ラブレター編⑥
いまだに泣き崩れている本田さんに、桂さんと伏見さんが一生懸命慰めの言葉をかける。
「……大変だったね」
「……さっきはごめんね……。素っ気ない態度をとっちゃって……」
「……い、いえ……。大丈夫です……」
その光景を見ながら、僕はある事が気になっている。
今聞いた話だけでは、僕に対して美人局などをしなければならない動機が見えない。
ただ体を売ってお金をもらうだけなら僕じゃなくていいはず。
もっと他に候補がいたはずだ。しかも僕はただの一般生徒。別に金持ちでもない。むしろ貧乏な方だ。
なのにわざわざ僕に……。なにか引っかかる……。
でも今はそんな事よりも、本田さんだ。
色々と聞きたいことがあるが、今は本田さんが落ち着くまで様子をみよう。
「……す、すいません……。こんな情けない姿見せてしまって……」
……本田さん……。だいぶ弱ってますね……。
でも弱るのは当たり前だ……。むしろ今までよく耐えた方さ……。
普通の人なら、精神的に壊れてもおかしくない。最悪自害しかねない事件だよ……。
「……情けないっていうのは、その泣きじゃくってる顔の事?」
「……え……?」
桂さんは本田さんに対して少し強めの口調で問う。
本田さんは少し怖気づいてしまっているが、桂さんはこんな状況で非難するようなことは絶対に言わない。
「どこが情けないのさ。あんたの顔、今はめちゃくちゃ綺麗だよ。なんか、憑き物が取れたような感じ。それに、強い女の顔してる。……よく今まで耐えたね……。すごいよ……。あんた……。泣きたいのはこっちだよ……っ……」
桂さんは本田さんを抱きしめながら、少し涙ぐむ。
「……そうだよ。ウチがもし美智子ちゃんの立場だったら、多分もうすでに壊れてるよ……。頑張ったね……。辛かったよね……。でももう大丈夫。これからは私たちが守ってあげる。この命に代えても」
何かの決心がついたように意気込む伏見さん。
二人は本田さんを敵から守るように抱きしめる。
これ以上、本田さんを傷つけまいと……。
二人の本心に感化されたのか、本田さんはさらに泣きじゃくる。
「……わ、わたし……。頑張りましたか……っ……?……我慢できましたか……?」
「……うん。よく頑張った」
「……よく我慢できた。立派だよ」
………………。
「……ずっと……、ずっと……!!……ずっと苦しかった……!!……辛かった……!!……誰も助けてくれなかった……!!……今まで仲良かった子もすぐに離れていった……!!……ずっと……!……ずっと……。一人で寂しかった……。寂しかったんです……!!」
本田さんは、今まで隠してきた気持ちを二人の胸に吐き出す。
二人は何も言わず、ただ本田さんを抱きしめる。
その中で本田さんは泣き叫ぶ。それは怒りや悲しみ、色々な感情が入り混じった叫び声だった。
今までこの感情を誰にもぶつけることができなかった。それは他人が思うより、膨大なストレスがたまる。
でも今は信頼できる二人がいる。初めて出会って間もない人たちだが、この二人は信頼できると確信がついたのだろう。
……僕もそうだったから……。
言葉にはできない、理屈的な説明はできないが、この二人にはなぜか心を許せてしまう。
この二人にはどこか魅かれるものがあるんだ。
それを本田さんも感じたのだろう。
なにか曖昧だが、『それ』は言葉にするものではないのかもしれない。
言葉にしてしまったら、何かが崩れ落ちてしまいそうで……。
怖いんだ……。
あれから二十分ほど時間が経った。本田さんもだいぶ落ち着いてきたようだ。
「……すいません。もうだいぶ落ち着きました……」
「そう? よかった」
「水飲む?」
「……はい……。ありがとうございます……」
ゴクゴクとペットボトルの水を一気に飲み干す本田さん。
相当喉が渇いていたんだろう。すごい飲みっぷりだ。
「……ぷはっ……。ありがとうございます」
「……落ち着いた? 本田さん」
「……太田先輩。はい、だいぶ……。……あの……」
「いや、とりあえず場所を移そう。ここは何かと話しにくいし。それでもいい?」
「……は、はい……。お気遣いありがとうございます……」
僕たちは、前の一件があった公園に移動した。
もうすっかり夜だ。
「……本田さん。家の方は大丈夫? もうすっかり夜になってしまったし」
「だ、大丈夫です……。……親は今家に居ませんので……」
……そこも何か関係があるのかな……。
「……分かった。じゃあ、とりあえずこれからどうするか、だよね……」
場所を移したのはいいが、特にこれと言った対策があるわけではなく……。
でも、この二人は違うらしい。
「そんなの決まってんでしょ? そいつらボコボコにして警察に連れて行く。普通に犯罪だからね」
「ウチもそれに賛成~。女をなんだと思ってんのって感じ。この世に生まれてきた事、後悔させたるわ」
……二人はすでに戦闘態勢に入ってしまっている。
でも、今回はただ制圧すればいいってわけではないような気がする。
警察に連れて行くのは賛成だ。桂さんが言った通り、立派な犯罪だしね。
それに色々と明確にしなければならない事がいくつかある。
「……本田さん。いくつか聞きたい事があるんだけど、いいかい?」
「はい……。知ってることならなんでも話します……」
「……分かった。まず、その三年生は、僕でも知ってる人?」
「……はい、恐らく」
「名前は?」
本田さんは言いにくそうにしている。
多分、そいつに名前は言うなと言われているのだろう。
「……佐野友里先輩です……」
「……佐野……?……」
確か、三年の女子を取りまとめてるとかなんとかの………。
というより先輩って、女の人!?
