬か。
桂がこの違和感に気付くのは、まだ先の話。