てっきり男かとばかり……。
「「……あいつか」」
……二人はなにか思い当たることがあるらしい。
「知ってるの? 二人とも」
「知ってるも何も、一回あいつと揉めてるからねー」
「そうそう。なんかウチの事が気に入らないとかなんかで……。あれ、なんでだっけ?」
「あれよあれ。宇崎だよ。宇崎。佐野が宇崎の事が好きで、その宇崎が乃愛にゾッコンだったから、突っかかってきたのよ。逆恨みもいいとこだけどね」
「あー。そういえばそんなんだったわ」
なるほど。
……モテるって大変だ。
「その佐野先輩に、その、脅されているって事……?」
「はい……」
「なるほど。……この件は、親御さんが知っているの……?」
「……いえ。なにも伝えていません……」
……そらそうか。親御さんが知っていたら、今この場に居るはずがないしね。
「……私の親は、今母親しかいなくて……。その母は今入院しているんです。昔から体が弱くて……。父の顔は見た事ありません。お母さんは何も言わないですが、おそらく不倫かなにかだと思います……」
「……そっか」
「……だから、お母さんには言いたくないんです。たたでさえ体が弱いのに……。これ以上迷惑をかけたくないんです」
……なんて子だ。
なんて強いんだ……。
こんな小さい体なのに、どこにそれだけの精神力があるって言うんだ……。
「……分かった。じゃあ次の質問。……今回はなんで僕だったの?」
そう。これが一番引っかかる。
なんで僕なのか。
そして恐らく、この子は今回の件まで僕の事は知らなかったはず。
つまり、その佐野先輩の命令に従う事が前提なら、その先輩が僕を名指しで命令したという事になる。
「いえ……。それはなぜかは分りません。ですが、今回は少し異例でした。わざわざ名指しだったので」
「……やっぱり」
思った通り。やっぱり名指しだった。
「……太田君。やっぱりって?」
伏見さんは首を傾げて、僕に問う。
「……よくよく考えたら色々辻褄が合わなくなって。だってその先輩は、あくまでお金が目的でしょ? なのにわざわざ僕を名指しで本田さんに命令した。こんないかにも貧乏そうな僕を。実際そんな大金はないからね」
「……確かに」
桂さんは納得したような表情で頷く。
「……本田さん」
「はい?」
「今から質問する内容は、本田さんにとってかなり辛い質問だと思う。殴られても文句は言えないくらいに。それでも大丈夫かい? もちろん断ってくれても構わない」
「「……」」
桂さんと伏見さんはなにか察したのか、黙り込んでいる。
「………はい。大丈夫です。私も逃げてばかりではいられないので……!」
「……ありがとう。それじゃあ質問。本田さんはこれまで、この高校の生徒に体を渡したことがあるかい?」
「……ないです」
「……分かった。これが最後。一番最初に、教育実習生に襲われた時、止めに入った先生がいたんだよね?」
「はい……」
「……分かった。これでいろいろ繋がった気がする。……本田さん。辛い事させてごめんなさい」
「い、いえ……大丈夫です……。でも、色々って……?」
「……これはあくまで勝手な推測なんだけど、今回なぜわざわざ僕を指名してきたのか。その本来の目的は恐らく、伏見さんに復讐でもしようとしたんじゃないかな」
「……えっ!? ウチっ!? いやまあ、前に揉めたはしたけど……」
「……なんで乃愛なの?」
「先の話を聞くと、その揉めた件は、宇崎君が関係してるんだよね? それで分かった。その宇崎君は結局最後まで伏見さんにゾッコンだった。しかもいきなり退学になる始末。恐らく今でも伏見さんの事を恨んでいると思うんだ。だから僕に来た。本田さんに僕を女性の武器を使って墜としてこいと命令した。もちろんお金も徴収。それにその先輩はこの学校でも有名なんだよね?」
「……は、はい……。恐らくこのお二人の次くらいに……」
「それも気に入らなかったんだと思う。自分よりカーストが上の女子が居ることにね。そしてこれが問題。おそらくその先輩は、僕と伏見さんが付き合っていると勘違いしているんだと思う」
「……えっ!? つ、つつつ、付き合って……っ……!?」
「こんな時に乙女発動すんなっての……。でも、なるほどね。だいたい話が見えてきたかも」
桂さんに対し、力強く頷く僕。
「……えっと、つまりどういうことですか……?」
「つまり、伏見さんから僕を寝取ろうしたんだよ。ほかの人の身体を使ってね……! そして伏見さんの悲しい、辛そうな表情が見たかったんじゃないかな。宇崎君を伏見さんに盗られたとでも思っていたんじゃないかな。それで同じことを伏見さんにも味合わせようとしたんだと思う」
「伏見さんに復讐もできて、あわよくばお金もてに入る。佐野先輩からしたら、一石二鳥だね」
「……なにそれ……っ……。自分の手は汚さずにってこと……!? しかも理由がしょうもない!! ガキかよ!!」
伏見さんは我慢できず怒りを露わにする。
「……ふーん。他の子の身体を使って金儲けねぇ。……コロス」
桂さんなんて今にも飛び出していきそうだ。
……そしてこれはまだ口には出せないが、その止めに入った先生もどうも怪しい。
なんで襲われそうになる直前で助けられたんだ……?
まあ偶然かもしれないけど……。